狼少女の日常
朝の陽光が木製の窓枠の隙間から室内に差し込み、温かい金色の光が石の床に優しく広がった。空気はひんやりとした朝霧の気配を含み、かすかに森の清々しい香りを漂わせている。
アリーはゆっくりと目を覚ました。銀白色の長い髪が起き上がると共にさらりと滑り落ち、軽やかにベッドから降り立つと、もふもふの耳をぴくぴくと動かした。そして、まだ眠っているレオを起こさないように、そっと寝室を出た。
「ん……朝食の準備をしなくちゃ。」小さく呟いた。
木製の質素なキッチンに入ると、手慣れた様子で戸棚から食材を取り出した。昨晩の残りのパン、市場で買ってきた新鮮な野菜、そして昨日レオが狩りで持ち帰った野ウサギの肉だ。手際よくナイフで野菜を細切りにし、コンロの上の鉄鍋で肉を焼き始めた。ジュージューと油がはぜる音と共に、香ばしい匂いが小屋中に広がっていく。
「こんなものかしら……?」料理の出来栄えをじっくりと眺め、尻尾を軽く揺らし、上機嫌な様子を見せた。
料理を木製の食卓に並べ終えると、ようやく伸びをして、寝室の方を振り返った。中の人物はまだ起きていないようだ。
「……まだ起きてないのね。」小さくため息をつき、考えた末に、つま先立ちで寝室へ戻り、まだ眠り込んでいるレオに身をかがめ、そっと腕を突いた。
「ねえ、起きて。朝ご飯できたわよ。」
レオは曖昧なうめき声を上げ、まだ夢の世界から帰りたくないようだ。
「いつまで寝てるの? 朝ご飯、全部私が食べちゃうわよ。」アリーは少しばかり茶目っ気を含んだ口調で言い、耳をわずかに揺らし、尻尾で彼の腕を軽く叩いた。
ようやく、レオは目を開けた。眠たげに身を起こし、目を擦る。「ん……おはよう……もう朝ご飯の時間か?」
「ええ、早く起きて。」アリーは微笑んで促した。
朝食中、アリーは静かにレオがゆっくりと目の前の食事を咀嚼する様子を見つめていた。自身はパンをかじりながら、窓の外を湛えた青い瞳で見つめている。
今日の天気は良さそうだ。青空はどこまでも澄み渡り、時折、鳥の鳴き声が聞こえてくる。
「今日は何か予定あるのか?」レオは朝食を半分ほど食べたところで、ふと尋ねた。
「うーん……特に何もないと思うけど……」軽く尻尾を揺らし、しばらく考え込んだ後、こう続けた。「たぶん、家でゆっくりしてるわ。」
「そうか。」彼は頷き、再び朝食に目を落とした。しばらくして、また言葉を足した。「もし暇なら、町に買い物に行ってもいいし、知り合いに会いに行って話でもしたらどうだ?」
「うーん……そうね、考えておくわ。」アリーは明確な返事を避け、ただカップを持ち上げて熱いお茶を一口飲み、口元をわずかに緩めた。
朝食後、レオは冒険に出かける時の軽装に着替え、腰の短剣を丁寧に点検してからベルトに装着した。
「今日も地下迷宮に行くの?」アリーは顔を上げて尋ねた。口調は穏やかで、特に感情の起伏は見られない。
「ああ、今日はまだ行ったことのないエリアを探検する予定だ。でも、そんなに危険はないはずだよ。チームも一緒だし。」レオは安心させるように微笑み、アリーの柔らかな銀白色の髪を撫でた。
「……無事に帰ってきてね。」アリーは静かに言った。
「もちろん。帰りにアリーの好きなデザートでも買って帰るよ。」彼は笑ってアリーの耳を軽くつまんだ。アリーはむっとして彼の手を払いのけた。
「もう、やめてよ。」少し頬を膨らませ、耳をぴくぴくとさせ、尻尾もいつの間にか自分の胸元に巻き付いていた。
「ハハ、アリーはやっぱり可愛いな。」レオは楽しそうに笑い、手を振って、背を向けて出て行った。
アリーは彼の背中がドアの外に消えるまで見送り、そして小さくため息をついた。
「……そうね、今日もいつも通りに過ごしましょう。」独り言のように呟いた。
何かすることがないかと探し始め、まずはキッチンを片付け、先ほどの鍋や食器を洗い、続いてテーブルや椅子を拭き、しまいには床まで改めて掃き掃除をした。
