第24話「花火より気になるもの」
花火大会当日。
本来なら、美琴と柊と三人で花火を見る約束だった。
その約束をすっかり忘れ、
凛は祖父の工場にいた。
夏祭りシーズンを前に、工場はこれから忙しくなる。
祖父も張子のお面作りで手一杯だ。
スターリィ・レックスの塗装をするなら今日しかなかった。
「柊、凛電話出ない」
「今日花火大会三人で行こうって、約束したのに、凛連絡しても繋がらないから、凛のとこ行ったら、凛のお母さんが、お祖父ちゃんの工場かも?って言われたから、来たけど、なんか声しない?」
コンプレッサーの音が静かに響く。
作業台の上にはスターリィ・レックス。
今日中に体のグラデーションを入れる工程だった
まだ完成には遠い。
「焦っちゃだめよ」
「そうそう」
「いい感じ」
「素敵よ」
「男前ね」
その時だった。
工場の入口付近。
塗料の匂いが鼻をついた。
「……凛?」
小声が聞こえた。
「あいつ独り言言ってんのか?」
「……にしても、この匂い」
柊は軽く眉をひそめた。
「よく平気だな」
「うん」
美琴は工場の奥を見ながら言った。
「柊見て」
「なにしてんのあれ」
「いつものだろ」
「いやいつも以上じゃない?」
二人はしばらく様子を見守る。
「もう少し近づいて見てみよう」
そろり。
そろり。
二人が覗き込む。
「え」
美琴が固まった。
「怪獣だった」
「怪獣だな」
柊も頷く。
凛はまだ気付かない。
「もう少しね」
「あと少しで綺麗になるわ」
スターリィ・レックスへ話しかけている。
エアブラシの音だけが工場に響いた。
凛は迷いなく色を重ねていく。
濃淡を確認し。
離れて見る。
また吹く。
その姿は学校で見る凛とはまるで違った。
「……すご」
美琴が思わず呟く。
柊は何も言わない。
ただ作業する凛を見ていた。
「よし」
凛が顔を上げた。
そして固まる。
「なんでいるの!?」
「やっほー」
美琴が手を振った。
「なんでって、三人で見ようって話だったろ?」
凛は慌てて鞄を探る。
ない。
「あ、スマホ」
「家に置いてきた」
「やっぱり」
美琴が呆れた。
「夢中になると周り見えなくなるんだから」
「うっ」
反論できない。
「ほら行くよ」
「待って」
凛は慌てて作業台へ戻った。
スターリィ・レックスを両手で持ち上げる。
塗料は乾いていたが、念のため慎重に扱う。
「触らないでよ」
「今一番大事なところなの」
胴体と頭部を慎重に分ける。
塗装用の棒に固定し、乾燥台へ立て掛けた。
光を当てて色味を確認する。
「よし」
「後は乾くのを待つだけね」
「もう始まるよ」
「凛、早く」
慌てて片付けを済ませ。
三人は花火大会へ向かった。
「ごめん、終わった」
凛が駆け寄った。
―――――
しかし。
甘かった。
「人多すぎる……」
美琴がげんなりしていた。
駅前から人だらけ。
会場周辺はさらに酷い。
「全然進まない」
凛も顔を引きつらせる。
「だから早めに来いって言っただろ」
柊が言う。
「ごめんなさい」
結局。
なんとか河川敷近くまで来た頃には。
ドーン。
夜空に一発目の花火が上がった。
「始まっちゃった!」
美琴が叫ぶ。
前は人の壁。
後ろも人の壁。
見えるのは花火の端っこだけだった。
「これ無理じゃない?」
「無理ね」「よく見えない」
「無理だな」
三人は揃って諦めた。
その時。
柊が思い出したように言う。
「そういえば地方のローカル番組で」
「テレビ中継やってるぞ」
「え?」
「地方局?」
「毎年やってる」
美琴の目が輝いた。
「流石、柊」「でも誰の家で見るの?」
柊はさらりと言う。
「うち近いから行く?」
沈黙。
一秒後。
「行く!」
美琴が即答した。
「決定!」
「勝手に決めないでよ!」
凛は慌てたが。
美琴はもう歩き始めていた。
―――――
数分後。
藤代家。
「お邪魔します……」
凛は少し緊張していた。
男子の家に入るのは初めてだった。
「適当に座れ」 「ちょっと待ってろ」
柊が言う。
少しして、柊は麦茶とスナック菓子をテーブルに並べた。
「腹減ったら飯作るし」
「今日はどこも混んでるからな」
「え、作れるの?」 凛が言った。
「まぁ、一通りはな」
次の瞬間。 奥から勢いよく何かが飛び出してきた。
トタトタトタトタトタ!
「うわっ!?」
凛が驚く。
「ハナコ、ただいま」
柊は慣れた様子で声をかけた。
やって来たハナコは、凛の足元で立ち止まった。
鼻をひくひく動かす。
くん。
くんくん。
「ハナコ?」
「ホーランドロップのオスのハナコ」 「可愛いだろ?」
白とグレーの毛色。 黒い目はくりっとしていて、体はころんとしている。
「ぬいぐるみみたい……」
思わず声が漏れた。
「でも、オスなのにハナコ?」
「見た目メスみたいじゃん」
「そんな理由なの?」
凛は思わず笑った。
「可愛い〜♥」 美琴は頬を緩ませた。
しゃがみ込んで手を伸ばす。
ハナコは一度だけ凛の指先をくんくんと嗅いだ。
しかし次の瞬間。
ハナコはぷいっと背中を向けた。
そしてそのまま柊の足元へ。
「あ」
「振られた」
美琴が吹き出す。
「完全に振られたね」
「うるさいわね」
「ハナコは甘えん坊だからな」
柊はハナコを抱き上げると、慣れた手つきで頭を撫でた。
ハナコは気持ち良さそうに目を細める。
「仲いいのね」
「まあ長い付き合いだし」
柊は当たり前みたいに答えた。
その横顔を見た瞬間。
なぜか。
凛の胸が小さく跳ねた。
花火の音が遠くで響いていた。




