04.捜索依頼=芽=
※短編と同じものです※
アルラウネという魔物がいる。八重咲の美しい花の中に生えた女性の姿の植物性の魔物で、刈り取った時に流す涙が固まり魔核となる。
その魔核は花の蜜を凝縮した飴玉のようだった。蜜玉とも呼ばれるソレは夢心地になるほどに甘く美味なため、蜜玉を求めて数多くの者が魔物が住む森へと向かっていった。
アルラウネの魔核を得るのは難しい事ではない。マンドラゴラのように悲鳴を上げたり、マンイーターのように蔓で捕えたりすることなく、大人しく咲いているだけの花の娘は、新人の冒険者にもお手頃な相手で、様々な者に狙われやすかった。
もちろん、魔物が多く住む森の中に咲いているのだ。危険がないわけではない。そのため、力の強い魔物が居ない森に咲いたアルラウネは、競うように刈られていった。
余りにも根こそぎ刈り取られ、徐々に生息域が少なくなってきたころ、フリモリウム魔法学院は保護を呼びかけ、国も動き出そうとしていたが、欲の皮が張る商人たちや珍しもの好きな貴族たちに警告が届くのが遅かった。
アルラウネは乱獲がたたり、その姿が消えた。
それは保護を訴えていたフリモリウム魔法学院の北に広がるオッフェルの森でも同じだった。いや、オッフェルの森で刈り尽くされ始めたから、学院が動き出したと言っても過言ではなかった。
蜜玉が苦い薬も甘く出来る。その葉が軽い火傷への応急処置になる。その種を炒って擂り潰せば美声になる。茎を煎じて飲めば身体の中から美しくなる等々。乱獲により手に入りやすい素材であるが故に、様々な研究がなされ、実験が行われた。その中で得ることが多く、特許が出願されると、商人たちは群がる。群がった商人たちがアルラウネを求め、更に乱獲が進んだ。
そう。乱獲を加速させたのも、元はと言えば保護を訴えたフリモリウム魔法学院が原因だったのだ。
アルラウネが居なくなると、責任の矛先がフリモリウム魔法学院へ向いた。
それが故に、フリモリウム魔法学院は魔法特許の厳密な管理体制を敷くことを謳ったのだが、消えたものをよみがえらせることは学院にも出来ず、アルラウネは絶滅したと言われている。
そのアルラウネが見つかったというのだ。最初に聞いたときは、冗談だろうと一笑に付した。
「与太話もいい加減にしろよ」
笑うこちらに「いたんだよ!」とそいつは真剣な顔で告げた。
「慈雨の谷で見たんだ」
それを聞いて、俺たちは更にゲラゲラと笑う。
「慈雨の谷って……蜃の吐く息で一年中雨が降っているって場所だろ」
蜃、姿の見えぬ幻の魔物。その吐息は雨雲となり、生息域である谷は晴れることはないと言い伝えられている。実際に足を運ぶと、年がら年中シトシトと小雨が降っているのだ。その話は本当だろうと実しやかに囁かれていた。
そして、一番重要な事だが、この蜃、幻も吐き出すらしい。近づくと見たいモノが現れ、惑わされ、慈雨の谷の中で迷い続ける。そのまま谷の、魔物の養分となってしまうとされ、慈雨の谷は、かなり危険な区域とラベリングされているのだ。
そう、蜃は見たいモノを見せるのだ。
「見たアルラウネだって幻に決まってる」
俺たちは口々に言ったが、そいつが「でも……本当にいたら?」と呟けば、誰もが黙り込むことになる。
それこそ、今では幻の魔物と呼ばれているのだ。蜜玉を手に入れれば、一生遊んで暮らせるくらいの値で売ることができるとまで言われているのだ。
思わず周りの奴らと目を合わせた。
「行ってみる価値はあると思わないか?」
そいつの言葉に、誰ともなしにゴクリと唾を飲み込んだ。
フリモリウム魔法学院の学生、十数人のグループがオッフェルの森へ入り、帰ってこないという噂が広がった。
彼らはオッフェルの森へ入る申請を出していなかった。単位取得のための魔物討伐、研究のための素材収集や観察等々、オッフェルの森へ入るためには申請を出す必要があるのだが、中には出さずに入る学生も多い。そのため、誰が行方知れずになっているのか学院側も全容が掴めず、噂だけが広がっていたのだ。
「全く困ったものだよ」
魔法伯というフリモリウム魔法学院の中枢にいるマディアスは、疲れたように溜息を吐いた。
「授業を欠席している学生たちの所在を確認しているのだが、この時期、帰省している者も多い。なにより、学生ではなく研究生の可能性も無きにしも非ずだ。そうなれば、特定はさらに困難を極める」
マディアスは報告書をパラパラとめくる。幾人か所在不明の者もいるが、全員が全員、無申請でオッフェルの森へ入ったとは考えにくい。
「面倒でしたら、魔法伯を退任したらいかがですか?」
魔法伯は任期制だ。自分が留学したころから魔法伯だったのだから、だいぶ期を重ねたのだろうに、文句を言いつつもまだ魔法伯を続けるマディアスの姿が不思議で仕方がなく、ジョージは首を傾げる。
チラリとこちらを見るマディアスの眼差しが、酷くもの言いたげで、その真意が見えず困惑する。そんなジョージの足元で、白い犬がパタンパタンと尾で床を叩いていた。窓際には優雅に佇む金茶の狐の姿が、その近くのテーブルでは来客用のお菓子をモグモグと食べる狸があった。
「ジョージ……」
「行きません」
マディアスの言葉に少年はきっぱりと告げる。
「探す相手の名も姿も分からない。なにより、何人探せばいいのか分からない。そんな無謀な捜索活動、僕にはできません」
「いや……そうじゃないんだ」
ジョージの言葉にマディアスは首を振った。
「もし、オッフェルの森で学生の姿を見つけたら、回収してくれないかい?」
「……」
ジッと恩師の顔を見つめる少年の黒い瞳。
「それは……死体屋の仕事としてで構わないのですか?」
「あぁ……期間はこの季節だけでいい」
「片手間になりますが、よろしいでしょうか?」
本業は魔物の死体集めだと、その黒い瞳が告げていた。
「構わない」
マディアスは報告書をパタリと閉じる。
「この名簿の人数が減れば、そうだったのだと幕引きが出来るだろう……」
モグモグと動く狸の口がピタリと止まり、また動き出した。
狐は我関せずと窓の外を眺め、犬の尾は動きを止めていた。
ジョージは諾の返事を返すと、条件を詰め、対価を確認する。
窓の外には白い雲が流れていた。




