2-8 真実という名のゴミ
ドラガンは王城を後にすると、待たせていた馬車へ静かに乗り込んだ。
扉が閉まり、馬車がゆっくりと車輪を転がし始める。
その頃、
神殿から王宮へ派遣されている神官の一人が、
今しがた使われた真偽玉に残る記録魔紋を書き起こしていた。
「今回も完全な青か……」
神官の呟きは、呟きのまま消えていく。
公爵閣下は、これまでにも何度か
真偽玉を使用されたことがあるが、いずれも完全な青。
神官は何気なく、
過去の誤差とされる記録を思い返し、資料を見た。
真偽玉を巡る事故は存在する。
判定の食い違い。
裁判結果の逆転。
戦場での簡易版を使用しての誤認。
水晶玉の汚染。魔力干渉。魔紋の正確性。魔石の質の良し悪し。
解釈の相違による質問の曖昧さ。
真偽玉は「はい」か「いいえ」で答えられない質問に対しては揺れる。
また、真偽玉は2種類ある。
市井へ流れる簡易版。
王宮や裁判で使われる高位版。
簡易版でも真偽玉は重要視される。
高位版であればあるほど、
正確な判定が出るしそれが真実とこの世界が認めてる。
だが、引っかかる……どうして公爵閣下の時は全てが完全な青なのだろうか?
一切の揺らぎがない。
【真実しか述べてないからだ】
確かにそうなのだ、だから青。
理屈では判るが心が何故か引っかかる。
神官の脳裏に、学術的な命題がよぎる。
『白い白鳥をいくら並べても、黒い白鳥の不在証明にはならない』
言い換えれば、青をいくら並べても、赤でない証明にはならない。
膨大な『青』の記録は、真実の積み重ねでしかない。
単に『赤』――真偽玉が機能しない事態に出会って……
……いや、それすら『誤差』として見過ごしてきただけでは?
高位版であればあるほど、
人はその結果を盲信し、神格化する。
だが、もし『完璧な青』こそが、
最も深い欺瞞の証明だったとしたら――。
「……馬鹿な。真偽玉を疑うなど、神官にあるまじき不敬だ」
今までだって真偽玉は、どんな実験検証においても正しい結果を出している。
揺れに関しても実験では揺れる説明ができている。
今日の質問は『はい』『いいえ』で答えられる形式。
だから揺れる理由はない。
神官は、じっと記録紙を見ていたが、
「……疲れてるんだな……」
彼は思考を強引に断ち切った。
彼がその違和感の正体が『黒い白鳥』であることに気づきさえすれば、
ドラガンという名の深淵を覗き込めたはずだったのに。
窓の外ではいつも通り人々の喧騒が少しずつ帝都の日常へ溶け込んでいた。
街の喧騒を見ながらドラガンの向かう先は港湾管理官との昼食会合。
帝国との交易を担う、公爵としての仕事だ。
ドラガンは窓の外を眺めながら、小さく笑った。
「……真偽玉か」
王も王太子も、あの青い光を見て口を閉ざした。
当然だ。
あれは神殿が保証した水晶。
魔術職人が引き直した精密な魔紋。
高純度の魔石。
上級裁判・国際裁判で、
証拠として扱われる判定具。
壊れてはいない。
狂ってもいない。
だからこそ――
道具が保証したなら、なおさら答えを疑わない。疑えない。
真偽玉は正しい。
そして… クツクツと喉がなった。
「私も正しかった」
ドラガン・オルスティン・フォン・ヴァイセンベルクは、
闘技場の支配人ではない。
それは紛れもない真実。
闘技場の支配人としてクラスティーナ殿下の前に立った男は、
ドラガン・ヴァルハイト・フォン・ギルフォード。
フォルデン王国の裏を少しでも知るものなら知っている。
王国で18年前に死んだとされた男。
金色の髪を黒髪にしても、
「死んだことになってる男が黒髪に変えてる」の一言で終わる。
18年前、部下が隙を見て逃がしてくれたあの日。
ドラガン=ギルフォードは、自ら王城へ戻った。
寝室という名のセキュリティを突破し、私が現れた瞬間、愚王は――
腰を抜かし命乞いをした。
その最中に、変幻の術を使って傷を作った。
大きい衝撃の前では、小さな真実は記憶に残らない。
偽りの鮮血一つで、人は「傷を負った」と思い込む。
『死んだことになっている男』が、傷を背負っても疑わない。
相手が勝手に物語を作ってくれる。
だから、真実は二人を別人と認識した。
私一人が、「二人は別人だ」と言い張っても意味がない。
だが……複数の人間が、ヴァイセンベルクとギルフォードは、
別人だと認識していれば
真偽玉は騙せる。
「真実は一つである」――それ自体が、十分な思い込みだ。
人はそれを疑わない。
「真実とは本当にゴミだな」
護衛たちは命を賭して訴えた。
地下闘技場の支配人は、公爵ではないかと。
竜人を利用して何かを企んでいると。
王位簒奪を狙っているのではないかと。
番の呪縛を発動させたのだと。
番の呪縛など禁術中の禁術。
おとぎ話の術を、一個人が発動させたというのか――あまりにも不可解。
王達には理解できなかった。
それでも、その疑念は静かに波紋を広げた。
だからこそ、今回の不意打ちの尋問。
(不意打ちでも無いがな……ククク)
ドラガンは窓に映る己の姿へ目を向け、ネクタイを整えた。
ふと…ドラガンの思考が揺れた。
「私は今、誰だ?」
ガタン――
馬車の揺れが思考を断ち切る。
潮の匂いが鼻腔を掠めた。
窓の外には港が見えている。
(ドラガン・オルスティン・フォン・ヴァイセンベルク)
ドラガンは、公爵として笑う時間だと、もう一度ネクタイを触った。
真実を騙す代償を支払うのは誰か――
世界は今日も、何一つ間違ってはいない。
だからこそ、正しく歪んでる。




