東郷家にて
「お前ん家の事情は、だいたいわかった。そういうわけで今度は俺の家、東郷家について一応説明するわ」
東郷は胡坐をかいて、カーペットの上にどっかりと座った。
「センパイ。パンツ見えてますよ」
霧島の指摘に東郷は赤面し、股を閉じて座り直す。
「っていうか、百聞は一見に如かずなんで、とりあえずセンパイの家に行きません? あたし勉強しないと」
霧島は立ちあがり、それにつられて東郷もおずおずと立ちあがった。
日はもうとっぷりと暮れ、人々がそれぞれにせわしなく家路に向かう時間帯である。
足早に歩きながら、何かを考え込んでいた霧島が、ようやく東郷の方に視線をくれた。
「センパイの家のこと話していただけませんか?」
「お? おお。俺の家は、そんな大したもんじゃねえんだけど、一応剣道の道場をやっていて、祖父がそこの師範なんだ」
東郷がそういうと、霧島はようやく腑に落ちたという表情をした。
「ああ、それでセンパイ青島流なんですね」
「まあ流派なんてどうでもいいんだけどな。なんつうか家風がちょっと変わってるつうか……でもまあ、お前なら多分大丈夫だとは思うんだけど……」
東郷の歯切れの悪い物言いに、霧島は柳眉をわずかに顰めた。
「どういうことです?」
「どう説明したらいいんだろ。修行の一環つうか……一般家庭に比べるとちょっとだけスリリングだったりするわけよ」
「へえ、スリリング……ねえ」
霧島は曖昧な笑みを浮かべた。
「ほれ、あれだ。見えてきた」
駅前の一等地に延々と塀が続く、純日本風の建物が見えた。
「え……これって老舗料亭とかじゃなかったんですね」
霧島が目をぱちくりとさせた。
歴史を感じさせる木造りの巨大な門には内側から強靭な鍵がかけられ、よっぽどの行事があるときでなければ開門されることはない。
普段家の者が出入りするのは、その横に設けられた、小さな勝手口からだった。
東郷は勝手口の取っ手をいじってみるが、開く気配はない。
「あー畜生、鍵かけやがったな。じじい」
東郷は舌打ちしながら、正門から西に走っていく。
「どうしたんですか? センパイ」
霧島も東郷についていくが、少し不安気な顔になる。
「いくぞ、霧島ここから入る」
正門から西に位置するこの場所は、他の場所に比べると少し塀が低く感じられた。
東郷は鞄を塀から中に投げ入れて、身軽に跳躍した。
「いいんスか? まあそういうことなら」
と霧島も東郷に続く。
「曲者!」
刹那、皺枯れた声とともに竹刀が空を切る音が耳についた。
「危ねえ、霧島!」
反射的に東郷が霧島を庇い、その頭上にまともに竹刀を喰らったのだった。
意識を失い倒れた東郷を霧島が抱き起こす。
「センパイ、ちょっと大丈夫ですか?」
「忠臣、女人に庇われるなど言語道断。武士道の風上にもおけぬ不届き者が!」
小柄な老人が、霧島にめがけて勢いよく竹刀をふるうが、空中で竹刀を霧島に片手で受け止められてしまう。
「なんですか? コノヤロウ。不意打ち野郎に武士道のなんたるかなど、とやかく言われたくねえんだよ。足腰立たんようにしてやろうか。コラ」
メキメキという不吉な音を立てて、竹刀が真っ二つに折れた。
霧島のその眼は、すでに瞳孔が開いている。
「あわわわわわ……たっくんがSだよう」
迫力負けをした老人がその場で、腰を抜かしやがてしくしくと泣き始めた。
「あいたた。もういいよ霧島。その辺でおじい様を許してあげて」
頭を押さえつつ、霧島の姿をした東郷が老人をかばった。
すると母屋のほうから和服姿の上品な女性が歩いてきた。
「あらあら、忠臣さん。今日は遅かったのね。ところでその女性はどなた?」
「ああ、彼女です。結婚を前提としてお付き合いをしています」
東郷に扮する霧島がしれっとした口調でそう告げると、目の前の女性の顔色がさっと変わった。
「た…たっくんに彼女……」
やがて女性はぷるぷると震え出した。
「お赤飯よぉ!!! お赤飯を炊きなさい」
絶叫する女性の横で東郷が真っ赤になる。
「やめろおふくろ! っていうか、息子に彼女ができたくらいでなんでそこまで」
「たっくんはねえ、うちのたっくんは、本当にもう女の子恐怖症で、このままでは東郷家存続の危機だって、母さんも家の者も身を削る思い出心配していたのですよ。ええ、東郷家は二人の結婚を承諾いたしますとも。なんなら今夜にでも祝言を上げますか? 母さんそれでもいいわよ。っていうか早く子供作りなさい」
「待て、おふくろ。それは展開早すぎだろ」
東郷があわてて間に割って入った。
「まあ、おふくろだなんて嬉しいわ、お譲さん。でもね、あなた東郷家の嫁になるのだったら、ここはあえてお母様と呼んで頂きたいの」
ついつい自分の身体のことを忘れて、口走ってしまった後で東郷はマズイと口を噤んだ。
「祝言は早いけど、お互いに結婚を考えているのなら、うちに住み込んで行儀見習いをなさい」
モウ……絶対ニ……逃ガサナイ。
そんな気迫がこもった様子で東郷母が、霧島に扮する東郷を見つめている。
「じゃあ、さっそく親御さんに連絡をとりますから」
そう言って東郷母は携帯を取り出し、執事を呼びだしたのだった。




