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ダムと魔脈と巨大魔獣 4

 荷物を積み込んだ荷馬車は来た時よりもさらに乗り心地が悪く、フェイリアは早々にダウンした。それは当初から織り込み済みで、寝袋に包まって仮眠をしている。


「この馬車は農夫に無理を言って借りたものですからね。隠密行動をするのにエレモアの紋章が付いたものが使えるわけがありません」


 荷馬車を操る御者を務めるソニアから、今のうちに休んでおくようにとのことでアリィとジュディア、レナが横になった。

 この時点で足を伸ばして横になるスペースはない。寝袋越しとはいえ密着する女子の間に挟まったり覆い被さるわけにもいかないので、身体を小さく折り畳んで我慢するしかないだろう。

 深夜にひっそり国境を越える農作業用の荷馬車。

 荷台に寝転ぶ女子たち。

 いくら御者が女性だからとはいえ犯罪絡みと疑われるのは必然、検問で足止めされるのは仕方ないこと。

 第二皇女が身分を明かしても荷台検査はされて然るべきだし、寝ぼけ眼の第四皇女を確認しても恐縮して敬礼する必要はない。


「毎日の通学で顔なじみになっておりますから助かりましたね。それではわたくし、もう少し…………」


 エスカレア特別区に入ってからは市街地を避けて、森林地帯のベース拠点に向かう。到着した時には深夜三時を回っていた。


「運転で疲れてしまいました。夜明けまで少し休ませてください。アリィ、準備をお願いしますね」


「はい、姉様」


 手際よくタープを張ってテントを設置、そしてテーブルチェアを並べていく。ボクたちの役目はアリィの指示でロープを押さえたり、道具を手渡していくくらいしかない。


「火を起こしましょう。ジュディア、ヨモギの葉を摘んできてもらえますか」


「ヨモギ? 別にいいけれど」


 焚き木の火力が安定したところでヨモギの葉を焼べていく。何かの儀式ではなく、魔法やおまじないの類いでもない。


「気休めですが、この煙が虫除けになると言われてます。焚き火そのものが獣除けにもなりますし」


 エクリル女学院のお嬢様であり皇女殿下の身分ながら、サバイバル知識に長けていることに驚かされた。知識と経験がなければ身体は動かないし言葉も出てこない。


「城の裏庭では時折、家族でこのようなキャンプをしておりますので。姉様は動植物の観察目的ですが、季節の移り変わりを肌で感じられる趣味みたいなものですわね」


 野宿の経験だったらボクだって負けないくらいたくさんあるけど、同じものと考えるのは違う気がする。


「ラドは冒険者だったのでしょう。野宿に慣れているというものも強みではないかしら。さあ、紅茶をいただきましょうか」


 椅子に腰掛け、焚き火で沸かしたお湯で優雅に紅茶を味わうなんてのは冒険者の野宿とは程遠い。薪が爆ぜる音を聞きながらゆったりした時間を過ごすとリラックスにもなる。


「ん、何か聞こえない?」


 遠くから聞こえる小気味よい足音は獣のものではない。しかしそれが人であるならあまりにも力強く、速すぎる。


「安心せい、カイじゃ」


「お待たせいたしましたフェイリア様。ラド様にレナ様、アリィ様にジュディア様も、ごきげんよう」


 脚の速さと力強さはマッドゴーレムだからこそ成せる業。カイの脚力は切り立った崖でさえも駆け上がることができて、しかも疲れ知らず。


「驚いたよカイ。よくこの場所がわかったね。そういえばエレモアに来なかったけど」


「カイを創ったのはワシじゃからの、離れておっても意思疎通はできるわい。ただ、カイに限らずワシが創造するゴーレムはソードシステムの内側でしか稼働できぬがな」


 いくらフェイリアが歩けるようになったからとはいえ、地面が不安定な森林探索は足腰も体力も持たない。カイがフェイリアを背負うことで移動も楽になるし、魔獣との戦闘になっても安心だ。

