表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/13

1-6赤熱する鱗②

闘技場の至る所からざわめきが起きた。


「おい、まさか本物なのか……?」

「鱗があるぞ!角もある!……本当に、あの『竜人』じゃないか!?」

「いや、そんなわけないだろ。フォルデン王国だぞここは!ただのリザードマンかもよ」

「馬鹿言え!あの独特な角の形、『世界樹の交易祭』の公式画で見た竜人の特徴そのものだぞ!」

「偽物か? それとも、新種の特殊個体か……」

「もし本当に本物の竜人なら、人族を拒絶するあいつらが、なんでこんな人間の闘技場にいるんだよ!?」

「それに、竜人なら結界の術も使えるはずだろ。本物ならどうして……!」

ざわめきがさらに大きくなる。


そのざわめきは、本来なら人の耳には届かないほど微かなものだった。


だがルーナには聞こえていた。

聞こえるはずのないざわめきも、

扉の向こうで看守たちが交わしていた小声の会話も、

まるですぐそばで話しているかのように、はっきりと。


本人にとっては当たり前のこと。

だが実際には、当たり前ではない。


だがその事について気づいている者は、一人としていない。


引き出されてきた男は、何かの薬を大量に投与されている感じだ。

一緒に入ってきた、看守たちの顔も緊張している。

正確に言えば、少しでも竜人の男から距離を取ろうとしていた。

呪詛付きの鎖が両手足と首と腰に巻かれ、明らかに弱体化しているとわかるのに、鎖1本につき3人で抑え込んでいるというのに、それでも看守達は、どこか腰が引けている。


「 ミラヴォスの粉末って本当に効くんだよな?」

「大丈夫だろ……噂の竜胆蜜酒だって大量に与えてるし」

「だ、だよな……」

「臨時ボーナス貰ってもやりたくねぇ……」


男の目は虚ろで、焦点が定まっていない。

灰色——いや、銀髪が元の色なのかもしれないが、くすみ、薄汚れていて判別しづらい。

鱗の艶もなく濁っており、

顔はやつれて汚れも目立つ。

全体的に“濁り”が支配していた。


それでも乱れた灰色の下に隠れた顔の造作は、本来の美しさを隠しきれておらず、

今は濁った琥珀色の両目も、もっと綺麗で澄んでいたのだろうと想像がつく。


額に細い角が2本と神秘的な鱗──竜人


竜人はこの世界の中では最強の一角。

力だけで比べると鬼人よりも上。

天翼族と同じく空を飛べる。

魔女と戦わせても引けを取らない魔力を持ち、

吸血族のような再生能力にもたけている。


そしてその上位種族に対して人間は、番の呪縛と言う禁術を長い年月をかけ発明し、

竜人を操り同族殺しをさせ戦争の道具として扱う事に数度だけ成功した。


この禁術の最大の特徴は、呪縛が完全に完成した後は、

寿命以外で死ぬことがほとんどない竜人が、

偽の番が死ぬと、後を追うように死ぬという点である。

その際に、道連れだと言わんばかりに周りを巻き込んで狂い死ぬ自爆死を引き起こす。


かつて、両者の間に交流があったことなど、今や幻にすぎない。

竜人の統治する皇国は、禁術を捨てぬ人族を「穢れを運ぶ低級民族」と位置づけ、激しく嫌悪した。

そして国交を断絶するに留まらず、人族の存在そのものを、徹底的に『無視』し続けている。

他種族がいくら架け橋になろうとも、竜人が応じることはなかった。


長い歴史の中で、人族はあくなき強欲から幾度となく皇国の領土へ侵攻した。

だが、そのすべてが竜人の圧倒的な蹂躙によって灰塵と化した。

人族にとっては総力戦でも、皇国にとってはただの「駆除」に過ぎない。


