2-10 扉があったら、開けてね。
ラオス達は魔女の家へ戻ると、
ソファにぽすんと座るルーナがいた。
湯上がりで頬をほんのり赤く染めながら、
ぼんやりとグラスを握っていた。
こくりと麦茶をひと口飲み、小さく息を吐く。
「番!何をされた!」
ラオスは慌てて駆け寄る。
「何もされてないわよ~人族のお風呂に入っただけ」
魔女は肩をすくめながら、なんてことないように言う。
「……風呂?私も人族のお風呂くらい、知っているしそこまで――」
「そう? じゃあ泡風呂、ジェットバス、ミストサウナに、
お風呂でキンキンに冷えた飲み物を飲みながら動く絵を見るのも知っている?」
「…………」
「知らないでしょ?」
「そ、それは……泡風呂ぐらい」
「ラオスさん、お風呂……しゅごいの」
ルーナに名を呼ばれ頬を緩めるラオスは、
人族用のお風呂は必須だと心に刻み込んだ。
「さぁて、あそこの2人は放っておいて
バルトさん、聞きたいことがあるんでしょ?」
「魔女殿、お願いがございます。
万象の図書館へ連れて――いいえ、行き方を教えてくだされ。
いや、ヒントだけでも構いませぬ。
必ず探し出します。対価もお支払いいたします」
「だよねっ、そうなるよね~」
「魔女さん、やっぱり難しいんすか?」
「う~ん……」
魔女は唸りながら、ルーナ達へちらりと視線を向ける。
「まず、ルーナちゃんは行けないね。理由は単純。
今は必要としていないから。
奴隷から解放されたばかりでしょ?
これからの生活を考えなきゃいけない時に、
図書館どころじゃないわ。本を読む発想すら今は思い浮かばないわよ」
「次にラオス殿下。
今の殿下は、ルーナちゃんで頭がいっぱい。
だから無理ね。
文字を追うより、ルーナちゃんの顔を見ていたい。
そんな時に図書館は現れないわ」
ラオスは一瞬、魔女と目が合い、曖昧に微笑んだ。
否定はできなかった。
確かに図書館は探したい。
だが今、一番見ていたいのは、
本ではなくルーナだった。
そしてバルトとゼンを見た。
バルトは固く拳を握りしめ、何かに耐えていた。
「はぁ……もう、関わっちゃったから仕方ないか」
そう言って、軽く笑った。
「いいわ。道だけ教えてあげる」
「え? 魔女さん、いいんすか?」
「魔女殿、対価は何を――」
「いらない、いらない」
魔女はひらひらと手を振る。
「道を教えるだけだもん。
『向こうですよ』って教えるだけなのに、
対価なんて取らないわよ。あはは」
「えっ? じゃあガチで行き方教えてくれるの?」
「もちろん。ただし、教えたからと言って
図書館に着くとは限らないけどね。
私が教えても、着かない人は着かないわ」
「……魔女殿、感謝いたす」
「魔女さん、ありがとう!」
「ふふ、じゃ~あそこの扉を」
魔女が指差した先には、一枚の扉があった。
「進めば分かるわ」
そう言われても、バルトは扉を見つめたまま動かない。
(扉が現われた?やはり魔女を通じないと行けないのか?)
「師範? どうしたんだ? 行こうぜ」
「……馬鹿者」
バルトは小さく首を振る。
「対価を決めねばならん」
「でも魔女さん、いらないって言ってたじゃん」
「そういうわけにはいかんのだ」
「でも魔女さんは謙遜もしないし、嘘もつかないぜ?」
「そうよ、教えても行けない人が多いんだから、
今まで私に、その手の質問をした人がいなかったと思う?」
バルトは黙って首を横に振った。
「でしょ?」
「だから気にしなくていいわ。
ただし、行けなかったからって、
『魔女の教え方が悪かった』は無しよ」
「それは、もちろんじゃ」
魔女は人差し指を一本立てた。
「よし、じゃあ、大ヒント」
にやりと笑う。
「扉があったら、開けてね」
「「……」」
その時、ラオスが口を開いた。
「魔女殿、バルトやゼンに危険はあるのでしょうか?」
「危険かどうかで迷うくらいなら、その程度の想いなのかしら?」
「すみません。私の愚問でした」
「若……」
「魔女殿すみませぬ。年寄りは腰が重くていかんですの。
行ってまいります。助言感謝いたします」
バルトは立ち上がり、一度だけ深く息を吐き、扉の前へ
「ゼン、ワシ1人でいいんじゃ、付き合う必要はないぞ」
「師範、俺も興味あるし、1人より2人の方が見つかりやすいぜ」
「だが……」
「あ~もう、いいから~じゃ~みんな行ってくるね」
ゼンは一度振り返りニカッと笑い
バルトはそのまま一礼後、扉を開けた。
その先に広がっていたのは――無数の扉。
色も形も大きさも違う扉が、果ての見えない空間に並んでいる。
「うわっ! 多すぎね!? まさか全部開けるのか?」
ゼンが目を丸くする。
バルトは黙って扉を見渡した。
(選べとは言われておらん。だが、この数に意味がないはずも……)
「師範、とりあえず一枚開けるか?」
「あれ?扉、減ってね?」
一枚、また一枚と、扉は音もなく消えていく。
「ラッキー!」
やがて残ったのは、一枚だけ。
バルトは静かにその扉へ歩み寄り、迷いを振り払うように手を掛けた。
「……参るぞ」




