2-17 毒茶とおにぎり
ゼンが図書館へ元気よく出て行き、扉が閉まった一方で、残されたラオスや魔女達は、
「…あの馬鹿もんが、いつも落ち着いて行動しろと言うておろうに」
「…じぃ、軽々しく大丈夫だなんて言えないが、
聞いてる限りだとゼンにとっては、
あそこは本当に普通の図書館なんだと思うよ」
「若…そうですね。そこがゼンの強みですからな。
あの馬鹿正直な真っ直ぐさは誰に似たのやら」
言いながらも、目線はずっと扉のまま。
普段なら、まだまだゼンの無鉄砲さを叱る言葉が出るのに
その言葉は、扉の向こうへは届かない。
「若、魔女殿、すみませぬが、少し休ませていただいてもいいじゃろか?」
「あぁ、もちろんだよ。バルト、私の方こそ気の利いた事言えなくて申し訳ない」
首を緩く振りながら、バルトはゆっくりと歩き、
先ほどまでルーナたちがいた場所に腰を下ろす。
「バルトさんには、今はなにを言っても無駄よ」
「そうですね。実際、ゼンの強運も凄いんですよ。
すぐ解呪本探し当てて、帰ってきますよ」
「そうね。伝説だとか言われてるけど、
あそこは図書館だからね。別に呪いの本…………」
「魔女殿?やめてくださいね?そこで言葉を止めるのは」
「ごめん。呪術系なんて腐るほどあるから…思わず………」
気まずい雰囲気を破ったのは、
ルーナのとても小さい声。
「ぁ……の…」
すかさず反応するラオス
「どうしたんだい?番」
「あ、あの、聞いてもいいですか?」
「うん。何が知りたいの?」
「あれっておにぎりですよね?」
ルーナの問いに、ラオスは一瞬だけ目を瞬かせた。
「……うん?そうだよ。どうしてそんなことを?」
ルーナは言葉を探すように視線を泳がせた。
「その……さっき、すごい音がして……
おにぎりって、あんな、石みたいな音しませんよね……?」
ラオスは「あぁ」と小さく息を漏らした。
バルトは扉の方を見たまま、眉間に深い皺を寄せている。
魔女は肩を揺らしながら、くすりと笑った。
「確かに、ルーナちゃん、驚いたでしょうねぇ」
「番、あれは……竜米でできてるんだ」
「りゅ、竜米……?」
「そう。人族領の米とは全然違うんだ。
竜人が好んで食べる米でね、竜力と相性がいい主食なんだよ。
食べれば力になるし、腹持ちもいい。
ただ……硬さだけは問題かな。竜力で補助しないと、とてもじゃないけど普通には食べられない。
番のイメージだと……生の玄米より、もっと硬いと思う」
「そうよールーナちゃん、だから壁にぶつかると、あんな音がするのよ。
おにぎりの音じゃないわよねぇ、あれ」
魔女は楽しそうに笑いながら、ルーナの顔を覗き込む。
「食べてみる?」
「ま、魔女殿!?番には無理です!やめてください!」
ラオスは慌てて止めるが、
魔女はその手を軽くかわし、
ルーナの瞳をじっと観察するように見つめた。
「……いけると思うんだけどねぇ」
「魔女殿っ……!」
ラオスがさらに身を乗り出す。
ルーナはその二人の間で小さく息を吸った。
「……あの、わ、わたし……少しだけ……食べてみたいです」
「番……?どうして……」
ルーナは自分の胸に手を当て、
戸惑いながらも正直に言葉を探した。
「なんか……お腹が……すいてて……
そのいい匂いがして……食べたく……」
(違う……これ、私じゃない……
でも、美味しそうって思っちゃうの、なんでだろ?
自分から食べ物に興味を持つなんて……)
無自覚な“何か”が、
ルーナの本能をくすぐっていた。
ラオスは一瞬迷ったが、すぐに柔らかく微笑み
「うん、わかった。ちょっと待ってね。
じぃ、おにぎりを1個貰ってもいいだろうか?」
バルトは、扉を見たまま、
「……人族が食べれるわけなかろうに。好きにしなされ。ワシは腹は減っておらんで」
「じぃ、ありがとう。では、貰うね。半分にして……と、
でも本当に硬いからね。無理はダメだよ」
ラオスは竜米のおにぎりを、ルーナの手のひらへそっと乗せた。
「一口で硬さが分かると思うから、
大丈夫、残りは僕が食べるから」
(番と間接……っ。いや、落ち着け!もったいないから食べるんだ私は)
ラオスはわずかに耳まで赤くなりながら、優しく促した。
ルーナはこくりと頷き、おにぎりへ口を近づけ、1口
ガキンッ!!