しかし、これらの家事を全て終えても、家の中は相変わらず静まり返っていた。
椅子に腰掛けて尻尾を揺らし、退屈そうに窓の外をぼんやりと眺めていた。時折、隣人の声が聞こえてきたり、風がカーテンをそっと揺らす音だけが聞こえる。
最後には、柔らかいソファに突っ伏し、腕に顔を埋め、尻尾を左右にゆっくりと揺らしていた。
「……早くレオに会いたいな……」小さく呟き、さらに顔を深く腕に埋め、静かにレオの帰りを待った。
昼過ぎ、アリーはついに我慢できなくなった。手早く冒険用の軽装に着替え、慣れた手つきでフード付きの外套を羽織り、顔の一部を隠した。誰か知り合いに見つからないようにするためだ。別に本当に地下迷宮に行ってはいけないわけではないのだが、またこっそり抜け出したことがレオに知られない方が良い気がしたのだ。
ギルドに入ると、受付前は相変わらず賑わっていた。冒険者たちが様々な依頼について熱心に話し合っている。受付カウンターの後ろに立つエルフの女性——ミレイアは、依頼書をめくりながら、こめかみを押さえていた。顔には「今日も残業確定」とでも言いたげな疲労の色が滲んでいる。
「ミレイアさん、今日は何か受けられそうな依頼はありますか? もしなければ……地下迷宮に行かせてもらえませんか?」アリーは声を低めて尋ねた。
ミレイアは顔を上げ、琥珀色の瞳を細めた。視線はアリーの姿を捉え、すぐにいつもの困ったような笑顔を浮かべた。「あら……やっぱりアリーじゃない。今回もまた、誰かに内緒でこっそり抜け出してきたのね?」肘をカウンターに預け、からかうような笑みを浮かべた。
「む……そんな言い方しなくてもいいじゃないですか。ただ、ちょっと退屈なだけなんです。」アリーは開き直ったように言ったが、尻尾は落ち着きなく軽く揺れた。
「はいはい、いつもそう言うわね。」ミレイアは書類を手に取り、ざっと目を通し、カウンターの前に差し出した。「ちょうどいいところに、難易度の低い調査依頼があるわ。地下迷宮に行くための口実にはなるんじゃない? 受ける?」
「もちろん!」アリーは迷わず頷き、書類を受け取った。口元には満足そうな笑みが浮かんだ。
アリーは軽やかに地下迷宮へと足を踏み入れた。石段を降りていき、第五階層に到着した。周囲の壁は苔に覆われ、空気はかすかに湿気を帯びており、魔物の残した血生臭い匂いも混じっている。
いつでも鋭い狼爪を出すことはできるが、爪を汚したくないと考え、大人しく携行している細剣とナイフを使うことにした。一突きごとに正確無比な剣捌きを見せ、銀色の刃が閃くたびに、魔物は悲鳴を上げる間もなく倒れ伏し、魔石と素材の塊へと変わる。
「うーん……これらの戦利品は置いていけないわね。売ってしまわないと。でないと、バレたら大変だわ。」独りごちながら、手早く戦利品を回収していく。
しかし、さらに奥へ進もうとした時、鼻先がふと、馴染みのある匂いを捉えた——それは、レオの匂いだった。
「ん? やっぱり来ていたのね……」湛えた青い瞳を瞬かせ、尻尾を軽く揺らし、口元には思わずいたずらっぽい笑みが浮かんだ。「少しだけ、こっそり助けてあげようかしら? でも、見つかったら面倒ね……」
アリーはその場で一瞬考え込んだが、肩をすくめて、小さく笑い声を上げた。「まあ、いいか。見つかったらその時よ。」
そう言うと、アリーは物音一つ立てずに匂いを追って進んでいった。
進む途中、行く手を阻む魔物や、群れをなすゴブリン、暗がりに潜む影蛇などが現れた。だが、アリーにとって、これらは取るに足らない小さな障害に過ぎない。
「あら……邪魔しないでくれるかしら。」
軽やかに迫り来る攻撃をかわし、身はまるで風のように通り過ぎる。手にした細剣は空気を切り裂き、優雅でいて致命的な銀色の弧光を描いた。
一体の狼人型の魔物がアリーに襲いかかってきた。素早く体を横にずらして回避し、その隙にナイフを相手の脇腹に突き刺し、身を翻して飛び退き、細剣を魔物の首筋に沿って振り抜き、一撃で仕留めた。