その皇国にとって【つがいの呪縛】だけは、

今なお国を揺るがす唯一の脅威であり、呪いだった。

皇国の奥深い清浄な地には、

不完全な呪縛に侵され精神を保てなくなった竜人が、

数名、強制的に眠らされている。


竜人たちは「番認識」を人工的に発動させる禁術を人族から排除するため

その術式に通じる書も記録も、見つけ次第叩き潰し、封滅して回った。

ミラヴォスの焚香や血契の鱗粉の作成方法。

心紋の欠片や、竜人の力を弱体化させる竜胆蜜酒りゅうたんみつしゅの作成・販売禁止。

そのほかにも、竜人が特定の相手を「運命の伴侶」と誤認させるあらゆる手段を

人族から徹底的に奪い、消し去ってきた。



今、闘技場に出された竜人はミラヴォスの薬で嗅覚は狂い、

水の代わりに竜胆蜜酒りゅうたんみつしゅを飲まされ、

呪具鎖4本により焼かれるような痛みと痺れが容赦なく身体を蝕んでいる。


混濁する意識の中、兄の顔、そして禁術に囚われた仲間の解術方法を探し続けた日々がよぎる。

騙された悔しさ……

人ごときに遅れをとった甘さ。兄に「人と関わるな」と言われ笑ってた自分。

そのすべてが情けなく、胸を刺す。

それらが遠ざかっては痛みに引き戻される、その狭間で


「番の呪縛は竜人には抗えない」

頬に傷のある男――ドラガンの言葉が、鮮明に甦る。


「だからこそ我々人間が禁術の【無効】など作るはずがない」

「残念だったなラオス君、いや――竜人よ。解除方法などない」

その声だけは、いつもはっきりと再生される。


ドラガンは禁術の発動を、ラオスは解術方法を。

出会うはずのない2人が出会った理由は、その“目的”が正反対だったからだ。


フードの2人が横笛に息を吹き込む。

残る3人は詠唱を紡ぎ始めた。

声は確かに響いているのに、言葉の意味だけが霧のように掴めず、

笛の音も、まるで別の世界で鳴っているかのように届かない。


ルーナの鎖骨あたりが急に熱くなり、ビクッと体が固まる。

じりじりとした熱が、どんどん暑くなる。

鎖骨に手を当てようとしたとき、看守がルーナの首元に手を伸ばしてきた。


「う、動くな」


親指大の琥珀色の魔石片を、力任せに鎖骨の骨へ押し当てられた。


火詠唱により3台同時に篝火台に火が入り、

血契の鱗粉の深紅の煙が、円形闘技場にゆっくりと流れ始めた。

さらに甘ったるく、重い香りが混じっていた。

ミラヴォス蜜露――ミラヴォスの実が満開期にだけ滴らせる濃厚な蜜。

血契鱗粉に混ぜれば、竜人の嗅覚判断をさらに鈍らせる禁香となり強い中毒性を持つ。


ルーナは動かない。

鎖骨の奥が、熱を帯びていく。


ずっと何かに抵抗していた素振りの竜人ラオスが

ふっと力を抜き、諦めたように顔を上げた。


ゆっくりと――

中央にいる、ルーナを見た。


静寂の中――

パキ、と乾いた音だけが異様に響く。


濁った琥珀が金へと変わり、瞳孔が縦に裂けた。

黒い鱗が赤く輝き、首筋から前腕へと、赤熱した炭のような光が走る。

体温が急上昇する。廊下で感じた熱量とは比べものにならない。

空気そのものが、別の生き物のものへと変質した。


番の呪縛の発動


ラオスの本能が――番と逢えた喜びに震えた。

痛みも、重さも、思考も吹き飛ぶ。

ただ激しく、ただ強く、渇望する。

番の傍に行きたい。

わかってる確認などいらない。

早く、早く、早く、番の傍に


「離れろおおおおおおおおおおお」


低く、しかし闘技場全体に響く美しい声。

ラオスの声だった。


番のそばに行けない鎖が邪魔。

番のそばに行かないと

