第18話「胸の奥のノイズ」
翌日。 登校日。
教室へ入った瞬間だった。
「凛ぃぃぃぃ!!」
勢いよく抱きつかれた。
「ちょっ、美琴!?」
「どうだったの!?」
「何がよ!」
「夜咲先輩とのデート!」
教室中に響きそうな声だった。
「デートじゃないわよ!」
凛は慌てて口を塞ぐ。
「ソフビ案内しただけ!」
「実質デートじゃん!」
「違う!」
「違わない!」
朝から騒がしい。
近くの席では柊が頬杖をついていた。
「元気だな」
呆れたような声。
「柊も気になるでしょ!?」
「別に」
即答だった。
「つまんない男」
「ほっとけ」
美琴は再び凛へ向き直る。
「それで!?」
「何話したの!?」
「どこ行ったの!?」
「手は繋いだ!?」
「繋いでない!」
凛は真っ赤になった。
「普通にソフビ見て回っただけ!」
「でも楽しかったんでしょ?」
「……まあ」
少しだけ口元が緩む。
その反応を見て美琴は机を叩いた。
「ほらぁぁぁ!」
「絶対楽しかったじゃん!」
「うるさい!」
凛は慌てて否定する。
だが昨日を思い出すと否定しきれなかった。
夜咲先輩は優しかった。
話しやすかった。
怪獣の話も楽しかった。
自然と頬が緩んでしまう。
「顔」
柊がぼそっと言った。
「え?」
「緩んでる」
「なっ!?」
凛は慌てて顔を隠した。
美琴は爆笑している。
「凛はもう!」
「完全に恋する乙女じゃん!」
「違うってば!」
そんな騒ぎのまま登校日は終わった。
放課後。
「じゃあ帰るか」
柊が鞄を持ち上げる。
その時だった。
「真白さん」
聞き慣れた声。
振り返る。
そこにいたのは夜咲先輩だった。
「あ」
凛の背筋が伸びる。
「夜咲先輩」
「この前はありがとう」
穏やかな笑顔。
それだけで少し緊張する。
「い、いえ」
「俺も楽しかったよ」
心臓が跳ねた。
その言葉に凛は思わず固まる。
横を見る。
美琴が口を押さえて震えていた。
そして目だけで訴えてくる。
(言った!)
(楽しかったって言った!)
顔に全部書いてあった。
「こんにちは」 夜咲先輩は柊にも軽く会釈した。
「どうも」
柊も短く返した。
そのまま立ち話になりかけた時。
美琴がぱんっと手を叩いた。
「立ち話もなんですから!」
「せっかくだしお茶しません?」
「え?」
凛が固まる。
「近くにカフェありますし!」
「いいの?」
夜咲が笑う。
「もちろんです!」
返事が早い。
数分後。
四人は駅前のカフェにいた。
窓際の席。
凛の隣には夜咲先輩が座った。
向かいには美琴と柊。
なぜか美琴が満足そうな顔をしている。
飲み物が運ばれてくる。
「夏休み満喫してる?」
夜咲が聞く。
「してます!」
即答したのは美琴。
「凛はソフビばっかりですけど」
「余計なこと言わないで」
「事実じゃん」
「私の話はいいの」
夜咲が笑った。
その時。
「そういえば」
美琴がストローを咥えながら言う。
「海行きたいんですよねー」
「海?」
「はい!」
「夏と言えば海!」
美琴の目が輝いている。
絶対何か企んでいる。
「でも一緒に行く人いなくてー」
わざとらしい。
凛は額を押さえた。
「なら」
夜咲が言った。
「みんなで行く?」
一瞬。
凛の思考が止まった。
「え?」
「夏だし楽しそうじゃない?」
美琴が勢いよく身を乗り出した。
「行く!」
「早いな」
柊が呆れたように言う。
「柊も来るでしょ?」
「来るよね?」
「まぁ」
「別にいいけど」
夜咲がスマホを取り出した。
「来週の水曜日なら空いてるけど」
「私は大丈夫です!」
美琴が即答する。
「聞いてない」
柊がぼそりと言った。
「柊は?」
「大丈夫」
短い返事。
そして夜咲の視線が凛へ向く。
「真白さんは?」
「えっ!?」
突然振られて声が裏返った。
「す、水曜日なら大丈夫です!」
慌てて答える。
夜咲は優しく笑った。
「じゃあ来週の水曜日で」
「決まりだね」
凛だけが状況についていけなかった。
夜咲先輩。
海。
一緒に。
頭の中で言葉がぐるぐる回る。
隣では美琴がにやにやしている。
絶対に何か企んでいる顔だった。
帰り道も、凛はどこか上の空だった。
夏休みの予定が一つ増えた。
凛の頭の中は海のことでいっぱいだった。
――そのはずなのに。
ふと浮かんだのは。
カフェで窓の外を眺めていた柊の横顔だった。
「……何なのよ」
自分でも意味が分からない。
夜咲先輩と海へ行くことになった。 それなのに、胸の奥が少しだけ落ち着かなかった。
ブブッ。
『明日水着買いに行くよ』
『駅前十時集合』
『拒否権なし』
美琴からだった。
思わず笑ってしまう。
「なんで決定事項なのよ……」
そう呟きながらスマホをしまう。
けれど。
胸の奥に残った小さな引っ掛かりだけは消えなかった。




