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ダムと魔脈と巨大魔獣 3

 ボクたちを呼びに来たアリィと合流して案内されたのは会議室。

 以前招待された国賓用の豪勢な部屋ではなく、一般市民に貸し出される普通の施設だ。


「このようなおもてなしは失礼かと思いますが、積もる話もあるでしょう。まずは食事にしませんか」


 提供された弁当は絶品だし、お高いクッキーにお高い紅茶。そしてよくわからないお菓子まで用意されていた。


「千エルの紅茶だよね。なんだっけ、ロイヤル……」


「ロイヤルローズティーにロイヤルフレーバークッキーですわ。フィナンシェにマドレーヌ、マカロンもございましてよ」


「ラドが食わねばワシが食うぞ」


 甘いものには目がないフェイリアが弁当よりも先に食指を伸ばす。馬車酔いから復調したばかりなのにお菓子ばかりじゃ気持ち悪くなりそう。


「フェイは無理しないで。持ち帰りできますから」


 ボクたちが裏庭探索をしている間、フェイリアを寝かしつけたアリィはスイーツを求めて街に出かけていたという。

 これだけの種類と量は、選んで用意したものではないらしい。


「昔なじみの店の前を通ると呼び止められてお裾分けをいただくのです。街の皆さんにとってわたくしは、いつまでも子供なんでしょう」


 ミーシャと街に繰り出した時も大勢に声をかけられて差し入れを渡されていた。それだけ市民に愛されている証明ってことだけど、皇族って羨ましい。


「せっかくですからアリィ、メイ先生にもお渡ししてあげなさい」


「メイ先生に? ええ、よろしいですが……あの方もスイーツがお好きですものね」


 どうして今、唐突にメイ先生の名前が挙がるんだろう。

 ソニアが話し合いの場に使用したのはXクラスだった。アリィには秘密にするとしてもエクリル女学院の施設だったり、学園外でもよかったはず。

 メイ先生に取り次いでもらったということは、昔から面識があったと考えるのが妥当かもしれない。


「昔というほど前ではないですよ。アリィの一件があって以来です」


「ふむ、一ヵ月ほど前の盲目事件の時じゃな」


「実はあの時、メイ先生もこちらにいらしてたんですよ。警備兵に捕われていたのを助けた縁がありまして。事前にミー君から名前を聞いておりましたから」


 ボクとレナが兵舎に幽閉されていた時、メイ先生は下手を打っていたんだ。

 でもそれはボクたちを助けようとした結果だから感謝すべきだけど…………いつから見守られていたんだろう。

 手をつないで歩いているところまでバッチリとか?


「あの時は盲目って設定だから仕方ないよ。きっとお風呂までは見られてないだろうからセーフだよセーフ。ね、ラドくん?」


 それはそれでアウトだった行動があるけど、それはともかく。

 ソニアはメイ先生に貸しがあったから、趣味研の連絡窓口に使われたんだ。


「縁って不思議だよね。いろんなところから繋がるんだもん」


 今日こうしてここにいるのも縁があってのこと。未来人アリィであるソニアとのきっかけがなければ、今から始まる無理難題を陳情する機会は存在しなかった。


「本題に入りましょう。魔獣騒動についてはアリィが発端になったとも言えます。身内の失態ですから解決に向けて協力するのはやぶさかではありませんが」


 アリィひとりだけの責任ではない。企画立案をした趣味研部長のフェイリアも、主催したマジェニア学園のフェイラー学園長も同様であるのは承知の上。


「やりようによっては、エレモアとエスカレアだけの話では済まなくなるからのう」


「ええ。特定の一国と蜜月な関係となって不祥事を隠蔽したことが明るみになれば、よく思わない存在が黙っていないでしょう」


「歯に衣着せぬ言い方をすればカネを出しておる他国にとっては不愉快この上なく、文句もつけたくなるじゃろうて」


 エスカレア特別区の立場はあくまで中立。

 本来は事件を公にして他国と協議をした上で、エレモア帝国に協力を仰ぐのが最低限の筋だろう。しくじれば密約や便宜を図ったと怪しまれて両者の信用は地に落ちる。


「いずれにせよ現状を確認しましょう。魔獣の出現は地下水脈が関係していると聞いております。詳しい心当たりはありますか」


「そ、そうじゃの。今は水量も回復して安定しておるのじゃが、依然として魔獣は残っておる。理論上はありえぬのだが、現実としては減るどころか……」


「どうして地下水脈が安定すると魔獣が減るのでしょう?」


「うーむ、それはじゃな…………」


 フェイリアの歯切れがすこぶる悪い。

 地下水脈はつまり魔脈で、それはソードシステムの根源である。エスカレア特別区独自の技術が存在するおかげで他国から中立を維持できる門外不出の虎の子だ。

 その秘密をどこまで暴露していいのかを考えあぐねているらしい。


「フェイ、魔脈の話くらいはよいでしょうに。わたくしやXクラスの皆さんですら当然のように知っていることですし」


「そもそも知っている方がおかしいのじゃ。治水目的のため、本来は大昔の城壁の名残ということで世間には浸透しておる」


「そうだったんだ初耳、知らなかったよ」


「あたしも。誰にも言う機会がなかったからよかったけど」


「ハンターギルドじゃ地質調査もするから地下水脈の存在は知られているけれど、城壁だったっていうのは通説になってるわ。上から見ればキレイに円形だもの」


「その通りですわジュディア。実のところは魔脈が魔方陣の役割を担っていて、ソードシステムを構成する重要な…………なんでしたっけ。いずれにせよ、エスカレアの重大な秘密事項なんですの、ええ」


 うん?


