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2-9 番が待っております

レグラン皇国王太子は、バルト達からの帰還報告を受け、今か今かと窓辺で待ちわびていた。

やがて、遠くの空に操龍機の影が見え始めると、王太子は着陸場へ急いだ。


操龍機が、城の着陸場へと降下し、タラップが降ろされ、

その上に立つ人影が、弟ラオスだと分かった瞬間、


「ラオス!!」


抑えていた感情が一気に噴き上がり、

思わず駆け寄ろうとしたところを、

近侍が慌てて腕を押さえた。

「殿下、お待ちください!」

「離せ!」

「まずは殿下のお立場を!」


睨みつけたものの、周囲の視線に気づき、渋々その場に踏みとどまる。


操龍機から降りた部下たちは、一斉に片膝をつき礼を尽くす。

その中で、ラオスが兄のもとへまっすぐ駆け寄ってきた。


「兄上!!今戻りました。大変ご心配をお掛けし、申し訳ございません!」


「そんな挨拶はよい……大丈夫か、ラオス。ずっと……気配が掴めなかったんだ」


兄はラオスを力強く抱き寄せた。


「戻ってきてくれて……本当に良かった」

その声は震え、肩に埋めた顔から安堵の息が漏れた。


「兄上……ご心配をお掛けしました」

「……ラオス。本当に」


顔を上げると、互いを再度認識し、照れたように笑みがこぼれた。


王太子はようやく呼吸を整え、

ラオスの背後に控えるバルトとゼンへ視線を向ける。


「バルト殿、ゼン。よくラオスを連れ戻してくれた。礼を言う。

褒美については後ほど父上から賜るだろうが――ラオスとりあえず父上のもとへ」


「父上!」


ラオスが突然声を上げた。

王太子は驚いて振り返る。


そこには、こちらへ歩み寄ってくる父の姿があった。

その姿を認めた瞬間、全員が一斉に片膝をつき、礼を取った。


「そんなにかしこまるな。息子が帰ってきたんだ。

いても立ってもいられず、あやつらの制止を振り切って来てしまった」


振り返ると、宰相や文官、近侍たちが肩で息をしながら後から追いついてくる。


「父上……」


「ラオスよ、よく戻った。

さあ、今日はゆっくり休むがよい。

話は明日聞こう。本当に……良かった」


父の言葉に、ラオスは深く頭を下げる。


「ええ……ありがとうございます、父上」


ラオスは一度だけ深く息を吸い、家族の温度を胸に収め、

そのまま静かに口を開いた。


「申し訳ありません、父上、兄上。

私はこのまま、もう一度妖艶の魔女殿の家へ

向かわねばなりませんので、これで失礼いたします」


「「「えっ?」」」


その場にいたほとんどの者が、一瞬固まった。

真っ先に我に返ったのは王太子だった。


「ま、待て待て待て!ラオス!」


グイッと肩を掴み、逃がすまいと引き止める。


「兄上。本当に申し訳ありません。番が待っておりますので」

「はぁ!? つ、つ、つがい!?」


「バルト!説明しろ!……いや、その前に止まれ!我が弟よ!」

「じぃ、ゼン。行くぞ」

「若、お待ちください!」


場は一気に混乱へと飲み込まれようとした、その時――


「静まれ!!!」


地を這うような竜王の一喝が響き渡った。


「「ハッ!」」


全員が再び片膝をつき、頭を垂れる。


「各々の言い分は順番に聞く。……とりあえず中へ入れ」


―――


近侍が全員分の茶を配り終えると、静かに壁際へ下がった。

それを見届けた竜王が口を開く。


「お主ら、とりあえず一口飲め。話はそれからじゃ」


「まったく……誰に似たんだか」竜王が小さくぼやくと、


「お主じゃろ」


「バルト、確か教育はお前だったよな」


「では、一口飲みましたので、失礼します」

ラオスは茶を飲むとすぐさま立ち上がる。


「俺飲んでね~1口の意味違げぇし」


「弟よ……頼む。落ち着いてくれ。これでは話もできぬではないか」


「……番が待っているのです。私の帰りを」


「うん、分かった。だからまず、その番とは誰だ? どこの家の子だ?

