2-4 取説
重苦しい空気を破ったのは、魔女だった。
「そういえばゼンちゃんが、気になること言ってたねぇ」
「…いえ…俺は何も言ってません」
「ゼン……お前を連れて来たのはワシのミスじゃ」
「なんだよ…師範が隠しすぎなだけだろ」
「まぁまぁ、いずれ知ることになるさ。
バルトさんは確かに、人族に対して恐怖心を、抱いているんだろうね」
「魔女殿、私が怖がる要素はありませんぞ」
「ゼンちゃん、人族って凄いと思わない?」
「……??」
「ふふっ。その反応なら、まだ知らないんだね」
「魔女さん、おれは習うより慣れろタイプなんで」
「じゃあ、ヒントね」
魔女は人差し指を一本立て、楽しそうに笑った。
「人族は、神に愛されし末っ子か
あるいは―――
竜人族の祖は、人である」
「魔女殿!!!!!
いい加減にせぬと、
ワシが実力で黙らせますぞ!」
「怖い〜怖い♪」
「ゼン、お主はもう帰れ!」
「バルトさんの反応を見たら、
どっちかは本当だって
言ってるようなものだけどね~」
「……師範?」
「国へ戻ったら話す。それまでは黙れ」
「うっす」
「その口調もやめんか!」
魔女は満足そうに肩をすくめる。
「さて、次の問題は、あの子よねぇ。
あの子を殺すの?生かすの?」
「野蛮などこぞの種族と一緒にせんでくれ。
ワシには、あのおなごが、
生きようが死のうが関係ない」
「ふーん」
「ただ、若は、現在竜力も竜脈も相当傷ついておる。
精神も不安定な状態じゃ。
極力、人族には近づいて欲しくない。
……いや、あの呪縛の相手であるあのおなごにだけは、関わって欲しくないだけだ」
ギリッ――
固く握り締めた拳が、小さく音を立てる。
「番の誤認は……全員が地獄へ行くだけじゃ」
「……師範」
「ヴェルドラ様は、皇国の歴史の中でも、
人望・武力・見識、全てにおいて一、二を争うほどのお方だった」
バルトは拳を見つめたまま、動かない。
視線が、落ちたまま上がらない。
「それが……それが、人族ごときの術で……」
歯がきしむ。
「ヴェルドラ様ってラオスの伯父さんだよな?
ずっと眠らされて……ん?師範のお姉さんって神殿通い……」
「そうじゃ、ワシの姉の旦那じゃ」
ゼンは目をぱちぱちと瞬かせ
「師範、ごめん…」
「厄介だよねーあの呪縛は」
バルトは、ようやく顔を上げた。
その瞳はどこか遠くをさまよい、焦点が合っていない。
やがて視線が、ソファにいる二人へゆっくりと落ちた。
「番よ、どこか痛む所はあるか?」
「……」
(痛いけど耐えれる……でもなんでラオスさんは
こんなに優しいんだろ?)
桶の水が赤くなる。
(これって……私についてた血)
「番よ、どこか気持ち悪い所はないかい?」
「……」
「何も心配しなくてもいいよ。お腹は空いてない?大丈夫?」
「……」
(これ答えると殴られるパターンかな?
でもラオスさんから、ずっとそんな嗜虐的な感情見えないし
いいのかな?…この暖かさを受け止めても…)
「番よ!何故泣く!どこか痛いのか!」
「……」
(私…泣いてるの?…感情に蓋をする方法忘れたのかな?)
「ゼン!来てくれ、番が泣き止まないのだ」
(私の事、本当に心配してくれてる……)
「なんすっかー俺ケーキ食べるのに忙しいっす」
「ゼン、ケーキなんかより番が泣き止まないんだ」
「泣きやめ!...って言ったら泣き止んだりして」
(あっ……涙を止めないとラオスさんが殴られる)
「今止めます。ごめんなさい」
「「えっ?」」
二人は顔を見合わせ、そのまま言葉を失う。
(泣いたらうるさいって殴られるのラオスさんじゃないの?……私かな?)
