センパイのお弁当
(俺が……霧島のことを好き、だと?)
東郷の中に爆弾を投下し、如月は背を向けひらひらと手を振った。
「おい、ちょっと待て如月」
如月を追いかけて階段までいくと、階段のそばにある柱に身体をもたせかけ、うつむき加減の霧島がいた。
「のわっ……」
霧島の姿を見つけ、東郷はおもわず階段を踏み外し、見事にすっ転んだ。
「痛てててて」
通り過ぎていく下級生たちが東郷を見てくすくすと笑っている。
「大丈夫、ですか? センパイ」
霧島が東郷の前で立ち止まり、小首を傾げた。
「これ!」
そう言って東郷は霧島のために作ってきた弁当をつき出した。
「あのっ、一緒に食べたいんですけど」
「却下、悪い。昼はいつも如月と食べてるから」
そう言って東郷は霧島から逃げる様に階段を駆け上がった。
心臓がばくばくいっている。
(あの馬鹿がいらぬことを言うから、余計に意識してしまうではないか。)
東郷はなんだか如月を呪いたい気持ちにすらなってきた。
階段の踊り場で、一部始終を見ていた如月が口を開いた。
「あーあ、お前ってば本当に馬鹿! 昼飯くらい一緒に食ってやったらいいじゃねえか。あんなこと言うから見ろ、彼女また泣きそうな顔してただろ」
可哀そうにと如月が腕を組んで考えこむ。
「うるせー、このバカ! 如月のバカバカバカバカ……」
「って、俺に八つ当たりしてんじゃねーよ。馬鹿はお前だし」
(わかってるよ! それぐらいわかってるんだ。如月よ。本当に馬鹿なのは俺だ)
東郷はいい返せないので唇を噛んで、如月に包みを突きだした。
「ほれ!」
如月がきょとんとした顔をする。
「なによ、これ」
「なにって弁当だよ、お前の分も作ってやったから、三人で食おう」
「はっ? 何言ってんの、この人。アレだよ? 人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られちゃうんだよ?」
東郷は逃がすまいと、しっかりと如月の襟首を掴んだ。
「ちょっ、東郷君瞳孔開いてるし……しかも目血走ってるし……」
「なーに気にすんな、恋路じゃなくて後輩指導だつってるだろうが」
刹那、如月の表情からいつもの軽薄さが消えた。
「じゃあさ、俺が霧島を好きになっても、お前は平気なんだな」
如月の言葉に東郷は心臓をきゅっと鷲掴みにされたような息苦しさを感じた。
「お、お前いきなり何いって……」
「いきなりじゃねえよ、霧島って可愛いじゃん。本当は入学当初から目をつけてたんだよね。でもお前がそうやって煮え切らない態度で彼女のことを傷つけてばかりいるのなら……」
東郷の表情をちらりと伺い、如月は意地の悪い笑みを浮かべた。
「ほーら、困るでしょう? 俺でなくたって霧島は可愛いんだから放っておくと、ろくなことないって」
「いや…ですけど、すいませんが一緒に行ってください。お願いします」
東郷はもう如月に頭をさげるしかなかった。
「もう、早く治しなよ。女性恐怖症」
呆れたような如月の口調に東郷はなんだかイラッとする。
(治せるもんなら、とっとと治すわ! このボケ!
こんなややこしい状況でなかったら、俺だって……。
あいつにあんな悲しい顔なんて絶対にさせないものを)
そう考えてなんだか、東郷は泣きそうになった。
◇ ◇ ◇
「いただきます」
昼休み、霧島はひとり屋上で、東郷が自分に作ってくれたお弁当を開いた。
弁当箱というにはいささか大きく、いうならばそれは少し小さめの重箱だった。
黒い漆塗りに金粉で模様が施された一目で高価だとわかる重箱に、まるで料亭で出されるような料理の数々が美しく並びつけられている。
前に霧島が大好きだといった卵焼きは、やっぱり霧島の好みにほのかに甘い味付けが施してあった。
「罪滅ぼしっスか? センパイ……」
そこにこめられた切ないほどの東郷から自分に向けられた愛情を思い、霧島の頬に涙が伝った。
東郷への想いが一方通行でないことはわかっている。
東郷もまた自分のことを深く想ってくれている。
それは多分自惚れではなく、真実だ。
と霧島は思う。
しかし東郷は、そんな自分自身の想いにさえ蓋をして、霧島の気持ちを拒絶するのだ。
それは進むことも、戻ることもできないで、ただその場に立ち尽くすしかない苦しい恋だった。
それでも、夏までは耐えられた。
部活という接点があって、剣道という絆では繋がっていられたから。
東郷の引退試合の後で、屋上で思いを告げたが、断られた。
それ以来、会うことすらもできなくて、切なくて死にそうになってしまっている自分がいた。
「あー……バカ切ないんですけど……ああ、もう…」
とりあえず自分の片思いに、思う存分酔ってみようと思う霧島だった。
屋上の切り取ったような空。
今日は晴天だ。
真冬日の中にふっとまじる小春日和。
霧島はひとり、東郷の愛情弁当を食べて感涙している。
「あー…あたし……ばかみたい」
そう呟いたときだ。
屋上の鉄の扉が開き、東郷がひょっこりと顔を出した。
「どうした、お前、泣いてんのか?」
「あーあ、東郷君が意地悪するから」
その後ろから如月も顔をだした。
「な…ななな、泣いてなんかいませんよ。あはは、嫌だなあ。目にゴミが入っただけです」
途端に死にたいほど恥ずかしくなる霧島だった。
「見せてみろ、とってやる」
そういった東郷の心配気な顔が近づいてくる。
霧島の顔が赤くなる。
「だ……大丈夫……です。もう取れたみたい」
そういってなんとか霧島は笑顔を取り繕ってみせる。
(あー、もう、なんだってこの人の周りは空気が薄いんだ)
まだバクバクといる心臓をなんとか諌めて、霧島が口を開いた。
「それより、センパイ、来てくれたんですね。嬉しいです」
「い……いや、あのお茶と、味噌汁をだなあ……渡しそびれたから」
そういって東郷はバツの悪そうな顔をした。
「味噌汁って、お前どんだけ気合い入れて弁当作ってんだよ」
そういって如月も弁当の包みを開けた。
「なんじゃこれ、スッゲー豪華じゃねえか」
そういって如月がぽかんと口を開けている。
「おう、そうだぞ。俺が五時起きで作った特製弁当なんだからちゃんと心して食えよ」
えへんと、東郷は威張った真似をしてみせた。
「あの、センパイ。朝の五時って……」
(受験生なのになんだか心配になってきた)
心配げな霧島の表情に気がつき、あわてて東郷が取り繕う。
「いっとくけど、俺もともと早起きだからっ、料理は普通に好きだし、ついでだし、だから別に…別に…」
「その割には、あたしの好きなものばかり入ってます。このお弁当」
そう言って霧島が微笑むと、東郷は耳まで真っ赤になった。
「ありがとうございます。とても美味しかったです」
霧島がそう御礼をいうと、東郷は明後日の方向を向いて
「お…おう。また明日も作ってやらあ」
と応えた。




