04.捜索依頼=花=
※短編と同じものです※
オッフェルの森東部を越えた先、離れ小島に火焔山ヘルレンと呼ばれる火山がある。引き潮になると陸続きになり、歩いて渡れるその島で、魔羊の群れが確認されたらしい。
冒険者の複数チームが連携して討伐に当たり、討伐部位と呼ばれる魔物討伐の証明が大量に学院に届けられ、買取所では鑑定に査定にと、てんてこ舞いだと聞いた。
その話を聞いた少年は、次にアレが来るだろうと待ち構える。すると、案の定、死体回収の依頼が届いた。
オッフェルの森の東部には、慈雨の谷がある。あまり立ち入りたくない区画なので、ジョージは遠回りになるが迂回して火焔山ヘルレンへ向かう。着いたときは潮が引いておらず、冒険者が放置したのであろう小舟を使うことにした。
『帰りは引き潮に合わせるよ』
何頭になるか皆目つかないが、帰りは魔羊たちを連れて行かなくてはならない。引き潮に合わせて歩かせればいいと、小舟を漕ぎながら少年は算段する。
さて、指示された場所に辿り着いてみれば、想定の通り、魔羊の死体が転がっていた。
状態の良いモノを選別し、状態の悪いモノは邪気が宿らぬよう簡易的な清めの儀式を行い、荼毘に臥す。狐火が揺らめき、黒く染まった魔羊たちはホロホロと崩れて行った。
状態の良いモノを鈴で導く。歩みは少し遠いが、歩き続ければフリモリウム魔法学院に辿り着くのだ。納品時期も定められていなかったこともあり、焦らずに帰ればよいと思っていた。
リーンリーン……
鈴の音に誘われるように、片方の角が無い虚ろな羊たちがヨタヨタと足を動かす。
犬は少年の前を後ろをと歩いては走る。立ち止まって周囲を確認し、警戒する。たまに魔羊たちの周囲を走り、歩みの遅いモノが居ないか、はぐれるモノはいないかと気を配っていた。遅れるモノがあれば、吠えて少年に注意を促す。
狐は斥候を務め、先を確認しては戻り、しばらくして走って先を確認する。不穏なものがあれば、自身で対処したり、注意を促しに少年の元へと駆け寄っていた。
狸は魔羊のニオイを嗅いで、これは食べられそうにないと鼻を鳴らして、トテトテと歩いていた。途中、木の実が落ちていれば、パクリと食べて、モグモグと口を動かし、周囲の様子を窺う。何か美味しそうなニオイを感じれば、トテトテと走り、パクリと食す。離れすぎない絶妙な距離感で葬列の近くを進んでいた。
『この先は慈雨の谷だね……』
谷に繋がる川を眺めて向きを変える。
『少し遠回りになるけど、来た道を戻ろう』
慈雨の谷には近寄りたくないと言外に告げれば、分かっているとばかりに狐と犬が少年の顔を見た。
『……あれ?』
一匹足りない。どこに行ったのだろうと周囲を見回せば、地面に落ちた果実を追いかけている狸の姿があった。コロコロ転がる果実。夢中で追いかける狸。
果実を追いかけることだけに集中していた狸は前をよく見ていなかった。
『あ……』
「ぽきょ?」
果実が転がり落ちて川へとダイブした。それを追いかけた狸も川に近づき、これ以上は無理と諦めたところで、足が滑る。
落ちる瞬間、狸の丸い目と少年の見開いた目がかち合った。
『っ!』
「ぽきょぉぉぉぉぉ……」
少年が息を飲んだ瞬間、狸の姿が消え、川に落ちる水音が聞こえた。
『行かなきゃ!』
少年は川の方に走り出し、道を探す。周囲を確認すれば、わずかに残る獣道があった。
川の流れを確認する。川の流れ行く先は慈雨の谷だ。谷の方の空は暗くたれこめている。
ジョージは迷わず獣道へと足を踏み出した。転げ落ちるように走り出すと、川の流れを見て、そこに焦げ茶色の塊が無いか探す。耳を澄ます。狸の声が聞こえないかと、走りながらも微かな音を逃すまいと神経を尖らせていた。
くぐもった鈴の音が手の中から響く。両手が自由になるようポケットに鈴を入れれば、走るのに合わせてカチカチと鈴が鳴る。
後ろから自身を追いかける音が聞こえるが、それより狸の声を聞きたかった。
(どうして……)
ちゃんと傍にいるように言い聞かせなかったんだろうと後悔した。離れないように注意して見守っていれば良かったと唇を噛み締める。
少年の足元を走り抜ける白い影。犬は上体を低くして素早く移動する。別の道を行くと告げるかのように、狐の鳴き声が響いた。
(助けなきゃ……きっと、助けてって鳴いてる……)
息が苦しくて仕方がなかった。いつの間にかしとしとと小雨が降っていて、目に雨が入る。視界が濡れて、前が見えずらかった。
『無事でいて……』
呟いたその時だった。
「ぽきょー」
鳴き声が聞こえて、慌てて立ち止まる。木々の間に焦げ茶の塊があった。
無事だったとホッと息を吐いたときに、何かがおかしいと気が付く。
狸の後ろにいるのは誰だ?