「あっ、そうだ」
ゼンは、立ち上がり、まだ残っていたケーキとコーヒーを手に取り
「ラオス、女の子って甘い物食べると幸せになるんだってよ。
しかも人族が作ったケーキだし、ルーナちゃん食べやすいんじゃね?」
ラオスはケーキを受け取りながら、
「ゼン。その話は本当なのか?」
「うん。ねーちゃん言ってたし、本当だよ」
「そうか」
ラオスは皿を受け取り、ルーナの前へそっと差し出した。
「番よ。食べてみるといい。食べられるか?」
ルーナは目の前の白い食べ物を見つめた。
(……何だろ、これ)
白くて、丸くて、柔らかそう。
甘い香りがふわりと漂う。
パンでも粥でもない。
見たことのない食べ物。
ラオスは急かさず、ただ優しく待っている。
その優しさに戸惑いながら視線を落とし、
(どうして……どうして、この人は最初から優しいんだろ
まるでお父さんとお母さんみたい…
そう……あの時、あの男は必死だった。この優しい人から「何か」を奪うために。
闘技場でラオスさんに『愛してる』と言えば、母を返してやると……。
でも、あいつの焦り方を見てたら、絶対に言いたくないと思った。
殴られてもいい。
お母さんは、いつか自分の手で取り戻すんだって覚悟ができた。
そう決めたら急に目の前が明るくなって、あのおじいちゃん竜人さんが来て……)
ルーナはどっぷりと思考の海に浸かっていた。
「食べないんすっか?」
動かないルーナにゼンが声をかけた。
声をかけられたルーナは、ハッとなり
「食べ……ます?」
そのやり取りを見ていたラオスは、自分も喉を潤そうとゼンへ視線を向けた。
「ゼン、コーヒーありがとう」
「これ?このコーヒー俺のだよ?」
「ゼン……」
「冗談だよ」
(二人のやり取りを見ながら、
この人達は温かいな
でも、おじいちゃん竜人さんは
あの地下の人達と同じだ。)
チラッと、おじいちゃん竜人の方を見る。
ピキーンと痛みが走るが
(……何を話してるんだろ)
そう思い、耳を澄ませた。
聞こえてきた声は、目の前の二人とは違って
硬さがあるのが感じられた。
「番が定着してる感じはないのだが、
今見てる限りだと解らんのがもどかしい。酔ってるだけだとは思うが」
「うーんどうなんだろうね~
もうデータが無さすぎて、万象の図書館行けば色々あるかもだけど」
「万象の図書館など、そんな伝説の話をしても仕方あるまい」
「えっ?あるよ?ただ行きたいからと行ける所でもないし、
かといって必要な人の所にも現れないし、困ったものよね」
フォークをクルクル回しながら魔女はなんて事ない様に喋り続ける
だが、バルトの目に光が灯る。
「魔女殿は行った事が?」
「魔女の運も絡んでね、たまたま数回だけ、行った事あるわ。
図書館の管理人は、自分が読みたいと思わないと現世には来ないし
あそこで何百億という物語を読んで管理しながら生きて……」
そこでバルトに目を向けた魔女は、
「もう、バルトさん、そんな苦しい悲しい顔しないでよ。
だって管理人は神とほぼ同列な人よ?
神様がひょこひょこ現世に出てこないのと同じよ。
例え招待されても答えを発見できるとは限らないし……ね」
目の前には、見たこともない食べ物。
その向こうでは、全く理解出来ない話。
食べろって言われたら食べないと……
食べてみるといい?食べられるか?
……食べろじゃない言葉は嬉しいんだな
「番よ?」
ラオスさんは優しい目で自分を見つめている。
「ゼン、お前私に嘘をついたな」
「はっ?」
「番が1口も食べないし、ずっと困ってる」
「あっ、ごめんなさい!食べます食べます
その人を殴らないで」
「「えっ?」」
(私のせいで殴られる!食べなきゃ!)
「うぐっっっっっっっ」
動かそうとした瞬間、激痛が走り、
思わず息が詰まる。
それでも、手を動かそうとして——動かない。
「なんか俺この子の取説欲しいわ」
「番よ、すまない。動かせないのだな。私の見立てが甘かった」
ラオスさんは静かにそう言うと、フォークを手に取った。
そして、当然のように口元へ運ぶ。
「……ついでにラオスのも欲しいかも……」
そしておもむろにバトルを見て、
「師範もこんな風にばぁちゃんと?」
「はっ?……」と一瞬弟子に何を言われたのか脳に届くのが遅くなったが、
「バカモーーン!!!!!!!!」
本日最大の圧を受け
「オレ....またやっちゃったのか……」
ゼンの声は、空気に溶け消えていった。
ケラケラ大笑いしてる魔女声だけが続いていた。




