第5話「かっこいいの基準がおかしい」
凛の人生が終わった。
「これ落としたよ」
夜咲は何事もない顔だった。
「これ」
「……見ました?」
凛の声は震えていた。
「ん?」
「いや、表紙だけ見えたけど」
見えてる。
思い切り見えてる。
『夜咲先輩攻略計画』
見えてる。
「じゃあ俺行くね」 夜咲はノートを渡して去っていった。
美琴が言った。
「普通こんなわかりやすく書かないけど、凛は一途な故に書いてみてしまうのよね」
「褒めてないだろ、それ」
柊はノートを見る。
「見られるかもって発想なかったのか?」
「なかったわよ!」
「でも今の見た?」
「全然気にしてなかった」
「つまり、嫌じゃないってことよ!」
「嫌がられてるかもって自覚あったんだな」
「違うわよ!」
美琴は堪えきれず吹き出した。
「凛のこういう不器用なところ、可愛いのにね」
「不器用って言ってる時点で褒めてないだろ」 柊は小声で言った。
「そこ!」 「内緒話しない!」
凛が二人を指差した。
「今流行ってる物といえば!」
「ぬい!」
「ぬいなのよ!」
凛は勢いよく立ち上がる。
「先輩にそっくりな超かっこいいぬいを作るわ!」
拳を握りしめて宣言した。
美琴は笑う。
「うんうん!凛のその意気だよ!」
柊は興味なさそうに言った。
「まぁ頑張れ」
「ふふっ」
凛は得意げに胸を張る。
「完成したら二人に見せてあげる」
「感想よろしくね!」
「はーい」
「はいはい」
「手伝えることあったら言ってね!」
「すぐ行くから!」
「ありがとう、美琴!」
数ヶ月後。
「ジャジャーン!」
凛が教室へ飛び込んできた。
両手には大きなぬいぐるみ。
「完成したわ!」
「随分時間かかったな」
柊が言った。
「できたの?」
「見たい」
美琴が嬉しそうに言った。
「いいよ」
「これだよ」
凛は机の上に置いた。
二人は固まった。
「……」
「……」
凛は二人の反応に気づかない。
「見て、これ! 顔と目は3Dプリンターで出力したレジン製なの!」
凛は自慢げにぬいを掲げた。
「ほら、こうやって傾けると……」
カチッ。
重りが絶妙な重心バランスで動き、カチリと小気味よい音を立ててまぶたが閉じ、また開く。
「中を空洞にして、まぶたのパーツを精密に設計して組み込んだの。
この重りのバランス調整が一番苦労したんだから!」
さらに凛は熱っぽく語り続ける。
「牙は一本一本レジンを削り出して塗装して、体は抱き心地重視のぬいぐるみ仕様。
頭が重いから、首のジョイントも強化して安定させたの。……どう!? このハイブリッドな完成度!」
「そして体はぬいぐるみ仕様!」
「つまり可愛い!」 「柔らかい!」
「抱ける!」 「最強!」 「どう!?」
美琴が口を開いた。
「すごい……」
「でしょ!」
柊も頷く。
「うん」
「怪獣だな」
「ぬいではないな」
「でも」 「かっこいいでしょ」
「怪獣」
鋭い牙。 迫力のある目。 堂々とした顔。
「何がおかしいの?」
凛は首を傾げた。
美琴が吹き出した。
「そこなの!?」
「えっ?」
「凛の『超かっこいい』って怪獣なの!?」
「そうだけど?」
「それに黒目の塗装をパールブラックにしてるの」
「え?」
「光が当たると少しだけ青く見えるの」
「夜咲先輩の目を再現したのよ」
「そこ!?」
美琴は机を叩いて笑い始めた。
「待って無理!」
「凄さはわかるよ、でもさ!」
「先輩の再現ポイントそこなの!?」
「それくらい、かっこいいっていう表現なの!」
凛は慌てて言った。
柊は怪獣を見ながら言った。
「いや、色々納得した」
「何がよ!」
「お前のセンス」
「なによ!」
凛は怪獣を抱きしめた。
「こんなにかっこいいのに!」
美琴はまだ笑っていた。
「凛、将来ソフビ作る側になってそう」 「なんか普通に売れてそうだし」
「本当!?」
凛の顔がパッと明るくなった。
「怪獣限定で!」
「褒めてないじゃない!」
翌日。
「完成したの?」
声がした。
凛の体が固まる。
振り向く。
夜咲だった。
「よ、夜咲先輩!?」
「なぜ?」
「美琴って子から聞いたんだ」
「君が頑張って作ったから見てあげてって」
(美琴余計なこと言ったわね)
「怪獣のぬいぐるみ作ったんだって?」
「怪獣じゃありません!」
「先輩モチーフです!」
凛は顔を歪めた。
(しまった、本当のことを言ってしまった、違う、私の中では最高にかっこいいってことなんだけど)
夜咲は数秒ぬいぐるみを見る。
そして。
「すごいね」
「ちょっと見せて」
「え?」
「ど、どうぞ」
「手作りなんでしょ?」
夜咲はぬいぐるみを手に取った。
「……はい」
「目も動くし」
「牙も一個一個作ってるんだ」
「細かいところまで作り込んでるし」
夜咲はぬいぐるみを見ながら笑った。
「俺、こういうの好きだよ」
凛は固まった。
(それ、ぬいぐるみの話よね?)




