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3-2 予定調和

荒れ果てた執務室の片隅、

王太子は壁にもたれかかり、

泥のように座り込んでいた。


不意に、扉を叩く乾いた音が響く。


「……入れ」


掠れた声で命じたが、返答はない。


ただ、またしても同じ間隔で、律儀なノック音が響いた。

その規則正しい音が、王太子の神経を逆なでし


「入れと言っているだろうが!!!」


怒声を上げ、ふらつく足取りでノロノロと立ち上がる。


しかし、扉の向こうの主は一向に入ってこない。

それどころか、淡々とした声が追撃のように響いた。


「王太子殿下、入室許可を頂きたく存じます」


「……はは、なるほどな」


王太子はそばにあったスタンドを掴むと、

ありったけの怒りを込めて壁へと叩きつけた。

ガシャン、と派手な破壊音が鳴るはずが、静寂。


壁から淡い光の紋様が浮かび上がる。


……防音術。


自分がここでどれほど暴れようと、

外には何一つ漏らさないという、真綿の檻。

自分が癇癪を起こすことすら、姉の想定内。


その直後、まるで待ち構えていたかのように扉が開かれた。


「殿下! お返事がありませんので、

緊急として入らせていただきます!」


駆け込んできた護衛たちは、

荒れ放題の室内を目の当たりにして絶句した。


散乱した書類、横倒しになった家具。

床に転がってる、王太子印


「殿下! お怪我はございませんか!

臨時の警戒態勢を――」


護衛たちが慌ただしく動き出そうとするが、

王太子は冷めた瞳で彼らを制した。


「よい……なんでもない」


王太子はふらりとソファに腰を下ろすと、

背もたれに深く頭を預けた。

誰に何を言っても理解されない。

言ったところで、私を憐れむ目が増えるだけ。


「ハハハ、そうだったな。いつも姉上は正しいのだ……」


「王太子殿下……?」


その一方で、皇帝の執務室。


皇帝は、側近の言葉を遮ることなく聞きながら、書類にサインをしていた。


「次に、フォルデン王国より、先の国王崩御と

それに伴う新王の即位について正式な使者が到着しております。

死因は急性の心筋梗塞とのことです」


報告を終えた側近が静かに頭を垂れる。

皇帝は手に持っていた書類から視線を上げ、

ふうと短く息を吐いた。


「……そうか。心筋梗塞か。あの男もまだ若かったはずだが、

何が起こるか分からんものだの。

健康には日頃から気をつけねばならん」


皇帝はそう呟くと、表情一つ変えずに机の端に置かれた書類の山を整えた。

感情的な動揺は見られない。

隣国の王の死は、帝国にとって「予定調和の事務連絡」の域を出ないからだ。


「それで、新王の着任式はいつだ?」


「はっ。来月の15日に執り行われる予定です」


「15日か。……であれば、例によって祝辞の使者を派遣しておく必要があるな。

外務省へその旨を伝えておけ。

過不足のない、無難な贈り物を選定させるように」


「承知いたしました」


「下がって良い。新王の動向に大きな変化があれば、その時また報告しろ。

今は国内の灌漑工事の進捗の方が優先事項だ」


「かしこまりました」


「さて、外交案件は以上だな。では次、国内の報告を」


「陛下、少しお耳に入れておきたいことが」

側近の一人が小さく声をだした。


「何か問題が起こったか?」


「はい。アリアドネ様が王太子の執務室へ行かれ、

現在、執務室は使い物にならないくらいに、荒れております」


「アリアドネは?」


「王太子妃と談笑中でございます」


「わかった。あやつの愛する婿殿に手をだしたのだ。

まったく、馬鹿な息子よ。

息子からしたら小型の台風かと思ったら

ハリケーンでボロボロにされた感じじゃろ。

そのままほっとけ。兄弟喧嘩など馬鹿らしい」


皇帝は再び手元の書類へと視線を戻し、ペンを走らせ始めた。

フォルデン王国の王の入れ替わりも、兄弟喧嘩も

帝国の地図を塗り替えるような大事件には発展しない。

そう、発展などするはずが無かったのだ一一


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