04.捜索依頼=種=
※短編と同じものです※
特別な商品を連れて街中を歩かれると困る。そうなると人目につかぬ場所にある、魔物の死体を受領する荷受所は都合が良かった。
既に特別な依頼をジョージにしていると荷受所には通達してあった。ジョージが納入する時は、即連絡をくれるようお願いしていたのだ。
ただどんな依頼をしていたのかは明かしていなかったため、ジョージが魔物の死体を納品するたびに呼び出され、密かに不審がられていたのは気付いていた。だが、不特定多数の者に、特別な依頼の詳細を開示するわけにはいかない。
そのため、早く成果を出して欲しいと考えては、いた。
「……」
マディアスは額に手を当てて、天井を仰いだ。
「御所望の商品です」
「あぁ……」
そう、確かに所望していた。オッフェルの森で学生を回収して欲しいと、死体屋のジョージに依頼していたのだ。その成果としては満点以上で、酷く想定外だった。
「この、胸元に見える植物の芽らしきものは一体何かね?」
「アルラウネの芽です」
「……受領係」
ジョージの答えを聞くや否や、マディアスは傍にいた兵士に向かって鋭い声を放った。
「聞いておりません。はぃ、私共は、何も見ておりませんし、何も伺っておりません」
その日、偶然にも荷受所にはベテランの兵士しかいなかった。兵士たちは、勤続年数が長ければ長いほど、自分たちが無事に過ごすための最適解を知っている。彼らはジョージからスッと目を反らすと、マディアスに対し恭順の態度を示した。
「少し休憩してくるがよい」
「はっ! 隣室にて休憩を取らせていただきます」
身体を直角に曲げ、一礼すると、兵士たちは手続きを中断して、隣室へと下がった。
マディアスはジョージをジロリと見る。
「慈雨の谷へは……」
「入りたくて入ったわけではありません。不可抗力です」
不本意だと表情に出した少年の姿に、少年が故郷を亡くしたことを知っているマディアスは言葉が詰まる。
留学生用の卒業メダルを撫でて「この学院で働くことは出来ますか?」と尋ねて来た少年に、この地で働くには正規の卒業が必要だと告げたのは自分で、その答えに絶望した少年の顔は今でも鮮明に記憶している。
そんな少年が、対象の見たい幻を見せるという蜃の住処に自分から足を運ぶとは思えなかった。
先日の火焔山ヘルレンのある火山島で発生した魔羊の群れ。冒険者たちが大量に討伐部位である魔羊の角を納めたことで、研究者たちが素材が欲しいと騒ぎ出し、死体屋であるジョージが依頼を請け負ったことは知っていた。
オッフェルの森の東部にある慈雨の谷を抜ければ、火焔山ヘルレンまではほぼ直線で、最短距離になるが、そこを通ろうと考える者は皆無だ。それだけ、蜃の幻覚は強力で、囚われれば死ぬまで彷徨い続けるといわれているのだ。否、死んでも彷徨わされると言い伝えられている。
「もう一度聞きたい。慈雨の谷で何を見たんだ?」
「アルラウネの群生地です。様々なタイプのアルラウネが多数生息していました」
少年は見てきたままを気負いなく答えるが、聞かされるこちらの身にもなって欲しいと頭を抱えた。
「蜃の幻は?」
「酷いものでした。もう二度と見たくありません」
嫌そうに告げる言葉に嘘はない。だからこそ、困惑する。
「キミの見たアルラウネが……幻覚でないとどうしていえる?」
「これです」
ジョージの足をよじ登ろうと狸がぴょんぴょんと跳ねて「きゅーきゅー」鳴いていた。
差し出されたのは、瑞々しい赤い花弁。その芳醇な香りに覚えがあるマディアスは軽く目を閉じて、呻くように尋ねる。
「……これは?」
「アルラウネの花弁です」
「……だろうな」
覚えがあり過ぎた。若かりし頃、まだしがない研究員だった頃、実験棟に充満していた薫りを思い出す。あの時の脳髄を蕩かすようなクラリとした感覚を思い出し、頭を振った。
「絶滅したはずだ」
「僕もそう思っていました」
真顔で頷く少年は、この事実が何を齎すか、欠片も想像していないのだろう。
絶滅していた種が現存していたとなれば、魔物の生態管理と生育環境の保全を訴える一派は「奇跡だ」と宣い、現場視察を計画しだすだろう。もしやすると、承認を待たず動き出す可能性も無きにしも非ずだ。
そして、それは前述のグループだけではない。
生薬や魔法薬、製薬関連の学問を広く網羅する薬学科の面々は、全身余すことなく薬の材料になるアルラウネの発見に湧き出すのは請け合いだ。
魔物そのものを研究する学者たちからは、慈雨の谷の何が群生に繋がったのか調べるために調査隊の派遣を要請するに決まっている。だが、向かう先は蜃の蔓延る慈雨の谷なのだ。欲が幻として具現化し、冷静でいられるわけがないだろう。失敗は目に見えている。
なによりも、アルラウネは金になる。商人どもに知られた日には、アルラウネが絶滅に瀕した時の再来になること請け合いだ。やっと持ち直してきたオッフェルの森の生態系が再び崩れると考えると頭が痛いどころの話ではない。
「このことを知っているのは?」
「人を驚かせるのは好みません。いつものように人の気配を避けながら移動しました」