魔物を倒し終えると、剣についた血を軽く振り払い、耳をぴくぴくとさせた。「ん……旦那様はもうすぐそこかしら?」
再び空気を嗅ぎ、方向を定めると、足取りはさらに軽快になり、レオの気配へと静かに近づいていった……
アリーは静かに地下迷宮の第七階層に辿り着いた。双耳をぴくりと動かし、静かに空気中の匂いを嗅ぎ分ける。馴染み深い匂いの中から、レオの居場所を特定し、物陰に身を隠し、壁に寄りかかって様子を窺った。
アリーの視線は、前方に見える小さな戦場に注がれた。レオはパーティメンバーたちと協力して、数体の巨大な地竜と戦っている。パーティには、よく知る治療師の女性の他に、軽装の魔法戦闘服を身につけた女性魔法使いが加わっていた。その姿に、アリーの耳はぴくりと立ち、胸の奥に言いようのない感情が湧き上がった。
レオは長剣を手に、幼竜の攻撃を機敏にかわしながら、タンク役の男性がヘイトを集めている隙に、素早く剣を幼竜の脇腹に振り下ろした。刃が鱗をかすめ、火花が散ったが、致命傷には至らない。しかし、彼はそこで止まらず、素早く後退し、仲間との連携を保った。
魔法使いは後方に立ち、古の呪文を唱え、瞬時に氷霜魔法を放ち、幼竜の一体の足を凍結させ、動きを鈍らせた。治療師は傍らで絶えず補助魔法を唱え、前線の戦士たちをサポートしている。
アリーの尻尾が小さく揺れた。その眼差しには、賞賛と、ほんの少しの心配の色が混じっていた。レオが戦闘経験豊富で、そう簡単には傷つかないことは分かっている。それでも、彼が激しい戦闘に身を置いているのを見ると、胸が締め付けられるような思いがした。
(……こっそり狼族の祝福をかけてあげて……それからすぐに立ち去ろう。)
深く息を吸い込み、両手を小さく印を結び、古の狼族の加護の言葉を静かに唱え始めた。すると、淡い光芒がレオの体を優しく包み込み、彼の動きをより滑らかにし、剣の切れ味をさらに鋭くした。
全てを終えると、小さく胸を撫で下ろし、心の動揺を鎮め、素早く物陰に姿を消し、誰にも気づかれることなくその場を立ち去った。
アリーがこっそり与えた祝福のおかげで、レオは幼竜を難なく仕留めた。鋭利な刃が空気を切り裂き、銀色の弧を描く。幼竜は最後の咆哮を上げる間もなく、地面に倒れ伏し、血が岩の地面を赤く染めた。パーティの治療師は驚いた様子で駆け寄り、困惑した表情で尋ねた。
「いつの間にそんなに強くなったの?」
レオは手を振り、少しばかり戸惑いながら答えた。「え? 別にいつも通りだと思うけど……」実際、彼は自分がアリーから祝福を受けていたことに気づいていなかった。祝福によって彼の力と敏捷性が大幅に向上し、そのおかげで戦闘が異常なほど楽になったのだ。
パーティは少し休憩した後、さらに地下迷宮の奥へと進み、第九階層の安全地帯に到着した。ここは前の階層よりもさらに環境が厳しく、湿った洞窟内には低い風の音が響き、遠くからは正体不明の生物の唸り声が時折聞こえてくる。
「少し休憩しよう。体力を回復しないと。」パーティのタンク役が口を開いた。彼の鎧は戦闘の痕跡で汚れ、先ほどの戦闘でかなりの攻撃を受けたことが窺える。
レオは岩の上に腰を下ろし、自分の装備を点検し始めた。剣の刃がまだ鋭いか、鎧の包帯が緩んでいないかなどを確認する。一方、リヴィア——パーティの魔法使い兼戦利品回収担当——は、ドロップした宝物の点検を始めた。手慣れた様子で戦利品袋をひっくり返し、一つ一つ分類し、価値のある素材を丁寧に回収していく。
「いよいよ最下層ね。今回の目標は、希少な魔法鉱石の回収よ。」治療師は回復薬を配りながら、改めて目的を伝えた。
パーティは再び出発し、第十二階層の中核エリアに到着した。そこで、彼らは凶暴な魔物の群れに遭遇した。レオは剣を振るい、電光石火の如き剣技で敵の急所を正確に捉えていく。タンク役は最前線に立ち、全ての攻撃を引き受け、重盾で魔物の鋭い爪をしっかりと受け止める。
