ダムと魔脈と巨大魔獣 7
「あ、あのさー。魔獣、いなくなっちゃってない?」
これだけの天変地異が起きれば当然だ。南側に鎮座していた巨大魔獣の姿はなく、周囲からは野生動物の気配さえ消え失せたように感じる。
「巨大魔獣、どこ行きやがったんじゃコラ! この場所で魔力が摂取できなくなったら、そりゃ人里に場所を移すよなぁ!? その前にぶっ殺すぞオラアアアアア!!」
ソニアのスイッチが再び入ってしまい、口も態度も悪くなってしまった。カイザー以上の威圧感を全身から放っていて、怯えるアリィはレナに抱きついている。
「ソニアの言う通りじゃ。今仕留めねば魔力を求めて街に出てしまうじゃろう。手分けして探してくれい!」
アリィは高台に残して全体の監視役。ソニアがいち早く飛び出していく。フェイリアとカイはエスカレア特別区側、ボクたちは越境してテレスタ共和国側の森に入っていく。
「討伐が無理ならば、せめておびき寄せてるだけでよい。カイが蹴散らしてくれるわ」
ガサガサ……鳥が羽ばたいていく。
ガサガサガサ……鹿が恨めしそうに睨んで逃げていく。
ガサガサガサガサ…………普通サイズのイノシシ魔獣を返り討ち。追加でおかわり、さらにもう一匹。
魔獣は好戦的なので大きな音を立てれば襲いかかってくる。しかし、小ぶりなイノシシ魔獣ばかりだった。
「魔獣退治が早すぎてウケる。もうこれ、辻斬りじゃん」
峰打ちするだけで魔獣化を解除できるし、正常に戻ったら脱兎のごとく逃げていく。たとえ襲われても負ける気はしないんだけど無駄な殺生は極力避けたい。
「ソニアさーん、どこー!? いくらなんでも単独行動は危険だってばーっ!!」
傾斜がついた地面と視界が狭い森の中でソニアを見失ってしまった。大声を上げても寄って来るのは魔獣だけ。
「わたしたちでこれじゃ、ソニアさんはもっと大変……って、イノシシが倒されてる!」
やられたばかりの死骸の様子から、ソニアの手によるものとみて間違いないだろう。切り傷と刺し傷がつけられているけど、武器なんて持ってたっけ?
「サバイバルナイフかもしれないわ。折りたたみできて携帯しやすいからね」
「でもそんな武器じゃ巨大魔獣を相手にできないよ。いざとなったらレナのメテオで」
「んだコラァァアアアアアアっ!? オラアアアアアアアアー!!」
ソニアの叫び声だ!
…………叫び声、かな?
悲鳴とか嗚咽のような絶叫ではない。それでも今は声の方向に向かって走ろう。
「偉そうに何様のつもりじゃ腹立つわボケエエエエエエっ!!」
「何やねんお前マジで!!」
「おっしゃあああああああっ! 勝てると思うなぁあああっ!!」
「殺すぞおおおおおおっ、死ねぇええええええっ!!」
現場に到着しようにも、手前の木々には蜘蛛の巣のようにロープが張り巡らされていて近づけない。その先では巨大魔獣がぐるぐる巻きにされて動きを止めていた。
ソニアが手にしたフォークが矢のように鋭く飛んで目に刺さり、細い箸がぐんぐん伸びていき身体を貫通する。
何度か繰り返した後、近づいて飛び上がった時に手にしたサバイバルナイフがロングソードとは比べ物にならないほど長く伸びて、切れ味抜群、真っ二つに引き裂いた。
武器の種類は数あれど、カトラリーを使うなんて初めて見た。
「あらみなさん。巨大魔獣はこの通り、討伐しました」
完全にこと切れた後に残ったのは山のように積み重なったイノシシの死骸。消化されて骨だけになっているものもあるし、悪臭も酷い。
「捕食して身体に取り込んだからでしょう、巨大魔獣あるあるです。この状態ではさすがに放置することも、美味しくいただくわけにもいきませんね」
薪の代わりになりそうな木や枝をかき集めて火を起こし、死骸を投げ込んでいく。煙とともに香ばしい匂いが立ちこめていた。
「はぁー……お腹が空いちゃうけど、魔獣だったものと思ったらなぁ」
「倒してしまえば元のイノシシと変わりませんよ。食べてみます?」
ナイフとフォークを取り出そうとしたところを全力で止めた。
捕食されて身体の一部になっていたものとか、消化不良でドロドロになってたし。
「ねぇソニアさん。その武器ってどうなってるの?」
「やはり男の子は気になりますか。これ、マジックアイテムでして。先ほどのように武器になったり、もちろん食器としても使えます」
荷物は極限まで減らした方がいいという理念で開発された、特別でとても高額なもの。兼用できる利便性があるとはいえ、これで食事をするのは抵抗があるかも。
一方でフェイリアはメガネ池南側の浄化作業をしていた。