「秘密だったら、喋っちゃダメなんじゃ?」


「なるほど、秘密というなら仕方ありませんね。それにしても魔獣ですか。一般論になりますが、予想される要因は特定の場所に留まる魔力になりそうですね」


「その魔力を野生生物が摂取した結果、魔獣化するというのが一般的なんですよね」


「いやしかしじゃ。地下水そのものに魔力が含まれているとは考えにくい。魔脈の水を流す原動力は余剰魔力。魔獣に分け与えるまでもないし、魔力が留まらぬよう洗い流す役割もある。これはあくまで保険としてじゃが」


 話がわからない。

 何がわからないって、秘密という前提が秘密になっていないから。


「ラド、諦めなさい」


 ジュディアは早々に話に加わることを諦めていた。レナは目を輝かせながら興味津々に聞き入っているけど、ボクの頭では理解が及ばない内容になっている。

 このチョコレート、美味しいなぁ。


「これが密室会議ってやつじゃないかな。こうやって国政って決まっていくんでしょ」


 大げさな表現だけどジュディアの指摘は大きく外れてはいないだろう。そうであれば尚更、ボクが口を挟む状況ではない。


「…………とまあ、茶番はこれくらいにしておきますか。魔脈やソードシステムの仕組みを聞いたところで、フェーちゃんでなければ再現できないでしょうし」


「帝国の総力を結集すれば実現しそうじゃな。あとフェーちゃんはやめろ」


「アリィも知識だけはありますし、総督に据えて十年もすれば…………?」


「ひえっ、まさかそなた、本当に……」


「冗談です」


 笑わせる気がない笑えない冗談が一番怖いと思う。ソニアが吐く毒は強すぎる。


「へぇ、アリィって将来は軍部に進むんだ? だから……シミュ研だっけ、そこで経験を積もうとしてるってこと?」


「ジュディアよ、恐ろしいことをほざくでない! 本気にしたらどうするんじゃ」


「否定するのもどうでしょう。そもそもシミュ研ではなく趣味研、楽しく健全に頭を使うサークルですわ。師であるフェイを欺くことなどするつもりはありませんし、エレモア帝国第四皇女の立場とは関係ないですし」


「エレモア帝国第二皇女の立場から言わせてもらえば、将来を見据えてギルド活動に取り組む、アーちゃんのような真面目さが欲しいところですね」


「アーちゃん?」


「ジュディアさん、だからアーちゃん」


 裏庭散策中にそんな呼び方について話をしていたから知っている。アリィは呼び捨てだから被らないし、話に上がっただけのジュディスはスー君で決まってしまった。


「さて。今回の件はエレモア帝国としても、内部の人間にすら漏らすことができない弱点になってしまう秘密になります。エスカレア側の魔脈やソードシステムの秘密を開示してくれたというのは、相応の覚悟があると見受けました」


「うむ。ワシはエスカレアでの立場こそ低いが、ソードシステムの実権を握る影の支配者と言える存在じゃからな」


 エスカレア特別区としては魔獣騒動を公にすることなく沈静化させたい。

 エレモア帝国としては皇女殿下の行動が引き金になった魔獣騒動を揉み消したい。

 回りくどい表現を用いたり話が脱線したのは、両者の利害と思惑が一致するかの確認作業でもあった。


「帝国とか秘密とか弱点とか、話を大きくする以前にソニア姉様はフェイとラドへの大きな借りを返しなさいってことですものね」


 穏便にまとまりそうな瞬間の冗談も一番怖いと思う。アリィが吐く毒も強すぎる。

 無事に協力が得られると決まり、現地に詳しいジュディアを主体に作戦会議が始まった。


「人員を割くことはできませんが、調査の機材なら用意できます。魔獣対策よりも先に、魔力を検知する…………」


「どれほどの魔獣がおるのかを把握したいところじゃが…………」


「ぶっちゃけ、ルートDのセノーテは除外していいと思うんだけれど…………」


「どこかに沼があったりすると、水の滞留とともに魔力も……」


「ダムが詰まって干上がって……」


「でも魔脈は正常に……」


 ボクとレナは完全に蚊帳の外。仕方ないとはいえ退屈するにも飽きてきた。


「あたしも混ざりたいなぁ」


「大人の会議だから、そっとしておこうよ」


「あら。ラドはわたくしを大人扱いしてくださるのね。レナもこちらにいらっしゃいな。ウィザードの知見も聞いてみたいので」


 嬉しそうに会議の輪に加わるレナと、お菓子を頬張って紅茶をすするボク。


「お弁当、美味しかったな」


 大きな肉に大きなエビ。吟味された旬の食材がふんだんに使われた高級御膳。食後は紅茶にクッキー。ロイヤル…………ロイヤルなんだっけ?


「起きなさいな。今から出発ですわよ」


「う、あ、アリィ?」


 ここはどこ?

 そうだ会議室だ、エレモア帝国だ。窓の外はすでに真っ暗になっている。


「帰りも……馬車に乗せてもらえるの?」


「本当に熟睡していたのですか。帰りではありません、行くのです」

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