第13話「服を買いに行こう」
凛はクッションを抱きしめていた。
「服がない」
「フェスで麻のベージュのジャケットとスラックスのセットアップ着てたよな」柊が即答した。
「それだけ?」 美琴も頷く。
「グレーもある」
「色違い聞いてないし、デート服ではないよね」
「お洒落ではあるけど」
「他の凛の私服は?」 美琴は指を折る。
「怪獣イベント用」
一本。
「怪獣イベント用その二」
二本。
「ジャージ」
三本。
「終わり」
「終わりじゃないわよ!」
凛は勢いよく身を起こした。
「ちゃんとある!」
「どれ?」
「えっと……」
凛は固まった。
思い返す。
怪獣イベント用の黒パーカー。 怪獣イベント用のTシャツ。 怪獣イベント用のスカート。
そしてジャージ。
(あれ?)
「ないね」
美琴が優しく言った。
「ないな」
柊も頷いた。
「そんな……」
凛は頭を抱えた。
ソフビショップ巡り。
つまり。
夜咲先輩と出掛ける。
初めて。
二人で。
そこまで考えた瞬間。
「無理!」
クッションに顔を埋めた。
「まだ一週間あるだろ」
「あるから問題なの!」
凛は叫んだ。
「何着るか分からない!」
「だから買いに行くんだよ」
美琴が満面の笑みを浮かべた。
「今週末」
「私が選んであげる♥」
嫌な予感しかしなかった。
「待ちなさい」
「その顔やめなさい」
「大丈夫大丈夫」
美琴は凛の肩を叩く。
「可愛くしてあげるから」
「それが怖いのよ!」
「帰りたい」
「面倒くさい」
ショッピングモールの入口で、凛は真顔だった。
「まだ入ってもないよ?」
美琴が呆れたように言う。
「服って高いのよ」
「インディーズソフビ二体買える値段するのよ」
「比較対象がおかしい」
隣で柊が即答した。
凛は真剣だった。
「だって限定カラーもあるよ?」
「だから何だよ」
「服だって限定カラーとかあるだろ?」
「どんだけ服に興味無いんだよ」
美琴はため息をついた。
「今日は服」
「ソフビは禁止」
「わかった?」
「横暴だわ」
「夜咲先輩との約束があるでしょ」
その瞬間。
凛が黙った。
「うっ」
「効いたな」
「効いたね」
柊と美琴が同時に言った。
「わかったわよ」
「買えばいいんでしょ」
観念したように店へ入る。
―――――
数十分後。
「これでいいじゃない」
凛が手に取ったのは怪獣プリントTシャツだった。
「駄目」
「即答!?」
「いいじゃん、これ」
「可愛いよ」
「むしろ何で通ると思ったの」
美琴は頭を抱えた。
「今日は夜咲先輩と会う服を探してるの」
「怪獣は私を表現する大切なアイデンティティよ」
「初対面じゃないんだから大丈夫でしょ」
「それに怪獣愛が伝えられない」
「もう十分伝わってるだろ」
再び即答だった。
凛は渋々Tシャツを戻した。
その後も。
「これは?」
「ジャージ」
「ジャージは一人で居るときに着て」
「こっちは?」
「ほぼジャージじゃない」
「もっと女の子らしい服を探すの!」
全滅だった。
「お前」
「何でそんなにジャージ好きなの」
「動きやすいから」
「小学生男子か」
「いや、今どきの小学生男子の方がもっとお洒落かもな」
柊が言った。
「ジャージはねぇ」
凛は胸を張った。
「機能性を重視していて、とても優秀なの」
「それは知ってる」
―――――
しばらくして。
美琴が一着の服を持ってきた。
「これ着てみて」
「トータルコーディネートしたから」
「えっ」
凛が差し出された服を見る。
薄いグレーのカーディガン。
淡い水色のレース付きワンピース。 エナメルのパステルブルーのポシェット。
白いスニーカー。
「これ、本当に私が着るの?」
「着るの」
美琴は即答した。
「試着室あっち」
「はい、行こう」
「え、ちょっ――」
背中を押されるようにして試着室へ消えていった。
―――――
数分後。
カーテンの向こうで、ごそごそと音がする。
「凛ー?」
「まだ?」
美琴が声をかける。
「……無理」
「何が」
「なんか知らない人いる」
「早く出てきて」
観念したようにカーテンが少し開いた。
薄いグレーのカーディガン。 淡い水色のレース付きワンピース。 エナメルのパステルブルーのポシェット。 白いスニーカー。
いつもの怪獣Tシャツとジャージ姿とはまるで違う。
美琴は思わず目を丸くした。
「いつもの凛じゃないみたい」
「あぁ」
柊も頷いた。
「似合ってる」
即答だった。
凛は居心地が悪そうに視線を逸らす。
試着室の鏡に映った自分を見る。
本当に自分なのか少し疑った。
「……誰?」
ぽつりと呟く。
「凛だよ」
美琴が笑った。
「女の子みたい」
「女なんだけど」
「本当に似合う?」
少し不安そうに聞く。
「うん」
「素敵」
美琴は迷わず答えた。
「そうだな」
柊も頷く。
凛は少しだけ首を傾げた。
「落ち着かない」
「いつもの服の方が楽」
「慣れる慣れる」
美琴は笑う。
「凛は普段が怪獣Tシャツだから」
「そんなイメージ?」
「そのイメージだな」
「あとジャージ」
柊が言った。
凛は不満そうに頬を膨らませた。
「怪獣Tシャツの何が悪いのよ」
「悪くないけど」
美琴は肩をすくめる。
「初回デートには向かない」
「デートじゃないから!」
店内に声が響いた。
近くのお客さんが振り返る。
凛は慌てて口を押さえた。
美琴は肩を震わせて笑っていた。
―――――
会計を終えて店を出る。
紙袋を持ちながら、凛は少しだけ落ち着かない。
「本当に変じゃなかった?」
「大丈夫だって」
美琴が笑う。
「夜咲先輩なら絶対褒める」
「褒めなくていいの!」
「どっちだよ」
柊が言った。
「褒められたら困るし」
「褒められなかったら少し悲しいし」
「面倒くさいな」
「凛は恋する乙女だからねー」
「違う!」
即答だった。
美琴は笑う。
柊も少しだけ笑った。
(試着室で見た自分の姿を思い出す)
なんだか変な気分だった。
夜咲先輩は、どんな顔をするだろう。
そう考えた瞬間。
心臓が一回、大きく跳ねた。
「来週かぁ……」
凛は小さく呟いた。
楽しみと。 緊張と。 少しだけ怖さ。
全部混ざっていた。
隣でその横顔を見ていた柊は、小さく目を伏せる。
なんか落ち着かない。
いつも怪獣Tシャツを着ている凛とは、少し違って見えた。
「大丈夫だろ」
ぽつりと言った。
「え?」
「お前なら」
凛は少しだけ目を丸くした。
「何それ」
「何が大丈夫なのよ」
「別に」
「そろそろ帰ろうぜ」
柊は先を歩き出す。
けれど視線はどこか遠くを向いていた。
「柊?」
「なんでもねえ」
けれどどこか上の空だった。
来週。 夜咲との約束の日がやってくる。
その時の私は、まだ気付いていなかった。
柊がいつもより少しだけ静かだった理由に。




