第25話「知らない顔」
「花火!見よう」
「テレビつけて」
美琴が言った。
柊がリモコンを手に取る。
テレビをつけると、花火大会の中継が映し出された。
「おおー!」
美琴が歓声を上げる。
「ちゃんと見えるじゃん」
「だから言っただろ」
柊は音量を少し下げた。
部屋の中に花火大会の実況が小さく流れ始める。
その時だった。
「ぐぅ」 凛のお腹が鳴った。
「凛お腹すいたの?」 美琴が笑った。
「本当何でも正直だもんな」 柊も笑う。
「恥ずかしい」 凛は赤くなった。
柊は時計を見た。
「もうそんな時間か」
窓の外は少しずつ暗くなり始めていた。
「腹減ったし、何か作るか」
「え?」
「どうせ今日はどこ行っても混んでるだろ」
「皆出掛けてて、今日は俺一人だし、こっちで作るよ」
三人と一匹は台所へ移動した。
柊は冷蔵庫を見る。
「焼きそばならできそう、それでいいか?」
凛と美琴は同時に言った。
「いいよ」
「うん」
「手伝うよ」
「いい」
「なんで?」
「ハナコ見ててくれ」
トタトタトタ。
カタッ。
小さな音が聞こえた。
「ん?」
凛が振り向く。
ハナコが木箱の前で何かしていた。
鼻をひくひく動かしながら、紐を引っ張っている。
するすると木箱が出てきた。
「なにしてるの?」
「知育おもちゃ」
柊が答える。
「中におやつ入ってる」
「へぇ」
凛は興味深そうに近付いた。
ハナコは紐を引っ張り続ける。
しばらくして。
コロン。
小さなおやつが転がり出た。
ハナコはすぐに飛びつく。
「賢い」
「食い意地張ってるだけだ」
「そんなことないわよ」
凛は思わず笑った。
ハナコは満足そうにもぐもぐしている。
「可愛い……」
「おいしそうに食べるわね」
ハナコと遊んでいると、後ろから声が聞こえてきた。
「お待たせ。目玉焼きのせ焼きそば」
テーブルの上に皿が並べられる。 ソースの香りがふわりと広がった。
「いい香り」 「美味しそう」
「うん」
「いただきます」
三人は手を合わせた。
一口食べる。
「美味しい」
凛は思わず声を漏らした。
「うん、柊料理できたんだ」
「やるじゃん」 美琴は笑った。
「そうね、負けられないわ」 凛はなぜか張り合おうとした。
「ごちそうさま」
二人が満腹でぐったりしている中、凛は食べ終わった食器を持って台所へ向かった。
「片付けは私やるから、二人はゆっくりしてて」
凛は慣れた手つきで食器を洗っていく
やがて片付けが終わり、一息ついた。
その時だった。
ハナコはぴょんと凛の方へやって来た。
「あ」
気付けば膝の上に乗っている。
「……ハナコ来た」
凛は小さく呟いた。
そっと抱き上げる。
おでこを優しく撫でると、ハナコは気持ち良さそうに目を細めた。
そして大きなあくびをひとつ。
凛は笑いを堪える。
その後。
ハナコがぴょんと柊の方へ移動した。
そして。
ツン。
鼻で足をつつく。
もう一回。
ツン。
「ん?」
凛が首を傾げる。
柊は特に驚いた様子もなく、ハナコの頭を撫でた。
「何してるの?」
「撫でろって言ってる」
「分かるの?」
「毎日やるからな」
当たり前のような返事だった。
柊の手がゆっくり動く。
柊は慣れた手つきでハナコの額を撫でた。
耳の付け根を優しく掻く。
そのまま鼻筋をなぞるように指を動かす。
するとハナコはその場で伏せた。
完全に身を任せている。
「仲良いのね」
「まあな」
短い返事。
その声は少しだけ柔らかかった。
凛はその様子を見つめる。
学校では見ない顔だった。
教室ではいつも面倒そうで。
何を考えているのか分からなくて。
でも今は違う。
ハナコを見る目が優しい。
まるで大切な宝物を見るみたいだった。
「ハナコ、幸せそう」
ぽつりと凛が言う。
「そうか?」
「うん」
ハナコは撫でられながら、すっかりくつろいでいる。
「毎日こんな感じ?」
「大体」
「へぇ……」
凛は小さく笑った。
なんだか少し羨ましかった。
その時。
テレビの向こうで大きな花火が打ち上がる。
「続いて大会名物、尺玉です!」
ドォン―――。
「おおー!」
「綺麗だね」
美琴が歓声を上げる。
部屋の中が一瞬だけ明るくなった。
凛も画面を見る。 色とりどりの花火が夜空を彩っていた。 本当に綺麗だった。
それなのに。 なぜだろう。 気になるのは花火じゃない。
ハナコを撫でている柊の横顔だった。
凛は慌てて首を振る。
(何考えてるのよ)
意味なんてない。
ただ珍しかっただけよ。




