第9話「創作イベント」
「着いたわ!」
凛は両手を握りしめた。
会場前には長い列。
怪獣。
ヒーロー。
クリーチャー。
様々なソフビが展示されたポスターが並んでいる。
「おはよう」
「朝から元気だな」
隣であくびしながら柊が言った。
「当然よ」
「今日は決戦の日だから」
「夜咲先輩が来るかもしれないのよ」
「恋愛は戦いなのよ」
凛は即答した。
「お前それ好きだな」
柊は呆れた顔をした。
「先輩が来るかどうかも分からないだろ」
「来るかもしれないじゃない」
「来るかも?」
「わかるのか?」
「勘よ」
「勘かよ」 柊は周囲を見回す。
「しかし、個性的な人多いな」
「そうよ」
「だから面白いの」
「作家さんやイラストレーターさんが自分で作った作品を持ってくるの」 「アートの祭典って紹介してる人もいたわ」
「なるほどなぁ」
二人は会場へ入る。
凛の目が輝いた。
巨大展示。
完全に舞い上がっていた。
「うわぁ、夢の国だわ」
作家ブース。
「すごい」
「あっ!」
「これ気になってたやつ」
限定ソフビ。
「ああっ!」
「これも、綺麗な塗装だしクリアカラーだ、可愛い」
凛はショーケースに張り付いていた。
目を輝かせながら限定カラーの怪獣を見つめている。
「本当、好きなものに正直だよな」
「当たり前よ」 「これを見て感動しない方がおかしいわ」
「真白さん?」
聞き覚えのある声。
凛が勢いよく振り返る。
「夜咲先輩!?」
本当にいた。
しかも。
隣には知らない女の子がいた。
肩くらいまでの髪。
可愛らしい雰囲気。
年齢も近そうに見える。
夜咲の隣にいる女の子を見る。
もう一度見る。
さらに見る。
夜咲は気付かない。
「本当に来てたんだ」
楽しそうに笑う。
凛から笑顔が消えた。
「あの」
「先輩、その子は?」
思ったより低い声が出た。
夜咲は首を傾げる。
「あぁ、妹だよ。俺がソフビ好きになったのもこいつの影響なんだ」
「お兄ちゃんも最初は全然興味なかったんですよ」
「昔連れ回されてるうちに詳しくなった」
その瞬間。
凛の肩から力が抜けた。
「妹……さん」
「今、完全に安心したって顔だったぞ」
柊が即座にツッコんだ。
「勘違いよ」
「いつも通りよ」
「本当に?」
柊がじっと凛の顔を見る。
「本当よ」
「敵情視察の結果を冷静に受け止めただけよ」
「こんにちは」
夜咲の妹がお辞儀した。
「こんにちは」
「先輩にはいつも元気貰ってます」
「いつも元気って」
柊がクスっと笑う。
「さっきまで敵扱いしてたのに」
「静かに!」
「それに」
「してないわ!」
「ふふっ」 夜咲は小さく笑った。
「俺達はあっちのブースから見て回るね」
手を振りながら、夜咲先輩と妹はインディーズソフビの可愛い系ブースへ向かっていった。
夜咲先輩と女の子の姿が人混みに消えていく。
凛はしばらくその方向を見つめていた。
「行ったな」 柊が言う。
「……うん」 凛は胸に手を当てた。 うるさい心臓を落ち着かせるように。
「で?」
「見ないのか?」
「見る」
「でも本当に先輩と会えた」
凛は胸元を押さえた。
心臓がまだうるさい。
夜咲先輩はソフビも知っていた。
話もできた。
思い出しただけで顔が熱くなる。
「行くぞ」
「あっ待って」
凛が立ち止まった。
「どうした?」
柊が振り返る。
凛はパンフレットを指差した。
「怪獣製作所39の月光蜘蛛さんのところ!」
「この人来てる!」
「誰だよ?」
「知らないの!?」
「知らない」
凛は絶句した。
ソフビ界隈では有名な作家だった。
サイン会まである。
「行くわよ!」「推し作家なの!」
「はいはい」
柊はため息をついた。
「柊」
「早く行こう!」
凛は柊の腕を引っ張って走り出した。
「さっきまで王子見てた奴とは思えないな」
「そんなに走って転ぶなよ」
二人は人混みの中へ消えていった。
好きなものを見つけた無邪気な顔。
さっきまで夜咲を見ていた表情とは、少し違う。
(子供のときから変わらないな)




