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麦穂の革命  作者: レモンティー


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第二章 実験農場

普通の異世界転生なら剣や魔法で成り上がるのだろう。

魔王を倒す。

ドラゴンを討伐する。

伝説の聖剣を手に入れる。

そういう話を前世でもたくさん読んだ。

だが俺が興味を持ったのは別のことだった。

馬車の窓から見える畑を眺めながら、思わず呟く。

「この農地、収穫量ひどくないか?」

向かいに座るエミリアが首を傾げた。

「畑ですか?」

「ああ」

「どこか変ですか?」

「全部だ」

「全部?」

「逆に聞くが、変じゃないと思うか?」

エミリアは窓の外を見た。

広い畑。

痩せた農民。

やせ細った牛。

ところどころ雑草だらけの土地。

「いつも通りですが……」

「そうだろうな」

アルベルトは苦笑した。

生まれた時から見ている人間には分からない。

だが前世で農業政策に関わっていた自分には異常に見えた。

土地はある。

水もある。

人もいる。

なのに収穫量が少なすぎる。

まるで宝の山を放置しているようなものだった。

数日後。

アルベルトは領内視察を始めた。

最初に訪れたのはヴァルム村だった。

人口は三千人ほど。

領内最大の集落である。

しかし村に入った瞬間、空気が重かった。

子供たちは痩せている。

老人たちの顔には活気がない。

家々も古く傷んでいる。

村長のガルドが頭を下げた。

五十代後半の大柄な男だった。

「ようこそお越しくださいました、領主様」

「案内を頼む」

「はっ」

二人は畑へ向かった。

見渡す限り麦畑が広がっていた。

だがアルベルトの表情は曇る。

「なるほどな……」

「何か問題でも?」

ガルドが尋ねる。

アルベルトは地面を指差した。

「ここは去年何を植えた?」

「麦です」

「今年は?」

「何も植えません」

「来年は?」

「麦です」

やはり。

「二圃式農業か」

ガルドは驚いた。

「ご存知でしたか」

「少しな」

畑を半分使い、半分休ませる。

翌年に入れ替える。

土地の疲弊を防ぐための方法だ。

地球の中世でも使われていた。

しかし効率は良くない。

畑の半分が毎年遊んでいるのだから当然だ。

「他の村も同じか?」

「はい」

「王国中が?」

「そのはずです」

アルベルトは内心でため息をついた。

予想以上に遅れている。

さらに歩いていると牛小屋が見えた。

アルベルトは足を止める。

鼻をつく臭い。

だが彼にとっては懐かしい匂いだった。

「家畜は何頭いる?」

「牛が十八頭、羊が四十頭ほどです」

「糞はどうしてる?」

ガルドはきょとんとした。

「糞ですか?」

「そうだ」

「川へ捨てていますが」

アルベルトは思わず固まった。

「捨てている?」

「ええ」

「全部?」

「全部です」

ガルドは不思議そうな顔をしている。

まるで当たり前のことを言っているようだった。

アルベルトは額を押さえた。

「領主様?」

「いや……頭が痛くなってきた」

肥料を捨てている。

農民たちは肥料の価値を知らないのだ。

前世の知識がある彼からすると信じられない話だった。

「糞は畑に使わないのか?」

「臭いですし」

「臭いな」

「汚いですし」

「確かに汚い」

「だから捨てます」

アルベルトは空を見上げた。

問題が多すぎる。

だが同時に希望も感じていた。

改善の余地だらけだからだ。

その夜。

領主館の執務室。

アルベルトは机いっぱいに紙を広げていた。

エミリアと執事のセバスチャンが見守っている。

「旦那様、何を書いておられるので?」

「計画書だ」

「計画?」

アルベルトは紙に丸を三つ描いた。

「まずは三圃式農業」

「さんぽしき?」

エミリアが首を傾げる。

「畑を三つに分けるんだ」

アルベルトは説明した。

「一つは春作物」

「はい」

「一つは秋作物」

「はい」

「最後の一つは休耕地」

「ふむ」

「毎年ローテーションする」

セバスチャンが眉をひそめた。

「それで収穫量が増えるのですか?」

「増える」

「なぜです?」

