第14話「約束の日」
約束の日。
凛は鏡の前で固まっていた。
髪を整える。少しだけ色付きリップをつけた。
「……」
薄いグレーのカーディガンに、淡い水色のレース付きワンピース。肩にはパステルブルーのエナメルポシェットを掛け、足元は白いスニーカー。数日前に買ったばかりの服だ。
試着した時も落ち着かなかったが、実際に着て出かけるとなるとさらに落ち着かない。
鏡の中にいるのは自分のはずなのに、どうにも見慣れなかった。
「変じゃない?」
誰もいない部屋で呟く。
三秒後。
スマホを取り出した。
写真を撮る。
美琴へ送信。
『変じゃない?』
返信は一分もかからなかった。
『可愛いから絶対大丈夫!』
『初デート頑張ってね♥』
『後でデートの感想教えてね』
ブゥン。スマホが鳴った。
柊からだった。
『遅くなるなら連絡しろよ』
それだけだった。
「……何よ」 思わず口元が緩む。 柊らしいメッセージだった。
だが少し安心した。
深呼吸を一つ。
「よし」
凛は家を出た。
―――――
待ち合わせ場所。
駅前。
土曜日ということもあって人が多い。
凛は落ち着かないまま時計を見た。
約束の十分前。
早く来すぎた。
「うぅ……」
やっぱり変じゃないだろうか。
来る途中だけでもガラスに映る自分を五回は確認した。
その時だった。
「真白さん?」
聞き慣れた声。
凛は反射的に振り返った。
そこには夜咲がいた。
私服姿。
学校で見る制服とは少し雰囲気が違う。
「あ」
凛の思考が止まる。
(私服もカッコいい)
夜咲の視線が一瞬だけ止まった。
そして少し目を丸くする。
「……あれ?」
心臓が跳ねた。
「な、何ですか」
「いや」
夜咲は笑った。
「すごく似合ってる」
停止。
完全停止。
凛の脳が固まった。
「え」
「その服」
「すごく可愛いよ」
「っ!?」
顔が熱い。
可愛いって言った。
たぶん今なら湯を沸かせる。
ソフビ屋の案内に来た、それだけよ!
「ど、どうも」
何とかそれだけ絞り出した。
夜咲は少し不思議そうだった。
「緊張してる?」
「してません!」
即答だった。
「そっか」
全然信じていない顔だった。
―――――
最初に向かったのは駅前のホビーショップだった。
店内へ入った瞬間。
凛の緊張は少し消えた。
「まずここは定番です」
「初心者向けも多いし」
「中古もあるし」
「イベント限定品が流れてくることもあるんです」 「でも人気作家さんのは、イベントで買うより高値が付いちゃって」 「全然手が出なかったりするんですよね……」
説明が始まる。
夜咲は笑った。
「いつもの真白さんだ」
「ふぇ?」
「学校でも怪獣の話してる時、そんな感じだから」
凛は少しだけ照れた。
「だって好きなので」
「うん」
夜咲は頷いて、笑った。
「それが伝わる」
店内を見て回る。
怪獣。
ヒーロー。
インディーズソフビ。
ガラスケース。
限定カラー。
気付けば凛は夢中になっていた。
「これ見てください」
「この塗装すごいんですよ」
「パールでグラデーションになってて」
「あとこっちの塗装は、ネオンカラーになってるのもあります」
「派手で可愛い」
「へぇ」
「本当だ」
「中に何か入ってるのもあるんだね」
夜咲も興味深そうに見ている。
「そうなんです」
「クリアカラーは中が見えるから、中にホログラムだったり、
オーロララメが入ってたり、振ると音がするものもあります」
無理して合わせている感じではなかった。
それが少し嬉しかった。
「あっこれ」
「ブラインドボックスだっけ?」
「記念に買ってみようかな」
「えっ」
「ブラインドボックスは危険なんです」
「危険?」
「はい」
「私も一個だけのつもりでした」
「でも増えました」
「棚も埋まりました」
「お財布も軽くなりました」
「なのでおすすめしません」
「そんなに?」
「そんなにです」
「でも可愛いね」
「可愛いんです」
「実際に見ると、本当に可愛いんです」
凛は思わず箱を両手で持ち上げた。
「それなら」
「真白さんのおすすめ教えてよ」
「えっと、こっちです!」
凛は即座に箱を手に取った。
「このシリーズ、ソフビが流行る前から活動してる作家さんなんです」
「見た目がコロンとして可愛くて」
「しかも箱玩具なのに塗装も綺麗で」
「食べ物怪獣とダルマ怪獣が人気なんです」
「箱ガチャやブラインドボックスは、ほとんど再販しないんです」
「だから見つけたら買いです」
「熱量がすごい」
夜咲が思わず笑った。
「おすすめなんだね」
「おすすめです」
即答だった。
「ちなみに私は三箱買いました」
「三箱」
「本当は六箱欲しかったんですけど」
夜咲は思わず笑った。
「怖いなぁ」
「そんなに好きなんだ」
「好きなシリーズはコンプしたかったんです」
「コンプ?」
「全種類集めることです」
「ああ」
夜咲は箱を眺めた。
「これ何種類あるの?」
「六種類です」
「だから六箱」
「なるほど」
「でも六箱買っても揃うとは限らないんですよ」
「BOX買いすれば揃うかもしれないけど」
「単品買いなら、何が出るかわからないっていう楽しみはあるよね?」
「それなら、食べ物系とダルマ怪獣、一箱ずつ買ってみるよ」
「えっ」
凛は目を丸くした。
「買うんですか?」
「せっかくだし」
「真白さんのおすすめなんでしょ?」
「はい」
「真白さんは買わないの?」
「私はダルマ二箱です」
「食べ物系は?」
「前に買いました」
「そっか」
「何が出るか楽しみだね」
「はい。そのわくわくがブラインドボックスの楽しいところです」
凛は笑った。
自分の好きなものを、誰かが面白そうだと思ってくれる。
それは思っていたより、ずっと嬉しいことだった。
二人は会計を済ませて店を出る。
「少し休憩しようか」
「あ、はい」
近くのカフェへ向かう。
さっきまで緊張していたはずなのに、不思議と足取りは軽かった。
今日、来てよかったかもしれない。
そう思った瞬間だった。
「そういえば真白さん」
「はい?」
夜咲が少しだけ笑う。
「聞きたいことがあるんだけど」
凛は首を傾げた。
もちろん、この時の凛はまだ知らない。
その一言で、自分の心臓がまた大騒ぎすることになるなんて。