お前と同年代の子なら、顔合わせは済んでいるはずだが……」


「人族です」

ラオスは、少し照れくさそうに答えた。


「「……遅かったのか」」


竜王と兄の声が見事に重なる。


「バルト!間に合わなかったのか!」

「ね、寝かせなきゃ!」

竜王が吠え、王太子は慌てて立ち上がる。


「えっ……何このアホ集団。帰りてぇ……」ゼンが呟いた。


「範囲指定2、鎮静」


静かな術名とともに淡い光が二人を包む。


「……お二人とも落ち着いてくだされ。

まず、ラオス殿下は酔っているだけじゃ。

竜王よ、本当に定着しておるなら、

こんな穏やかでおれるはずがないことくらい、知っておろうに」


「……そうなのだが、人族を番などと……」


「驚くのも無理はない。心紋の相性が余程良かったのか、

若はまだ酔いが醒めておらぬ状態じゃ」


「だから酔ってにゃいと言ってるのに」


「話が進まぬので、若は少し黙っていてくだされ」


バルトは一口茶を飲み、ゆっくりと話し始めた。


「確かに、ワシらが到着した時には二回目の発動はしておった。

すぐさま薬酒をかけ術者を始末し、更に術の多重起動をし、

若は正気とは言えぬまでも意識を取り戻した……

そう思っておったのじゃが――」




「どうした、バルトよ。話を続けよ」


「……ワシも兄を見ております。番の誤認であれば、

このように穏やかではおれぬことは知っております。

ですが、ラオス殿下を見ておりますと……

本当の………………にあったような感じなのです」


「ん? 師範、聞こえなかった。何て言ったんだ?」

「その上で、若、お聞きしたいのです」

「あっ、俺の質問無視?」


「若は、あの禁香と蜜酒を、どれほどの期間摂取されましたか?」

「……覚えてないが、多分一年ぐらいかな?」


バルトは静かに息を吐いた。


「術は便利ですが、それで済むほど万能ではありません。

操龍機の中で簡易診察をいたしましたが――

若の竜力と竜脈は、ズタズタの状態です」


「その上で、酔った状態で番と誤認している可能性も、まだ捨てきれませぬ。

ですが……あまりにも穏やか過ぎるのです。

まるで本当の…………と出会ったかのように」


竜王が低く息を呑む。


「そうか……。確かに、ここまで落ち着いて会話ができるのなら、

……だからといって、番だとは言えぬか」


「しかも、相手は人族です。

有り得ぬのです。寿命が違い過ぎる。

これでは、若の命はあと百年もないと言っているようなもの」

拳が固く握られる。


「すぐには答えは出ぬか――」


「それと、もう1つ。ワシらは一旦、魔女殿の家へ戻ります」


「バルト、何故だ?『ワシら』とは?」


「はい。ワシとゼン、それに若は魔女殿と契約しました」


「なんと!」


「……ん?師範?契約?俺はしてないよ?」


「こ……の…馬鹿弟子が『二日で戻って来い』と言った魔女殿に、

『二日で戻ります』と答えたじゃろう。

あれも立派な契約じゃ。約束は契約。

魔女との約束は破ってはならん。学校で習ったじゃろ」


「エッ…………ま、じ、か」


「お前は『魔女に嘘をついたら』と震えておったから、

契約の事も理解しておるものと思っておったのだが

ハァ……お前は人族を預かってほしいと願い、魔女殿は2日だけ理を曲げると応じた」


ゼンの顔が引きつる。

「じゃあ……あの『捨てればいい』って……」

「最初から破綻しておる」

「……」

「魔女殿は己の命と人族のおなごを担保に、

2日という期限を作りワシらはそれを受け取った」


「待って……それだけで?おかしいだろぉぉぉおおお!」


バルトは可哀想な子を見る目でゼンを見つつ


「お前は……どこぞの低級種族なのだ!

