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2-19 世界穿孔(ワールド・ピアス)

巨大な門を前に、バルトは止まったが、

このままでは何も変わらないことくらい、分かっている。


「自制、思考加速」


その後、「結界」と短く術を紡ぎ、門へ淡い光を走らせる。

結界は門に触れた瞬間、霧のように消えた。


「……」


バルトは、次に強度を上げた結界を

1枚。2枚。3枚。立て続けに門に向かわせる

だが、重ねても意味は無く、霧散する。


何事もなかったかのように、全て消え去る。


「……悪い冗談であってほしいものですな

仕方ない……聖域帰還」


竜人の守護領域が展開される。

竜力が満ち、空間そのものが変わる。


変わるはずが

その縁が門に触れた瞬間、同じように静かに消えた。


「……」


それを見ていた魔女が前へ出た。


地獄の門


それは死者が通るための門。

魂を送り、時には地獄側が契約違反者を迎えに来るためのもの。


生者が触れるものではない。

ましてや、

自分の家に現れるものでは断じてない!!


数千年生きてきた中で

地獄の門の存在は知っているが、幻か。

誰かの悪趣味な幻術か。


……そうであってほしい!そうあるべき!!


己の魔力の七割を解放するべく、

魔女は小さく深呼吸。


膨大な魔力が杖の先端へと収束していく。

広げるのではない。

ただ一点、巨大な門を穿つためだけに、

全てを研ぎ澄ます。


「偽物であれ!!!