番のそばにいる人間が邪魔

番のそばに行かないと

番との逢瀬を邪魔するもの全てが


許 せ な い 


ガキンと、金属が衝突する音と、ブッチリと鎖が裂けた音が、ほぼ同時に響いた。


ラオスが、引き抜いたのは房にいるときほどの固定縛紋が無いにしろ、

単独でも固定機能を持つ強度の高い鎖だった。


その鎖は、大きく弧を描き、更に鎖を抑えていた看守6人の体を一斉に宙へと跳ね上げた。

その衝撃で細い血の筋が飛び、空中で赤い弧を描く。

鎖の勢いに振り回されるまま地面へ叩き落とされた者が2人

落下の軌道の途中でラオスの掌底を胸に受け、

息を吐く代わりに赤い血を吐き結界の壁へ同時に叩きつけられたのが3人

そして、床へと真っ直ぐ叩き落とされ呆気ないほど原型が無くなったのが1人


あまりにも呆気ない。


ミラヴォスで朦朧としていながらも、ラオスの声が結界内にはっきりと響き渡っている


首の鎖が軋む。

腰の鎖が張る。

残りの二本がまだラオスを繋いでいる。

だが看守は全員泡を吹いて倒れていた。

ギシギシと今にも抜けそうな音が響く


番がいる。

守る。

私の番。

早く行かなきゃ。


ギッ……ギィィィィ……!

ラオスが一歩前に足を踏みこもうとすると腰の鎖が悲鳴を上げた。


ルーナの横の看守がぶるぶると震え

「ヒッイイイ……ほん、ほん……ホンモノ……ホンモノ……」

弱々しい声と続いて吐瀉物の音が聞こえた。


少し顔を向けると

四つん這になり、吐きながら這うという器用な事をしながら逃げる看守の姿が見えた。

結界に阻まれ、

「ひっ……ひぃ……ッ!

あ、あけ……ろ……ッ!!

あ”あ”あ”あ”あ”あ”ッ!!

○※□ッ……!◇#△ッ……!!

だ、だせェェェェェェェ!!」

と言葉にならない叫びを上げて半狂乱になっている。


傍には吐瀉物と一緒に先ほどまでルーナの鎖骨へ押しつけられていた

琥珀色の魔石片が転がっていた。


「邪魔だぁああああ」


貴族席が沸き立つ中、黒いローブの者達が動いた。

今度は3人同時に、音の出ない横笛に息を吹き残りの2人がフードの下で口を動かす。


ラオスの足が止まった。

呪詛付きの新しい鎖が4本飛び両腕両足に絡まる。

追加のミラヴォスがラオスの首に刺さり、竜胆蜜酒が頭の上からかけられた。

3台の篝火台からの煙は、風魔法でラオスの周りに強く吹き、清浄化され匂いがなくなった。同時に結界内の空気も爽やかに感じる。

赤熱していた鱗の光が、じわっと弱まり熱が下がっていく。


「ぐぅ……ぅぅぅぅっっつつ」


ラオスが片膝をついた。

そして静かに、重く、両膝が床についた。

体の力が抜けていくのが分かった。

それでも瞳は、ルーナから離れなかった。


金色の縦に裂けた瞳が今は、ルーナだけを見ていたが、

やがてその金はゆっくりと濁り、琥珀色へと戻り、視線はふっと外れた。


しばらくしてから奥から別の看守達が走ってきて

倒れ伏す看守たちを避けながら、ラオスの鎖を引きずるように掴み、

そのまま奥へと消えていった。


ルーナのところにも看守たちが駆けよってきたが、

その直前に、闘技場から大きな拍手や歓声が起きた。

何人かは立ち上がって手を叩いている。


ルーナは、その場で一歩も動かずラオスだけを見ている。

奥へと引きずられていく竜人の背中を、視線だけが追い続けていた。


看守に乱暴に腕をつかまれて、

ルーナは闘技場から引きずり出された。


後ろでは、闘技場の歓声が途切れず続いていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