どこで交わした?魔女殿の家じゃ!

いいか、あそこは理が色濃く存在する場所。我らが今いる世界と――」


「待て、バルト。今その話は置いておけ。長くなる」

竜王の一言に、バルトは言葉を飲み込み


「ゼン、これだけは覚えておけ。

仰々しい術も祝詞も要らん。

魔女の前で願うな

誓うな

約束を口にするな!」


静まり返った部屋に、その言葉だけが重く落ちた。


シーンと静まった場にラオスの柔らかい声が響く。


「それとは別にしてもあの『捨てればいい』発言はよくないよ。ゼン」

「うん。ごめん。…あっ、もしかしてラオスだから急に物分かりよくなったのか?」

「人を頑固じじいの……分からず屋みたいに言うのはどうかと思うけど……」

「いや、勝手に国を出たヤツに言われたくねーよ」

「ゴホン……ン"ッッッ……」

「全く、お主らは……」


「では、本当に2日後までに魔女殿の庭先へ戻らねばならないのか?

その後は?弟はすぐ帰って来られるんだよね?」


「……私は、じぃが気にしてた『万象の図書館』の詳細を魔女殿に聞けたらと、

その後は私と番が何処で暮らすのが良いか色々考えないと行けないので」


「ラオス?何を言ってるだい?聞いたよね?

人族が番なんて有り得ない事なんだよ!」


ラオスは兄の目をしっかり見ながら、


「兄上、正直分からないのです。

実際、私は酔ってるだけなのかもしれません。

でも、だからと、このまま番を放置はできません。」


ラオスは、ゆっくりと気持ちを固めるかのように、


「番と離れた時、胸に……穴が空いたのです。

その後、番を見て触れたら『柔らかく』、とても暖かい気持ちになりました。

番が笑ってくれたらどんなに幸せなんだろと考えてしまいました。」


「だからもう1度戻り、番としばらく一緒に暮らしながら、確認したいのです。

万象の図書館を見つけ、早く伯父の為に、そしてじぃのお姉さんのためにも……」


「万象の図書館など伝説を探してどうなる!」竜王の強い叱責。


「父上、魔女殿は嘘はつかない。嘘を言うとペナルティが発動するから。

なら、万象の図書館に出入りした話は本当です」


「若……聞こえていたのですか?」


「うん。じぃ、実は私も行きたかったんだ。

でも伝説だからと疑心暗鬼になりながら探したし、すぐ諦めたんだよ。

ただ、本当に有るなら……多分、万象の図書館は、その存在を知っているか、知らなくても疑わず探す事が出来る。それが図書館に行く条件なのかもと考えた」


「一理有るのかもしれません。

……ワシも伝説だろうと端から本気で探した事はないので」


「当たり前だろ……万象の図書館など……

お前達は一体何をしていたのだ」


「あっ!師範!魔女さんとの約束破ったらどうなるんだっけ?

習ったけど思い出せない?」


「知らん」

「ん?」

「魔女との約束を破ったらどうなるかなんて知らん。

……知っているやつが居ないのじゃ」

「???」

「ゼン……あのね、多分全員即死だと思うよ」

「えっ?」


「武勇伝や、失敗談、『約束を破ったらこうなりました』は周りも含め生きてないと、言えないし伝わらないから……ね」


「……………」


「まじやべぇじゃん!俺……寒気してきた。

早く魔女さんのところへ戻ろうぜ!

あーーー、その前にばあちゃんに、

おにぎり作って貰う!もう食べれないかも」


バタバタと出ていくゼンに


「……じぃの跡継ぎ…本当にゼンでいいのかな?」


ラオスの一言に、皆一斉に顔を逸らした。


「聞かないでくだされ……。後悔は、しておらん……と思いたいのです」

バルトだけが違う意味で顔を逸らした。



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