「休ませる面積が三分の一になるからだ」

二人は顔を見合わせた。

理解できていない。

無理もない。

地球でも何百年もかけて普及した技術なのだ。

「理論上は収穫量がかなり増える」

「かなり、とは?」

「五割近く」

その瞬間。

二人が固まった。

「ご、ごわり?」

エミリアが声を裏返す。

「そんなに増えるんですか!?」

「うまくいけばな」

セバスチャンは腕を組んだ。

「ですが問題があります」

「分かってる」

アルベルトは頷いた。

「村人は信じない」

「その通りです」

セバスチャンが深く頷く。

「農民は保守的です」

「知ってる」

「先祖代々の方法を変えようとはしません」

「知ってる」

「失敗したら飢えるからです」

「それも知ってる」

農民は愚かだから変化を嫌うのではない。

命が懸かっているから慎重なのだ。

収穫を失えば死ぬ。

だから実績のない方法など試せない。

翌日。

アルベルトは村の広場に農民たちを集めた。

百人近い村人が集まっている。

しかし視線は冷たい。

若い領主への不信感が隠れていなかった。

アルベルトは壇上に立った。

「畑のやり方を変える」

ざわつきが起きる。

予想通りだ。

「領主様」

農民の一人が手を挙げた。

「なんでしょう」

「我々のやり方に問題があると?」

「ある」

即答だった。

村人たちがさらにざわつく。

「では飢えずに暮らせているか?」

誰も答えない。

「毎年十分な収穫があるか?」

沈黙。

「子供たちは腹いっぱい食べているか?」

やはり誰も答えなかった。

アルベルトは静かに言った。

「今のやり方では駄目だ」

だが反発は強かった。

「失敗したらどうするんだ!」

「収穫が減ったら飢えるぞ!」

「貴族様は責任を取れるのか!」

次々と声が飛ぶ。

アルベルトは頷いた。

「その通りだ」

農民たちは戸惑った。

反論されると思っていたのだ。

「だからお前たちの畑ではやらない」

「え?」

「まずは俺の土地でやる」

静まり返る。

アルベルトは笑った。

「失敗したら俺が損をする」

「領主様が?」

「ああ」

「本当に?」

「本当だ」

村人たちは顔を見合わせた。

翌日から実験農場作りが始まった。

アルベルトは自ら鍬を持った。

農民たちが目を丸くする。

「領主様!?」

「なんだ」

「何してるんですか!?」

「見れば分かるだろ」

アルベルトは土を掘り返した。

「畑を作ってる」

農民たちは呆然としている。

貴族が畑仕事をするなど聞いたことがない。

「旦那様」

エミリアが慌てて駆け寄る。

「手が汚れます!」

「畑仕事で手が汚れなかったら怖いだろ」

「そういう問題じゃありません!」

数週間後。

休耕地に豆が植えられた。

「そんな雑草植えてどうするんだ?」

農民たちは笑った。

「食うのか?」

「全部は食わない」

「じゃあ何だ?」

アルベルトは土を握る。

「土を肥やす」

今度は大笑いが起きた。

「豆が土を肥やす!?」

「そんな馬鹿な!」

「聞いたことねえぞ!」

アルベルトも苦笑した。

地球なら小学生レベルの知識だ。

しかしここでは常識ではない。

「一年後を見ろ」

そう言うしかなかった。

そして一年後。

収穫の日。

村人たちが集まっていた。

アルベルトも帳簿を持って立っている。

普通の畑の収穫量。

六俵。

実験農場。

九俵。

最初は誰も信じなかった。

何度も数え直した。

結果は変わらない。

九俵だった。

「嘘だろ……」

「増えてる……」

「本当に増えてるぞ」

ざわめきが広がる。

ガルド村長が震える声で言った。

「五割増しだ……」

アルベルトは頷いた。

「そうだ」

老人が呟く。

「奇跡だ……」

「神の祝福だ」

「違う」

アルベルトは首を振った。

村人たちが一斉に見る。

「奇跡じゃない」

静かな声だった。

「農学だ」

風が麦畑を揺らした。

その瞬間、多くの農民が初めて理解した。

この若い領主は口先だけではない。

本当に収穫を増やしてみせたのだ。

そしてこの日から、ヴァルム領の改革は本格的に動き始めることになる。

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