通りすがりの殺人者 5
「それで……そいつを殺したい理由はなんだ?」
目に涙を浮かべた笑い顔のまま、ルカが言う。
「自分の手で殺したいというなら、それ相応の恨みなのか?」
いくらなんでも、笑いすぎだろうと清水は思った。
殺人は彼女にとっては日常なのだろうが、自分にとってはシリアスな話。笑いながら、冗談のように気軽に話せることではない。
だが、このタイミングでプロの殺し屋に出会えたのは、幸運でもある。未だに迷いを払いきれていないこの状況で、確実に目的を達成するのにはプロの意見を聞くほうが得である。
清水は二十四年前のことを話した。間違えて、殺人鬼を助けてしまったこと。そのせいで、多くの罪なき人命が失われたこと。
「僕は死ぬまでに、この間違いを修正しなければならない。もう、遅いかもしれないけど……」
清水は目を伏せた。
改めて自分のした事の罪を噛みしめる。
真面目に聞いているようだったルカは、話の途中から眉を寄せ始め、話し終わるころには口を半分開け、目を見開いていた。
「……それが理由か?」
「そう。だから僕は、必ず彼を殺さなければならない」
「家族が被害にあったとか……その復讐のためとかじゃなく?」
「そういうわけではないけど、殺された人たちにだって家族や友人がいたはずだ。その人たちのためにも、僕は必ず……」
「いやいや、何を言ってる? 普通、個人的な恨みで人は人を殺したいほど憎むものだ。たまに、ただ邪魔な人物を排除する目的で殺しを依頼してくる者もいるが、それでもない。知らずに助けた人間が、たまたま殺人鬼だったから、そいつを殺すということか?」
「まあ、言ってみればそういうことになるかな」
「それで、あの殺気なのか?」
「殺気?」
ルカはこらえきれなくなったとばかりに、吹き出した。またかと思いつつも、腹を抱えて笑っている美しき殺し屋を見ていると、自分の中に渦巻いている闇の部分が薄れていくような感覚になっていった。無邪気に笑う彼女はとても魅力的で、自然に笑顔になっている自分に清水は気付いていた。
「どうやったら、ためらわず人を殺せるか教えてくれ」
我ながら直球すぎる質問だと思った。だが、清水にとっては大きな壁のように立ちはだかる難問であるかのように感じてしまう。
ようやく笑いが収まり、涙を拭きながらルカが答える。
「迷いがあるなら、やめたほうがいい。迷いは隙を作る。少しの隙が失敗を招くものだ」
「その迷いを消すにはどうしたらいい?」
「感情を消すこと。何も考えないことだ。身体が自然と動くように技を磨けば、何も考えなくても目的は達成される」
「人殺しの技を磨く……そんな時間はない」
清水は肩を落とした。なにか有力な情報が得られるかもしれないと思ったが、やはり次元が違う話だった。殺しのプロの話はあまり参考にならない。
「少し休め」と出て行こうとするルカを清水は引き留めた。
殺しの現場を目撃したとはいえ、彼女から邪悪な気配はない。とても殺しを職業にしているようには見えない。
「君はこれから先もずっと殺し屋でいるつもりなのか?」
ルカは振り向かず、立ち止まったままだった。
「今から人を殺そうとしている僕が言うのも変な話だが、君に人殺しは似合わない。辞めようとは思わないのか?」
「私にはこれしかない……殺人の技でしか生きていくことも、大切な人を守ることもできない」
再び歩を進めようとするルカに、「そんなことはない」と清水は叫んだ。その小さい背中に哀しみを感じたからである。
「君はとても魅力的だし、何者にだってなれると思う。例えば……接客業とかどうだ? 君の笑顔はとてもかわいらしい」
「馬鹿を言うな。そんな者になどなれるか」
ルカが振り向く。顔が少し赤くなっているように感じる。
「自分が美人の部類に入ることは把握している。昔の上官にもそう言われた。だが、かわいらしくはない」
清水は苦笑していた。
「自分で美人だって言っちゃうんだ」
「なにが可笑しい? 自分を正しく理解し把握することは生死をわける状況では大切なことだ。私は美人だが、断じてかわいらしくはない」
「けなしているわけじゃない。むしろ褒めている。君はもっと自分の魅力を知るべきだと思うよ」
「……」
頑なに自分のかわいらしさを認めないのが、清水には新鮮に思えた。やはり、殺し屋などという薄暗い世界に身を置くのにはもったいない。もっと光の当たる場所で堂々と生きていくのが相応しいように思える。
「とにかく、考えてみてくれ」
ルカは姿勢を戻し、ドアに向かって歩きながら、「やっぱり、清水はおもしろい男だ」とつぶやいて出て行った。




