ラブホテルにて
駅前の路地を一本入ったあたりには、ネオンのぎらついた如何わしい店が立ち並ぶ。
「ねー、入っていこうよ~」
「やだ、恥ずかしい」
その入り口で付き合って間もないと推測される、大学生風の男女が初々しくも乳繰り合っている。
(うわっ、あいつら今からやっちゃうんだ)
そう思うとなんだか奇妙な羞恥と興奮が、東郷の心を支配した。
なんとなく気不味くて、東郷は隣に佇む霧島をちらりと見やった。
やっぱり自分の顔にしか見えない。
自分の顔が無表情にただ突っ立っている。
(ああ、霧島の奴が何考えているのか、さっぱりわからねえよ)
極度の緊張のあまり、東郷はパニックを起こしそうだった。
「ねえ、やっぱりやめにしない? 制服だし、絶対やばいよ」
東郷が気弱に呟く。
「ここまで来て一体何言ってるんですか! お互いの身体が入れ替わっちゃった以上、それを見ずに過ごすことなんて不可能でしょう? とにかく少しくらいお互いに身体のこと、予備知識として知っておかなくちゃ」
確かにそれは正論だと東郷も思う。
だがまだ心の準備ができていない。
東郷は半泣きになりながら、抵抗を試みた。
そんな東郷のことなど気にもせずに、霧島はすたすたと東郷を引っ張って奥へと進んでいく。
「い~や~だ~ 霧島~」
そう言って駄々をこねる東郷に、霧島は溜息を吐いた。
次の瞬間、霧島は軽々と東郷を抱きかかえてしまう。
「今は身体が入れ替わってるんですから、あたしの方に分があります。ちょっと黙ってて」
「うう~」
ぴしゃりと言われて、東郷はむくれた。
鍵を受け取り、部屋に入ると霧島はしげしげと部屋の内装に見入った。
「へえ、なんだ。ふつうのホテルとあんまり変わらないんだ」
白を基調とした清潔そうな内装や、やわらかな照明は決して心地悪いものではなく、あえてびっくりしたといえば、浴室がガラス張り、で部屋から中の様子が丸見えだってことくらいだった。
霧島は丁寧に東郷をベッドの上にに置いた。
「今から服を脱ぎますから」
霧島がそういうと、ベッドの上で東郷が慌てふためいた。
「ま……待て、霧島」
霧島はコートを脱ぎ、そして制服を脱ぎ捨てた。
「ちょ…ちょ…ちょっと待て! 霧島ったら!!!」
そういって、東郷は霧島に縋りついた。
十八年間見続けた自分の身体がそこにある。
しかしそれは元カノに嫌われて以来、拒否し続けた自分の身体だった。
「やだっ……見ないで」
熱い涙が東郷の頬を伝う。
「俺、お前に……嫌われたく……ない」
嗚咽混じりの東郷の言葉に、霧島が少し戸惑った顔をし、やがてプルプルと小刻みに震え出した。
「あ……ああもう! 死ぬほど愛しいです。センパイ」
小刻みに震えた霧島が、ぎゅっと東郷を抱きしめた。
「嫌いになんてなりません。信じてください。だからセンパイも裸になって」
「な…ななな何言ってんの? お前」
東郷は耳まで真っ赤になった。
「お前は恥ずかしくないのかよ。お前の裸を俺が見ちまうんだぞ?」
「恥ずかしくなんてありません。死ぬほど好きな人ですから」
「さりげに……お前っ……」
東郷は言葉を紡げず、ただ赤面して下を向いた。
「脱がして差し上げましょうか?」
そう言って霧島が、制服のブラウスに手をかけた。
赤いタイが少し衣擦れの音をたててベッドの上に放りだされ、ブラウスのボタンが器用に外されていく。
その様子がベッドの前に据えられた大きな鏡に写し出されている。
(ああ、俺が霧島の衣服を脱がしている)
東郷は霧島にされるがままになりながら、そう思った。
少し骨ばった大きな手がブラジャーのホックをはずすと、乳房が露わになった。
透き通るような白く柔らかなふくらみの先端に、淡い桜色の突起が首を擡げている。
ホックを外されたスカートが、その場にずり落ち、下着も脱がされていく。
鏡に写るのは一糸纏わぬ、霧島の裸体。
綺麗だと、東郷は思った。
それは霧島に拒まれることが恐くて、自ら封印した願望だった。
霧島への想いを断とうとすればするほど、それは自身を焼いてゆく。
密かに夢に現れ、苛みもした。
鏡に写る真逆の願望。
それはひどく滑稽なことだと東郷は思った。
いつの間にかその隣に、衣服を脱ぎ捨てた霧島が佇んでいた。
鏡の中の霧島を直視できずに、東郷の瞳に涙が溢れた。
「どうして泣くの?」
霧島の声が耳に優しく落ちる。
「だって……俺の身体なんて」
そう言って東郷が再び嗚咽をあげると
「何万回でも言いますよ。愛しています」
霧島の腕が東郷の素肌を絡め取った。
東郷はしばらくの間、その温もりを確かめる様に身を沈めた。
全身が脈打つ音を、霧島の胸の中で聞いていた。
その温もりの中で、枷が溶けていくの感じる。
拒絶の悲しみも、痛みも、もうそこにはなかった。
心を偽り続けた苦しみも、受け入れられたという安堵感に変わっていく。
「落ちつきました?」
穏やかな微笑を称え、霧島が問う。
「ああ……ありがと……な」
東郷の泣き顔が笑顔に変わった。
そんな東郷の顔を霧島が嬉しそうに覗きこんだ。
「まあ、そういうわけで目出度く、センパイの女性恐怖症は克服されたというわけなんですけど……」
霧島は言葉を濁し、なんだかもじもじとしている
「うん? どうした? 霧島」
そんな霧島を不審に思って、東郷が不思議そうな顔をする。
「あの……あたし、トイレに行きたいな~、なんて」
そんな霧島の言葉に、東郷はまたも絶句するのだった。




