絶望の向こう側
工房からの帰り道。
「なぁアキラ。何もないか」
「......」
「見てないだけちゃうか」
「......」
「ここ、そんなにあかんか」
「だって......」
「ん?」
「そんなこと.....」
「ん?」
「ネットもスマホもないんですよ。タケシさん不便じゃないんですか」
「んー。不便ねぇ」
アキラの声がだんだん大きくなる。
「異世界なのに魔法も使えない、チート能力もないなんて、そんなのおかしいでしょ」
「お前、勇者やりたかったん?」
「いや、スキルが」
「スキルってお前それ、アニメの見過ぎ」
「だってそういうものじゃーー」
「誰がきめたん。想像やん。実態はこんなとこ」
「でも......」
「あー。魔法あるで。魔道士おるし、やってみれば?」
「だってそんなこと......」
「ピラッピラのドレスのお姫様がええんか。それともめっちゃ露出度の高い服着た冒険者の姉ちゃんか?」
「そういうことじゃ....」
「まあ探しゃおるかもよ。ダンジョンもあるよ、ドラゴンかておる。俺は見たことないけどな」
「.......」
「学校行かせてもろて、こづかいもろて、スマホでゲームして」
アキラが唇を噛んだ。
「17年何してきたんや?お前の頭の中、スマホに食われとるんか?」
「......」
「ほんで、いつまでそのポケットのなかのもん触っとるつもりや」
アキラがハッとして、ポケットから手を出した。
「まあええ。ゆっくり考え」
怒れ。もっと怒れ。かかってこいクソガキ。
タケシは家に帰ると、仕事があると言ってアキラをほったらかした。
所在なげにしているのを見たカツミは、アキラを手招きしてスパイス工房に連れて行く。
すまんカツミ。あと頼むわ、俺限界ーー仕事に戻る、タケシの背中が言っていた。
しばらくすると、カツミの明るい声が弾ける。
「いやほんでな、最初の見合い相手、誰やと思う?リザードマンやで、ありえんやろ」
「リザードマンってあの、ワニみたいな」
「そうよ。めっちゃ優しいリザードマンでな、花持って来た。でも緑色やん、歯ギザギザで。もー私、クニオに怒ったよ。トカゲは無理やって」
「いやそれは無理だと思います」
「その後がドワーフのじいさん、もうな、年齢とか関係ないらしい、ドワーフ長生きやし」
「ドワーフってやっぱり髭ですか」
「そうや、もう三つ編みできるくらいのヒゲ」
「で、武闘派?」
「いや、鍛冶屋のおやじやったわ。剣とか防具作ってた」
外でこっそり聞いていたタケシは、フッと息をついてそのまま仕事に戻った。
「なぁアキラくん、うちらもここまですんなり来たわけやない。タケシなんか、めっちゃ苦労してたみたいやしな」
カツミは背を向けてハーブティーを入れている。
「でもな、ないこと嘆いてもしゃあないやろ」
「......」
「分からんことは聞いたらええ。文句あったら言えばええ」
トン。と、湯気の立つカップを置いた。
「ほんでなーー、泣きたいときは泣いたらええんやで」
アキラがうつむいた。肩が小さく震えていた。
夜。
母屋にはドン!と乾いた音が響いた。
「家つぶれへん?」
「あんな奴の拳でめげへんわ」
「ならほっとくかな」
「カツミ寝れるか」
「うん。そのうち止むやろ」
「そやな。まぁええか」
翌朝。台所は湯気と足音で忙しい。
「おはようございます」アキラの小さな声。
「おはよう、これ座敷に持って行ってくれ」
タケシに言われて、アキラは頷いた。おにぎりの皿を持って行く。目はまだ赤い。
「おはようございます!」
ペータの大きな声が響いた。
「アキラ、俺もカツミも仕事あるから、ずっとお前見とるわけにはいかん。なんかやりたいことあったら声かけてくれ」
タケシはそう言うと納屋で仕事を始めた。
カツミも朝は忙しそうだ。
アキラはしばらく考えていたが、タケシの納屋の隅に座って仕事を見ることにした。
ペータが小さな箱車を作っていた。タケシが時々何やら指示している。
しばらくすると奥の鍛冶場から鉄を打つ音が聞こえてきた。
覗いて見ると、打っているのは昨日工房で見た少年だ。タケシと話していた男が何やら指示している。
どう見ても自分より年下。でも鎚を振る腕は太い。
ふと自分の手を見る。そして......握る。
隣の工房に馬車が入った。見に行くと商人ぽい男とタケシが何やら話している。聞き耳を立てる。
「アルナはどうですか?」
「一時事故が増えましてな、やはりコンドウ製やないとあかんって。2号店の予約がいっぱいで半月以上先になるっていうのでこっちに来たんです」
「うちも今日は無理ですよ」
「いつなら」
「そうですね......3日あれば」
「じゃぁ是非お願いします」
「代わりの馬車を用意しますね」
「はい。やはり準国営ですな、そこまでやっていただける」
「あと、こちらで書類を......おーいペータ、替え馬車もってこーい」
「はーい」
準国営って言った。2号店が予約いっぱい?タケシさんって何者?
あ、ペータ馬車引いて来た。馬付け替えて........
あー。気になる。後で聞いてもいいかなぁ......。
午前中、ずっと馬車を見ていた。タケシさんの黒馬車だけなんか違う.......
思い切って、昼休みにタケシに声を掛けた。
「あの、タケシさん。ちょっといいですか?」
「ん?なんや?」
「馬車工房、準国営って」
「あぁ。それなーー」
タケシはサスの事、準国営の証の事を、実にサラッと話した。
いや、それってめっちゃすごいんじゃね?
「タケシさん。僕、馬車に乗れるようになりたいです」
「ほな、まず馬の手入れや。明日の朝めし前にペータに教えてもらえ。馬扱えるようになったら俺が乗り方教えたろ」
ゲゲー。馬からかよー。
昼からはカツミの工房だ。
カツミの工房も準国営だと言う。どこにそんな要素ある?
「あー。これや、ノマド」
なんと国軍の常備食になっていると。地味にすごい。
「これな、簡単に作れるから」
「僕でも?」
「作ってみる?」
「はい!」
「ほな......薪割りから」
えぇー。薪割りかよー。
その日の晩御飯は賑やかだった。
バルザが弟子を連れて来た。
ボイル、15才だと言う。あぁやっぱり年下やった。
山盛りの唐揚げの大皿と、鍋ごとドンはポトフらしい。
箸を伸ばすと目の前の唐揚げが消えた。
えぇー。白ぎつね?僕の唐揚げ取ったー。ウソー。カラスもつついてるー。
「もー。マシロ、人のん取ったらあかん。カースケもええかげんにし」
眷属だって?そんなんあり?
びっくりしている間にも、弟子達がガンガン唐揚げを食べている。
ともかく薪割りで腹減った。食べよ。なくなる.....
久しぶりに体動かしたから、筋肉痛になりそう......唐揚げ旨かったな......
ーー熟睡だった。
部屋の隅に、手のひらサイズの板が転がっている。
光は、戻らなかった。




