男と女の真剣勝負
「霧島、馬鹿かお前は。それは女の子のいう台詞じゃねえだろ。っていうか、とりあえずまずこれを着ろ」
そういって東郷は自分が着ていたコートを脱いで霧島にかけてやると、だぼだぼのコートを羽織り、霧島は不思議そうな顔をして東郷を見つめた。
「来い!」
そう言って東郷は霧島の手を引っ張った。
「あっ」
霧島はつんのめりそうになって声を上げた。
東郷と霧島では、足のコンパスが違う。
霧島は東郷に引っ張られるようにして歩いた。
「お前、氷みたいに冷たくなっちまってるじゃねえか、本当に死ぬぞ、馬鹿!!!」
東郷は霧島を自販機の前に連れて行き、小銭を入れた。
「何飲むんだ?」
そう問うと、霧島は上目使いに東郷を見上げた。
「奢ってくれるの? じゃあ、コーヒーがいい。ブラックで」
霧島は抑揚のない声で応えた。
「却下、お前ブラックコーヒー飲むとき顔顰めるから、これな」
東郷は苛立たし気に、紅茶花伝のロイヤルミルクティーのボタンを押した。
「じゃあ、聞くなよ」
霧島はぽつりと呟いた。
「ほれ、それでも飲みやがれ」
そういって手渡すと、霧島は東郷のコートの上からそれを持った。
コートが大きくて手が出ないのだ。
「ごめん、仙台君。準備室借りるね」
東郷は焦ったように部長の仙台に声をかけ、霧島を準備室まで引っ張ってきた。
準備室には部員の色々な私物が持ち込まれ、散乱している。
主に雑誌やマンガ、DVDなのだが、部のペットとして、なぜだか金魚まで飼われている始末。
ちなみに藻の発生した水槽で飼われている金魚の名は、ぎょぴちゃんだ。
部屋を埋め尽くしているのは大概がガラクタなのだけれど、その中にストーブもあった。
ありがたい事に何代か前の先輩が寄贈してくれたものだ。
東郷はとりあえず、霧島の身体を温めたかった。
ストーブの電源を入れると、ゆっくりと赤い火が灯った。
霧島はストーブに手をかざし、ぽつりと呟いた。
「暖かい……」
「そりゃ、そうだろ。ストーブだからな」
軽く頭痛を堪え、東郷がいった。
「いえ、東郷センパイが……」
そう言って霧島は、東郷を上目づかいにちらりと見やった。
(そういうことを真顔でいわれると、ものすごく恥ずかしいんだよ。ボケっ)
東郷は耳まで真っ赤になった。
「そ…そんなことはどうでもいいんだよっ! お前このクソ寒いときに一体あの場所でなにやってたんだ」
「ああ、空見てました」
霧島は気だるげに応えた。
「空なんかどこでも見れるだろ。なにもあんなに寒い場所でなくたって……」
「センパイと一緒に見た場所で、見たかったんです」
東郷は言葉に詰まり、視線を泳がせた。
嫌な雰囲気だ。
こいつの目が怖い。
東郷はごくりと生唾を飲み込んだ。
「な……なんで、剣道部の練習に参加しない?」
なんとなく緊張して声が上ずる。
「あー……あたしはもともと東郷センパイ狙いだったんで、先輩が引退したら、興味ないです」
「ちょっと待て、っていうかお前、あれだけ才能あるのに辞めちまうなんて、絶対もったいないって」
思わず少し語気を荒げてしまった東郷を見て、霧島は少し悲しそうな顔をした。
「だったら……センパイがあたしに引導を渡してください」
霧島は床に転がっていた竹刀を東郷に放って寄越した。
「センパイ、あたしと勝負してくれませんか? 先輩が勝ったら、いうこと聞いて真面目に剣道やります。でももし自分が勝ったら、センパイ……あたしの彼女になってください」
東郷は霧島の申し出に、盛大な溜息を吐いた。
「彼女ってなんだよ。俺男だし。つうか剣道は誰かにやらされてやるもんじゃない」
そう言って東郷が腕を組むと、霧島は愁傷気に下を向いた。
「あたしはこんな奴だけど、でも好きな人のいうことは素直にきけます。センパイ、もうすぐ卒業しちゃうじゃないですか。最後の思い出とそしてきっかけをください」
(きっかけ……ねえ。まあ、確かにこいつも俺にフラれて意地張ってたんだろうなあ。そういうことなら、いい機会かも)
「わかった。ついてこい」
◇ ◇ ◇
「え? ちょっと霧島さんじゃない」
「なんで?」
防具を身に付けた東郷と霧島の登場に、道場はどよめいた。
「悪いが仙台君。ちょっとだけ道場貸してくれないかな」
「それは構いませんけど、一体何をするのですか?」
仙台は唖然とした表情で東郷たちを見つめている。
「霧島と賭けをするんだ。剣道であいつが俺に負けたら部に戻って真面目に剣道をやるんだって、そいであいつが俺に勝ったら、俺があいつの彼女になるんだと」
「彼女…ですか」
はあ、そうですか。
と仙台は頷いた。
もはやツッコミどころがわからないといった風情だ。
(竹刀を握るのはお互い夏以来……か)
東郷は手にあるその感触を確かめた。
防具の中で、霧島がニタリと笑った気がして、東郷の背筋に悪寒が走った。
「約束は守ってくださいね。センパイ」
試合開始の合図と同時に、激しく繰り出される霧島の竹刀を交わしながら東郷は間合いをとるが、じりじりと追いつめられ、次第に逃げ場を失ってゆく。
「うおー! 好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ 東郷センパーイ!!!」
霧島の攻めには、容赦がない。
(ぐっ、相変わらず重っ!!! ほいでもって早いっ!)
防ぐだけでは負けてしまう。
そんな東郷の焦りに一瞬の隙ができた。
「一発、ヤらせてくださーい!!!」
霧島のふざけた絶叫と共に、竹刀が空を切る。
「めーん!!!」
東郷の頭に衝撃が走り、目の前が白んだのだった。