 でも、もし激しい戦闘になったら荷馬車以上に酔ってしまうだろう。だからその時はボクが盾になってみんなを守ろうと思う。


「この中では唯一の男じゃ、頼もしいのう」


「きぃーっ、ちょっとクラっと来るわ」


「この泥棒猫、お兄様に飽き足らずラドにまで食指を伸ばすとは油断なりません」


「ラドくんはあげないよ?」


「いやいやいや…………ミーシャもラドも、そーいうのじゃないから」


 夜空が薄らと明るくなってきたのを見計らって仮眠中のソニアを揺り起こす。進行ルートは先頭を行くジュディアに任せて、ボクは周囲の警戒に専念しよう。


「あら。レナの腕に掴まって……怖いというわけではないでしょう?」


「アリィ、これは警戒モードなんだよ。ボクは視線を周囲の警戒に向けてるから、足元と進行方向はレナに任せているんだ」


「ふぅん、そういう考えもありますのね。わたくしはてっきり、人目も憚らずイチャイチャし始めたとばかり」


「あーそれ。理屈も分かるし合理的だと思うけど、ふたりきりの時はもっと激しくイチャついてるみたいだしー。添い寝とか、ねえ?」


「ねーさま、それ内緒!」


 これだけ冷やかされても掴んだ腕を離さなかったけど、レナはレナで振り解こうとはしない。効率的だから許されてるってことなんだ。


「効率的とかじゃなくって、あたしたちは仲良し姉弟だからなんだけど?」


 直訳すると、開き直ってしまえば恥ずかしいことはないということか。

 アリィはミーシャと腕組みをすると息巻いているし、フィールドワークの機会が多いソニアは自分の方こそミーシャに相応しいと張り合っている。


「さて。日の出から一時間を効率よく調査したいのでパーティをわけましょう。比較的安全と思われる一本道にはアーちゃんとアリィ、ラド君とレナちゃんでお願いします」


 ソニアはフェイリア&カイと共に魔獣が棲息する可能性が高い、遠回りルートを調査するという。


「戦闘をカイだけに任せちゃって大丈夫なの?」


「何を言う、魔獣が出たところでワシには魔法があるからの。こういう時は少数精鋭の方が身軽じゃて」


「そっか。気をつけてねカイ」


「お気遣いありがとうございますラド様」


「おやおや。ラド君の本命はもしかしてカイちゃんなのかしら」


 ソニアが変なことを言うものだから、みんなの不満がボクに向いてしまった。

 アリィとジュディアは面白半分にいじってくるし、フェイリアはいつものように満足げにニヤニヤしているし、レナは冷ややかな視線で不満げに脇腹を突ついてくる。


「アリィにはこの瘴気計を預けておきましょう。使い方は覚えてますよね。道中のポイントや気になった地点で確認するように」


「瘴気計?」


 魔獣や魔物の探知はもちろん、周辺に滞留する魔力を測定する導魔器。つまりマジックアイテムだ。


「旧式だから少々面倒ですが、これしか持ち出せなくて」


 最新式は常に魔力を探知して、危険になるとアラートで知らせる機能まで搭載しているという。しかしこの旧式は手動でボタンを押す手間がある。


「そうなんだぁ。便利で楽しそう、あたしも欲しいな」


「魔獣ハンターでもないレナが何に使うのです。旧式モデルでも八十万エルはくだらないのですよ。最新式はさらに倍近く……」


「あ、無理。返すねアリィちゃん」


「そこまでナイーブにならなくとも」


 瘴気計は野外で魔獣を相手にする使用環境を想定しているため、防水や耐久性に優れているらしい。それでも意図しないリフレクトで壊したくないので絶対に触らないでおく。

 エレモアの花みたいに、粉々になったらシャレにならないし。


「お互い魔獣と遭遇しても絶対に無理をしないこと。目的はあくまで討伐ではなく、まずは原因の究明です。メガネ池で落ち合いましょう」

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