アレは……父と母だ。兄たちもいる。それに……将来、お傍にお仕えするのだと信じて疑わなかった、大切な彼の方の姿があった。
(違う。亡くなったはずだ)
首を振る。政変で一族郎党滅亡したと伝え聞いた。主家である彼の方の家、連なる自分の一族、全て弑されたのだ。
一族の守り神の御使いである狐が、守護獣の一匹である狐が、土地とのつながりが途絶えたと告げたのだ。既に、故郷の地は、誰ぞ分からぬ者に由縁を奪われ、自分が帰る場所ではなくなっていると、帰っても殺されるだけだと訴えられた。
だから、帰っていく船を見送り、この地に根を張ろうと諦めたのではないか。
『違う……偽物だ……』
分かっていても、声を聞かせて欲しいと、もう少しはっきりと姿を見たいと願ってしまう。
足が動く。
駄目だと分かっていても、歩む足を止めることは出来なかった。
『丈士』
声が聞こえた。異国の地に行く前にと元服の儀に臨んだ際、新たに刻んだ己の名前。幼名の丈児の方が、こちらでは馴染みやすかったので、ジョージと名乗るようになったが、自分は『丈士』という名で船に乗ったのだ。
久しぶりに聞く自分の真名に涙が溢れる。
差し出される手に導かれるように一歩一歩足を踏み出す。
(もう……いいよ、ね……)
幻に縋って、夢に揺蕩って、囚われても構わないだろうと思い始めた時、か細い声が聞こえた。
「きゅぅーん……」
呼ばれた気がした。助けて欲しいと、寂しいのだと、自分を探す声が聞こえた。
「きゅぅーん……きゅぅ……」
『どこにいるの?』
慌てて周囲を見回せば、しとしとと降る雨が身体の熱を奪っていて、ブルリと震える。
空を仰げば、雨空の隙間から光が差していた。
『……』
そのまま、光を辿る様に地面に視線を下ろせば、真っ赤な八重咲の花の中央に幼女の上半身があった。その前には、狸がお行儀よく座っていて、何かを訴えるように幼女に向かって「きゅーんきゅーん」と鳴く。
幼女が狸に向かって手を伸ばす。その手には、ビビットな赤い花弁があり、滴る金の蜜を狸が嬉しそうに舐めていた。
ジョージは慌てて走り出した。大切なものをこれ以上亡くしたくなかった。
『駄目だっ! こっちへ来てっ!』
狸の顔がこちらにむいて、真ん丸な目がパチリと瞬いた。ぺろりと口の周りに付着した蜜を嘗めとる。
「ぽきょー?」
こてんと首を傾げて、伸びた幼女の手にある花弁を咥える。花弁の消えた手を伸ばし、幼女は狸の頭を頬を撫でた。狸の頭に花弁がぺたりと貼り付いた。
『僕から奪わないでっ!』
慌てて狸に駆け寄った少年は、ぎゅっと狸を抱きしめる。狸の頭に貼り付いていた花弁が舞い、少年の上着のポケットやフードに忍び込んだ。
幼女の腕は離れていき、雨が止んだ。
慈雨の谷の雨が止んだのだ。
サッと差し込む太陽の光は、けぶるばかりの慈雨の谷の様子を露にした。
そこには……
『アルラウネの群生地……』
色とりどりの八重咲の花。その中央には様々な年代の女の姿があり、根元には数え切れないくらいの雑多な種類の魔物の事切れた姿があった。よく見て見れば、冒険者や学生の姿もあり、アルラウネが死者を養分としていることが推測できた。
「死者に咲く花」
昔、まだ学生の頃、文献を調べていた時に書かれていた。無害で力のないと言われるアルラウネらしくないと思い、疑問に思ったが、当時は留学したばかり。まだこちらの言葉に慣れていないこともあって誤読したのだろうと思っていた。
だが、目の前の風景を見る限り、書かれていたことに間違いはなかったのだろう。実際に、倒れた死体の胸からは、緑の芽が出ていた。
学生らしき姿の死者の服には徽章が付いていた。徽章の形で分かる、ここ数年内で入学してきた学生だ。つまり、そういう事なんだろう。
カツカツカツと地面を駆ける音がして、真白い犬が走り寄った。少年に飛びつくと、無事でよかったと言わんばかりに「わふっ」と鳴き、ブンブンと尻尾を振った。
その後ろから金茶の狐が、何処か心配げにこちらを窺っていた。
よたりよたりと魔羊の葬列が此方に近づく。さわさわと葉の擦れる音がして、アルラウネたちは声を震わせた。口から吐き出された細かい音が魔羊の中に忍び込んでいた。
『……』
徐に鈴を鳴らす。胸から緑の芽を生やした学生に近付いて術式を施せば、ゆっくりと立ち上がった。
(まだ……支配はされていない)
芽が出たばかりならば、身体の支配は完全ではないらしいと、安堵の息をつく。
(これを連れて行けば……先生への義理は果たせる)
リーンと鈴の音が谷に広がる。
慌てたように騒めくアルラウネに呼応するかのように霧が立ち込めてきた。これは蜃の吐息だ。アルラウネと共存しているのだろう。
『流石に同じ手に惑わされるのはどうかと思うんだ』
少年は静かに告げると、鈴を鳴らして谷を抜ける。その後ろを魔羊たちと学生が数名よたりよたりと続いて歩む。
葬列は鈴の音と共に、ゆっくりと進む。
(死者に咲く花については、マディアス先生に任せよう……)
回収依頼をしたのはマディアス先生だ。ならば、この回収事項についても責任を持ってもらおうと、丸投げすることを心に決める。
それと共に、アルラウネ付になった商品の引き取り額は、少しでも割増しになるのだろうかと気になった。
静かに慈雨の谷は雨に濡れる。
少年に抱きあげられた狸は、少年の肩越しに慈雨の谷を見つめる。名残惜しそうに「きゅぅん」と鳴き、少年の服に付着する花弁を鼻先で突く。
谷を見続けるのは狸だけだ。ジョージたちが振り返ることはない。
しとしとと雨だけが降り続けていた。