「……っう!」
おにぎりとは思えない音が、
ルーナの歯と竜米の間で弾けた。
魔女は「ふ~ん」と興味深そうに目を細める。
(無理?でも、この子あの時、確かに鬼人の角が……
鬼米も竜米もほとんど変わらないし。
見間違えじゃないなら食べれるはず)
ラオスはすぐにルーナの肩へ手を添えた。
「番、大丈夫?今ので硬いの分かったよね。
もう無理しなくていいよ。残りは私が食べるよ」
しかし、ルーナの指先から、歯からわずかに“力”が滲んだ。
無意識。
無自覚。
本人もラオスも気づいていない。
魔女だけが静かに確信した。
ルーナの指先から滲んだ“力”は、
竜米に影響を与え、わずかに柔らかくなる。
ルーナはそっともう一度かじった。
ガリッ。
「……っ」
それでも、何故かやめると言う選択は無く、
ガリジャリ、もぎゅ、ガリ、もぐ……ごっくん。
おにぎりとは思えない、硬さと重さの混ざった音。
それでもルーナは止まらなかった。
ガリッガリ、もぎゅ……もぐもぐ、ごっくん。
最後のひとかけらになる頃には、
普通のおにぎりと変わらない様子で食べ進め――
ぱぁっと花が咲くように笑った。
「おいしいです!」
ラオスはその笑顔に完全に撃ち抜かれた。
(番が笑った、いやどうして食べれた?……
いや、そんなことより……番が僕と同じご飯を食べれてる!)
疑問は浮かんだ。
けれど、今のラオスはお花畑だった。
感動がすべてを押し流していく。
バルトは驚愕の色を濃くし、警戒心を上げた。
魔女はルーナの様子を、肩を揺らしながら小さく笑った。
「やっぱりね♪」
そして、何のためらいもなく
ルーナへ小さな木のカップを差し出した。
「これ、飲んでみなよ」
「ありがとうございます」
ルーナは両手で受け取り、
こく、こく、こく、と3口飲む。
「お茶ですか?」
だがお茶の匂いが遅れてラオスに届くと、
ラオスの笑顔がぴたりと止まった。
「魔女殿……それは……」
魔女は楽しそうに目を細めた。
「ブラックウルフが好んで食べる、あの子達からしたら薬草よ。
だけど、ブラックウルフ以外にはねぇ……人族なら倒れるし、
竜人族でもお腹を壊すわ」
ルーナはきょとんとしたまま、
カップを胸の前で大事そうに抱えていた。
「……お、美味しかったです……」
(なんでかな、ここで食べたり飲んだりするのは苦痛じゃない
……美味しいって思ったらダメだよね?
わたし……悪い子になってるのかな)
ラオスは言葉を失い、
魔女だけが、
“観察者の目”で静かに微笑んでいた。
魔女は、ルーナの持つ木のカップを見た。
「美味しいんだそのお茶……苦いとか、不味いとか、気持ち悪いとかないの?」
ラオスは、魔女の言葉を聞き、
ルーナへ回復と解毒をかけようとしたが、
それより早く魔女が指先で遮断をかけ術式は弾かれた。
ガタッ!!
「魔女殿!貴方は、やっていい事と悪い事の区別もつかないお方なのか!」
バルトは身構えながら、違和感の原因を探っていた。妖艶の魔女が、単にサディスティックであったりサイコパスであったりするわけではないことを、彼は知っているからだ。
番を害する物!ラオスの瞳が黒金の色に変わり始める。
「番を傷つける物は……妖艶の魔女と言えど許しは……」
「ラオスさん」
ルーナの声と自分の手に少し触れた指の感触が、ラオスを我に返した。
今は魔女なんてどうでもいい!
「番よ……具合は?大丈夫かい?」
泣きそうな顔で覗き込むラオスに、魔女が肩をすくめた。
「いきなり試した私も悪いけど、落ち着いて見てご覧よ。
その子、症状出てないし……たぶん出ないよ。
普通のお茶として飲んでるよ」
魔女は空になったカップを指でくるりと回し、
「ほらね……ほんとに普通に飲んでるじゃない」
ラオスは、問題はそこではない、と怒りを堪えた。
それでも胸の奥では激しい感情が渦巻くが、
ルーナの小さな温もりを感じ理性を取り戻す。
「番……具合は……本当に……」
ルーナは、飲めと言われたら飲まないとダメだと思ったが
「飲んではダメでしたか?」
ラオスの胸がきゅっと縮む。
「……魔女殿何故こんな事を」
「殿下が思ってるより、その子は丈夫だよ」
「番は……人族だ。人族はとても弱いのです」
「人族“だけ”ならね」
ルーナは、またわからなくなった。
数年ぶりにご飯を食べたいと思った硬いおにぎりは、
最後は普通のおにぎりで美味しかったのに
「……わたし、どこが違うのですか?」
「そうだねーまぁその答えはもう少し先だね。
ゼンちゃんも帰ってこないしね」
ルーナは、魔女の観察するような目を盗み見ながら、別の恐怖に囚われていた。
ラオスさんは、すぐ死んじゃう。
私に優しい人は、みんなそうだった。
『大丈夫、大丈夫』
そう言いながら、壊れていく。
だから……離れないと。
この人達から、お母さんを早く――
違う。
お母さんは……あの男が持っている。
……なんで?
なんで今、そんなことを思ったの?
取り戻す?
お母さん
何を?
革袋
頭の奥に浮かんだ。
ドラガン。
「……なんで……」
私、どうして知ってるの?
ドラガンの場所を。