正常に戻ったダムの水はほとんどが魔脈に流れてしまい、元の湖に戻るには数日は必要になりそうだ。
池が水で満たされる前に、土壌に残ってしまった魔力を取り除かなければいけない。
「ワシのやり方は浄化というより、魔力の吸い出しみたいなものじゃな。原理はソードシステムと変わらぬが、せめて大気に飛散しておれば楽なんじゃがのう」
ぬかるみ状態になった土壌の上を少し歩いては手をかざして、また少し進んで手をかざす。実際に歩いているのはカイだけど、面倒で時間がかかりそうだ。
「この土に魔力が混ざってるのかぁ」
有り触れた汚泥でしかないのに不思議なものだと、膝を曲げて表面に触れてみたら池全体に変化が起きた。
干上がった池の表面が真っ白に、まるで真冬に霜が降りたような景色に変化した。
「お……おぉ、ラドよ、何をし…………うぅむ」
ボクが意識して何かをしたわけじゃないし、できるはずもないことはフェイリアだって知っている。魔法を使ったわけでもないし、そもそも使えないんだから。
「魔力を可視化するなんぞ、超上位のウィザードかと疑いたくなるわい。相変わらず退屈させぬのう…………と、蒸発していく!」
魔力が大気中にバラまかれさえすれば簡単に集められると、フェイリアに感謝された。少々取り逃がしてもソードシステムのバリアに吸収されるとかなんとか。
空を見上げて五秒、十秒…………。
虚空を見つめていると、焼却作業をしていたみんながいつの間にか集まっていた。
「何が起きたの!? ラドくんが魔法を使ったみたいになってる?」
「何て面白いことになっているのですか。もう一度見せてくださいまし!」
「ハイウィザードレベルの奇跡で、やることが農作業かよってウケる」
「結晶のまま持ち運べれば研究の余地もありますが、これでは上手くいきませんね」
「言うてもジェムストーンのようになれば経済が崩壊するじゃろ。さすればラドは大金持ちじゃな」
巨大魔獣の処理は終わり、ダムも復旧させた。
魔力が滞留する原因も解消させたけど、魔獣の残党については今後の追跡調査が必要になるだろう。
最後にもうひとつ、やるべきことが残っている。
「北側に開いた穴については、今は保留としたいんじゃが」
埋めてしまうのは簡単だけど、しばらくは魔脈へ繋がる予備にしたいという。幸いにもエスカレア特別区の範囲内なので、イーノが取水のために掘った川だけ埋めて証拠隠滅すれば問題ない。
北側から直接水を引くことが許可されていなかったが、これでテレスタ共和国も表面上は文句が言えない状態になった。
「万が一の時はこっそり水を引くとしよう。カイに任せればあっという間じゃて」
「あのー……せっかくですから、中を確認してみませんか?」
水の流れが止まった洞窟の内部は暗く湿っていて足場が悪い。緩やかな坂になっているので、転倒したらこの先の魔脈に流されてしまうだろう。
「なんと素晴らしいのでしょう。保留なんて言わず、このような理想的な環境は残した方がよろしいのではないでしょうか」
「何か理由でもあるのかえ……って、素晴らしい? 理想的?」
狭い洞窟内部に佇むソニアはキョロキョロしたり目を閉じたり、恍惚の表情を浮かべたりして頬を赤く染めた。
「姉様……癖が出ておりましてよ」
「はっ、つい……。実は私、このゴツゴツとしてヌルっとした環境の洞窟が、たまらなく好きなんです」
「はぁ…………あ?」
「コンパクトで秘密基地感が満載じゃないですか。ロマンを感じなくないですか?」
「いや、ワシは別に……そのような癖は…………」
洞窟は硬い岩盤を力尽くでくり抜いており、内部は涼しく堅牢なので夏場に向けて秘密基地には最適かもしれない。
それでもやっぱり、ソニアが言うようなロマンは感じないかも。
「サワガニとか住み着きそう」
「壁から水が染み出してるから、そのうちコケだらけになるんじゃないかなぁ」
「いつ崩落や増水するかわかんないからアウトっしょ、やっぱ」
ソニアはもう少し留まって満喫したがっていたけど、食事すら取らずに気付いたら夕方なんだよね。お風呂にも入りたいし、どっと疲れが出そう。
「パンパン、と。あっ」
お尻をつけて座っていたから濡れてしまい、何気なく叩いたら埃が舞った。
射し込む光に照らされて、キラキラと輝く。
「森の中を駆け回ったから汚れてるよ」
昨日からずっと同じ服を着ていたから仕方ないこと。叩けば叩くほど光に反射して青く輝くのが面白くなってきた。
「それってエレモアの花の粒子も混じってない? 粉々になったのを浴びたもんね、青く光ってるからさー。ま、帰りましょ」