「リヴィア、早く炎魔法を!」
リヴィアは素早く呪文を唱え、指先から赤紅色の炎が爆発し、一体の魔物を飲み込んだ。治療師は常に仲間の状態に気を配り、いつでも回復魔法を唱えられるように準備している。
激戦の末、パーティはついに敵を打ち破り、目標の物資を手に入れ、無事に地上へと戻ることができた。街に戻ると、その場で加工できる素材はすぐに処理し、加工できないものは直接売却した。
「この鉱石はかなり希少よ。きっと高く売れるわ。」リヴィアは淡い紫色に輝く鉱石を掲げて得意げに言った。
レオは装備強化に使えそうな素材をいくつか残し、残りは仲間に分け与えた。最後に、貢献度に応じて硬貨が分配され、パーティは一旦解散となり、数日間の休息を取ってから再び出発することになった。
一方その頃、アリーは先にどこかで入浴を済ませ、心身をリラックスさせていた。
アリーはまず治療魔法で小さな擦り傷や打ち身を消し去り、体の状態を万全にしてから、全身の埃や汗を洗い流した。そして、着心地の良い服に着替え、ギルドへ向かい、今日の依頼を完了させた。ついでに、顔見知りのギルド職員と世間話を交わした。
ギルドを後にして、賑やかな市場を通り抜け、今日の夕食に必要な食材を選びながら、こっそりと地下迷宮で手に入れた素材を特定の商人に売り捌いた。副収入に満足感を覚えつつも、家の隠し財産の貯蓄場所がそろそろ限界に近づいていることに気づき、アリーは新たな隠し場所を考えなければならないと思い始めた。
家に帰ると、いつものように素材を売ったお金を部屋の隠し場所にしまい込み、上機嫌な鼻歌を歌いながら夕食の準備に取り掛かった。包丁がまな板の上でリズミカルに音を立て、刻まれた野菜が綺麗に並べられていく。煮込み鍋の中では肉の塊がグツグツと音を立て、食欲をそそる香りが家中に広がっていく。
間もなくして、レオが帰ってきた。
「ただいま。」ドアを開けて入ってきた彼は、料理をしているアリーの姿を見つけると、自然と口元が綻んだ。
「おかえりなさい、晩ご飯はすぐにできるわ。」振り返らずに返事をし、尻尾を軽く揺らした。
二人は食卓を囲み、夕食を共にしながら、今日あった出来事を他愛もなく語り合った。しかし、アリーは会話の中で、今日こっそり地下迷宮に行ったことには触れないように、巧みに話題を逸らしていた。
「今日はどうだった? 何かあったか?」レオは何気なく尋ねた。
「別に何もなかったわよ。家でゆっくりして、家の中を少し片付けた後、市場に食材を買いに行ったくらいよ。」さらりと答えた。
「そうか。アリーの料理はますます美味しくなったな。」彼は肉を一口食べ、満足そうな表情を浮かべた。
「当然よ。」得意げに口角を上げたが、内心では本当のことを言えなかったことに少しばかり罪悪感を覚えていた。
食後、二人は並んでソファに腰を下ろした。アリーはレオの胸に体を預け、尻尾を時折、小さく揺らしている。レオはアリーの耳を優しく撫で、アリーは気持ちよさそうに小さく喉を鳴らした。
「明日は何をする予定だ?」レオは低い声で尋ねた。
「まだ何も考えてないわ。」アリーは気だるそうに答えたが、心の中では明日、再びこっそりと地下迷宮に潜入する方法をすでに考えていた。
夜も更け、二人は一緒に寝室へ戻り、柔らかなダブルベッドに横たわった。アリーはごく自然にレオに寄り添い、彼をしっかりと抱きしめた。まるで安心感を求めているかのようだ。
「今日は随分と抱きしめてくるな。」彼は笑いながらアリーの背中を軽く叩いた。
「だって、こうしていると暖かいんだもん……」そう呟き、目を閉じ、慣れ親しんだ温もりに身を委ねた。
レオは苦笑しながらも、アリーの腰に腕を回し、優しく囁いた。「おやすみ。」
「うん……おやすみ。」小さく囁き返し、尻尾でベッドを軽く叩くと、やがて甘い夢の世界へと意識を沈めていった。