狐が尻尾をパタリと動かして、ちらりとこちらを眺めている。犬は、ジョージの足にじゃれつく狸を咥えて引き剥がしていた。
「彼らは……」
改めて学生だった者たちを検分する。土気色の肌からは生者の気配を微塵も感じることは出来ず、それとは対照的に、胸元に生えた瑞々しい若芽は異様なほどに生命力に満ちていた。
「安心してください、人としての魂はすでに旅立っています」
「それを安心と言っていいのか否かは甚だ疑問だが、この若芽は……」
「アルラウネの芽です。信じられないのでしたら可能性が高いとでも言い添えましょうか?」
「いや、言葉を飾らんでも構わん」
群生地には様々な年齢のアルラウネがいたと告げられれば、マディアスの頭痛は酷くなるばかりだ。
「それで……この魔羊も……」
「死体ですから、可能性は高いと見ています」
群生地には種族を問わず、事切れた魔物や人間を養分に成長していたアルラウネがいたのだ。何らかの方法で種が植え付けられていないわけがない。
「ただ、それがどのような方法かと問われると、答えが見つかりません」
ジョージの口調は専門じゃないのでと続きそうなほどにあっさりとしたものだったが、マディアスにとっては他人事じゃない。
「種を見たのか?」
「……アルラウネの種は目に見えますか?」
こてりと首を傾げる少年。マディアスが若い頃に見たのは、拳大の大きさの皮膜に包まれた薄い爪のような種子の塊だった。皮膜から取り出した塊から一枚一枚種子を剥がし、炒って擂り潰せば、香ばしくも甘い香りが漂ったものだった。
対照的だったのは種子を包んでいた皮膜だ。種子を切り離した後のそれは、ぐちゃりとしたジェル状の気味の悪い物体と化すのだ。
(あれはまるで……)
ゾワリとしたものが背筋を走り、慌てて首を振った。まさか、胎児を包む羊膜のようだったなどと考えたくもない。
「いろいろ分からないことだらけだ」
「そうですね。僕も同じように感じます」
コクリと頷いた少年は、納品物を見た。
「ところで……今日の納品物の検収はどうなるのでしょうか?」
「しばらく待ってくれ」
机の上の納品書には魔羊の数と元学生だった者の人数が記されていた。数だけで査定額は未記入だ。現段階で査定出来うる要素が出揃っていないため、金額が決められない。
なによりも、今後の対応を考えると、マディアスは気が遠くなりそうだった。
(まず、身元を調べねば……)
そもそもが単位取得の一環でオッフェルの森へ入り、魔物と戦闘をこなすのだ。不慮の事故は避けられない。そのため、入学の際の契約書にはオッフェルの森での実習事故について、死に至ることがあると明記している。
彼らが庶民であれば、ある程度の悔み金で手を打つことは可能だろう。男爵、子爵の子息であったとしても、なんとでもなる。だが、伯爵位より高位だった場合は、少しばかり手間取る。
(最悪なのは……)
国内の力のある商人だった場合だ。子息への対応からアルラウネのことに勘付かれでもしたら厄介どころの話ではない。
(そう……アルラウネだ)
絶滅していたはずのアルラウネの群生地が見つかったなど安易に公表すれば、以前の二の舞だ。それは避けなくてはならない。とすれば、何処まで公表すべきか早めに決める必要がある。
(まずは魔法公に報告し、魔法伯たちを招集して……その後に臨時の評議会を開催せねば……)
国への対応も考えなくてはならい。やることが多すぎて、現段階で既に目が回りそうだ。
「今月の家賃の納付があります」
ジョージは困ったように納品書の隣にある白紙の受領を眺めた。
「今回、遠征でしたから、事前に買ったものも多くて……少し困ります」
「一時金を支払う」
マディアスは時間を買うことにした。正直に言えば、これからこなさなければならないタスクを考えると、ジョージの納品物への査定は最後になるだろう。金で時間が買えるならば金で済ませたい。
「僕はっ……」
声色に施しを受ける謂れはないと憤りの感情が乗ったのを感じ、マディアスは「待て」と頭を抱えた。
「あくまで一時金だ。査定が終わったら相殺する……簡単に値が決められないのだ」
「……」
黙ってこちらを見る眼差しには様々な感情が入り乱れていた。
「ぽきょ! ぽきょー!」
狸が腹が減ったとばかりに騒ぎ出す。犬は困惑したように狐の元に狸を運び、狐は大人しくしていなさいと宥めるように狸の腹を突いて舐める。
その様子を見た少年は諦めたように溜息一つつくと「わかりました」と了承する。
「査定が終わりましたら、出来るだけ早めに連絡をください」
「あぁ、終わったらすぐに連絡しよう」
「一時金の対価に花弁を置いていきます。好きに扱ってください」
「良いのか?」
尋ねるマディアスにジョージは頷く。
「これを見ると、谷のことを思い出します」
それが嫌なのだと言外に告げる少年に「分かった」とマディアスは頷く。
「それに対する査定も含めての価格を計算しよう」
マディアスの言葉に頷くと三匹の元へと向かう。煩く喚く狸をひょいと抱き上げると、狐と犬を従えて少年は荷受所を後にした。
その場に残ったマディアスは、すぐさま魔法公へ報告すべく伝達魔法を展開するのだった。




