2-13 お帰り
「なんで図書館で本借りるだけで死にそうな顔になるん?」
だが、ゼンは言った瞬間、自分の言葉にハッとし、
慌ててテーブルへ駆け寄る。
レグランを出るときに作ってもらったおにぎりを掴み、
「師範、師範大丈夫か?こればぁちゃんが作って――」
だが言い終わる前に
バシィッ!!
「この馬鹿者がぁぁぁぁぁっ!!」
勢いよく振り払われたおにぎりが宙を舞う。
ゴンッ!
ガンッ!
ドンッ!
重い音が部屋中へ響いた。
「なぜじゃ!!なぜ真名を書いたぁぁぁ!!」
バルトはゼンの胸ぐらを掴み、激しく揺さぶる。
「この大うつけ者が!!」
「じいちゃん!何すんだよ!!」
ゼンも負けじと言い返した。
「ばあちゃんが握ってくれたやつなんだぞ!」
「この!!!大馬鹿者!!!馬鹿者!!」
バルトの怒声が震え始める。
「馬……鹿者が……」
掴んでいた手から力が抜けていき
「わしは……どうしたらいいんじゃ……」
肩が小刻みに震え
「息子に……顔向けできん。ゼン……なぜじゃ……」
そのまま膝をつき、力なく崩れ落ちた。
その姿を見たラオスの顔から血の気が引く。
「ゼン……まさか、お前……真名を……」
「ん?」
だが当の本人だけは、
床へ転がったおにぎりを拾い上げ、丁寧に払いながら
「ったく……ちゃんと包んであるからよかったけどさ」
ふぅぅっと息を吹きかけ
「じいちゃん、食べ物粗末にしたら、ばあちゃんに怒られんだぞ」
しかし、バルトの憔悴した様子をみて、首をかしげながら
「なぁ、じいちゃん?名前なんて役所で書くの普通だろ?」
「……役…所……?お主何を、言って……?」
バルトがゆっくり顔を上げる。
「うん。図書館って役所の管轄だろ?
じいちゃんや学校だって、役所でも名前は書いたらダメなんて言ってねーじゃん」
静寂が落ちた――が、その静寂を破ったのは魔女
「……ぶっ」
「や……や、ブフ、役所……っだ、だめ……
あははははははっ!!」
とうとう耐え切れず、お腹を抱えて笑い転げる。
「や、や、役所……!あの図書館を
あの偏屈男が聞いたら……!
あはははははっ!!」
魔女は机をたたきながら
笑い声だけが部屋いっぱいに響く。
ルーナは目をぱちぱちと瞬かせた。
さっきまで部屋中に響いていた怒鳴り声。
地下で毎日のように聞いた恐怖が胸をよぎる。
次の瞬間には、おにぎりとは思えない音。
おにぎりからどうして石のような音が?
そして魔女は涙を流して笑っている。
ラオスは真っ青。
ゼンだけが何事もなかったようにおにぎりを大切そうに抱えていた。
あまりにも目の前の出来事が目まぐるしく変わり、
何が起きているのか分からない。
まるで感情のジェットコースターだった。
しばらくして笑いがようやく収まる。
それでも魔女はゼンを見るたび、
「……っ、ぶふっ」
と、笑いが漏れてしまう。
「ゼンちゃん……いろいろ反則だわ♪
バルトさん安心して、何も問題な、い……ブフ。ごめんさい」
「魔女殿……しかし……」
「本当に大丈夫よ。私の名にかけてね」
バルトは苦しそうな表情のまま少し俯いた。
「魔女殿がそこまで仰るのであれば……」
納得はしていないが、魔女が名をかけた。
今はもうそれだけで最悪は回避された。
「まぁ、バルトさんが心配する気持ちも分かるけど
ゼンちゃん、その本なんの本か知ってるの?」
「これ?」
「そう」
「知らね」
「……え?」
「知らないで借りたの?」
「うん」
「読みたかったわけじゃなく?」
「じっちゃ……いや、師範が具合悪そうだったから
帰ろうって思ったんだけど、みんな伝説伝説言うから」
何故かだんだんと声が小さくなっていく
「本って借りたら返さなきゃだろ?
だったら返却の時に図書館に行けるかなって、
俺なりに考えたんだよ、なのに急に怒られるし」
魔女はしばらく言葉を失った。
「……すごいわ
その発想、本当に久しぶり」
ゼンは首を傾げる。
「ルーナちゃんといい、ゼンちゃんといい……びっくり箱ね。」
ゼンはおもむろに本をラオスへ差し出し
「ラオス、これ何て書いてあるんだ?」
「……鬼人語か、さすがに挨拶程度しか分からない」
「へぇ~、これ鬼人語なんだ。やっぱ殿下様ってすごいな」
ゼンは何処まで行ってもゼン。
魔女は表紙を見た瞬間、また肩を震わせた。
「だ、だめ……また笑っちゃう……」
目を逸らし耐える魔女に、ゼンが
「タイトル教えてよ。そんなに面白い本なのか?」
「ブフ、その本のタイトルは、」
『鬼人族の毎日困らないおかず百選』
「あはははははははっ」
魔女の笑い声は止まらない。