世界穿孔ワールド・ピアス》」


圧縮された魔力の奔流が、巨大な門の一点へ撃ち込まれた。


魔女の家全体が大きく震える。


そして――


巨大な門は、傷一つなく静かに佇んでいた。


「魔女殿!やはりあれは本物か!?」


「だろうね」


魔女は門を見つめたまま、乾いた笑みを浮かべる。


「私の《世界穿孔》で傷ひとつ付かない物なんて……

やんなるねぇ……私、弱くないはずなのに……」


「しかし、何故、地獄の門なんぞがここに……

同じく結界も……通じませんでしたわ」


「バルトさん、どれだけ力残ってる?」


「ワシはまだ六割ほど残っております」


「さすがだねぇ、なら、まだ逃げ道はあるのかな?」


バルトは苦笑いを浮かべ


「地獄の門が、我々を逃がしてくれますかの?」


「……魔女の運まで総動員すれば、多分……」


しかし二人とも、同じ違和感を抱いていた。

地獄の門が、あまりにも静かすぎる。


「精通してる程、私も詳しくはないけど…

アレ私たちを迎えに来たわけじゃないよね?」


「多分……あのおなごでしょうな……

人族ですし契約違反でもしたのですかのーハハハ」


「その笑いたくなる気持ち良くわかるよ」


二人は巨大な門を見上げ続ける。


疑問は色々尽きないが、

門は存在感を出してるだけである。


しばらくして、魔女がぽつりと呟いた。


「ねぇ気付いた?」


「ええ。ワシも地獄の門の仕様など詳しくは知りませんが、

あの門、開きはしないと思いますぞ」


「だよねー」


魔女とバルトは目を合わせ


「「肝心の門番がいない!」」


声が重なった。

二人は苦く笑う。


「魔女殿、恥ずかしい話、ワシはもういっぱいいっぱいなんですわ。

なんですか今日は。

ワシの600年の人生の価値観が崩壊し続けておりますぞ。

実は地獄の門番が今から出て来て、ワシが死んでると言われても、信じてしまうほど」


魔女は乾いた笑みを漏らした。


「安心してバルトさん。

私は、数千年で初めての日だから。

まさか最後の驚きが地獄の門とは」


そして改めて、二人は目を合わせる。


「最後よね?……」


「これ以上は、さすがに泣きますわい」


乾いた冗談を交わしながら、

二人は現実逃避するように、ルーナたちへと視線を向けた。


その頃、ラオスとルーナは


「番!」


ラオスの声に反応してルーナはラオスへ振り返る。

目にはたっぷりの涙が浮かび、今にも零れ落ちそうだった。


門まではあと数歩で触れそうな距離。


「ご、ごめんなさい。私がいるとラオスさんが死んじゃう」


「番、私は大丈夫だから、心配しないで」


「お父さんもお母さんも最初は大丈夫って言いました!!!」


「番、泣かないで。そしてその門は触らない方がいい。

本当に私は大丈夫なんだよ」


ブンブン。


「ダメなんです! 私といたら、みんな殴られて……

喧嘩になって……

最後は、みんな私を見るんです。

『お前のせいだ』って……!!」


「番、聞いて」

ゆっくりとラオスは近寄る。


「たくさん言われました!!」

ブンブンと首を振りながらじりじりと下がるルーナ


「番、私は丈夫なんだよ」


ラオスはゆっくり近づく。


「ダメなんです!!本当なんです!」


その言葉と同時にラオスはゆっくりとルーナの手を取り、自分の頬へそっと触れさせた。


「番、私は温かいでしょ?」


ルーナは小さく頷きながらもボロボロ涙を流し


「だから、ダメなんです!!

今、温かくても……

みんな、いなくなっちゃうんです!!!!」


ラオスから逃げようとするが、ラオスは離さない。


「番。聞いて。私は寿命以外で死ぬ事がほとんどないんだ」


「!?」


「番は知らない?私たち竜人は寿命以外で死なないんだよ…」


「違います!優しい人は簡単に死んじゃうんです」

ラオスは困ったように微笑み、少しだけ考え込む。


「うーん…………思いつかないんだよね」


「?」


「寿命以外で、どうやったら死ぬんだろ?」


真剣だった。

慰めではない。

ラオスは、本気で分からないのだ。


「えっ?何を言って……

でもでもでも痛いですよね!!さっきもドンって口から血が!」


「確かに、痛いのは痛いけど、

別に内臓に火箸を入れられたわけじゃないから」


「火箸って……火箸?あの、熱して皮膚に押し付ける道具ですよね?」


「そうそう。火箸でも焼き鏝でも、あれくらい内臓に入れられても死なないでしょ?」


ラオスは何の疑問もなく、続ける。


「私のご先祖さま、人族を丸呑みにしたら身体の中から火炎術打たれて、『痛かった』と言ってたよ」


「……」


ルーナの動きが止まる。


火箸は知ってる。焼き鏝も知っている。

苦痛を与えるために使われ、傷を残すために使われる。

どの奴隷達も泣いて嫌がってた。


でも、


身体の中から焼くなど、聞いたことがなかった。

(……あそこの3階でも内蔵は……)


「……それは……痛いと思います」


他に言葉が思いつかなかったのだ。


その瞬間


ゴゴゴゴゴ……


空気を震わせていた禍々しい圧力が、不意に薄れる。

先ほどまで世界を圧迫していた巨大な黒い門。


地獄の門。


それが、まるで役目を終えたかのように、静かに輪郭を薄めていく。


「……消える?」


魔女が目を細める。


門は音もなく崩れ、黒い粒子となって空へ溶ける。

次に足裏へ伝わった感触は、見慣れた木の床だった。


「……帰ってきた?」


いつの間にか、一同は魔女の家へ戻っていた。

室内には、静かな空気だけが流れている。

しばらく誰も口を開かない。

最初に大きく息を吐いたのは魔女だった。


「……はぁぁぁぁぁ」


その場へ、どさりと座り込む。


「疲れた……」


数千年を生きる魔女らしからぬ、心の底からの疲労だった。

その横では、バルトも膝へ肘をつき、虚ろな目で床を見つめている。


「……600年、生きてきたが……今日ほど……」


竜族最強格として積み上げてきた六百年。

若は相変わらず番しか見えていない。

そして、ゼンもまだ戻らない。


たった1日で、常識は何度も打ち砕かれた。


「……夢なら覚めてほしいですわ」


「安心して、バルトさん」


魔女は天井を見上げたまま答える。


「私も数千年生きてきて、今日が一番だから」


二人はしばらく黙った。

やがて、お互い顔を見合わせる。


「「なんて日だ!!」」


見事に声が重なった。


ルーナは不思議そうな顔でキョロキョロと周りを見てる。


ラオスはそんな番を見つめながら、ほっとしたように微笑んだ。

今日1日ラオスにも色々なことが起こりすぎた。


けれど、それでも、番が泣いてない。

それだけで、彼にとっては十分だった。


― 第2章[完]―


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