2-1 上機嫌な魔女①
「はい、お土産」
そう言われても、ラオス達は困惑するしかなかった。
ラオスが、ふらりとルーナに触れようとした瞬間、
「わか!」
鋭い叱責に、ラオスはビクッと肩を震わせて固まった。
「魔女殿、その人族のおなごはさっさと元の場所へ戻してくだされ!」
「えーーー! せっかく拾ってきたのにぃ」
「いいですから! 拾った場所へ返しなさいと言っています!」
「ちゃんと面倒見るからさぁ……」
「できるわけがないでしょうが!」
「散歩もさせるし、ご飯もちゃんとあげるからぁ」
「人族の世話がどれほど大変か、貴女には分かっていないのです!」
「大丈夫だってばぁ。みんなでお世話するでしょ? ねぇ、ラオス殿下♪」
ラオスはコクコクと何度も首を縦に振る。
だが、その視線はルーナから一瞬たりとも離れなかった。
「ダメですぞ!若は見てはなりません!」
バルトは魔女とラオスの間に割って入り、
必死にラオスの視界を遮った。
「ケラケラ、見ちゃダメって言われてもねぇ」
バルトの形相に、魔女は面白そうに喉を鳴らした。
「私のご先祖さまなら確かに石になっちゃうけど、この子なら大丈夫でしょ?」
「へぇ~、そりゃまたとんでもねぇご先祖様っすね」
「そうよぉ。見たら一瞬で石になるし、
目を合わせるなんてもっての外。
髪には蛇っ子がいて、もっぱら目の代わりは蛇達よ。
鏡を見るのにも命懸けだったって言うんだから、ご先祖様も苦労人よねぇ」
「うわぁ、超有名人じゃないっすか……学校で習いましたよ」
「そうそう。だから……ねぇ~」
魔女の瞳が妖しく細められた。
その瞬間、甘美な気配がゾクリと背中を撫で上げた。
ゼンは思わず飛び退く。
「魔女殿!」
バルトの鋭い声がまたして響き、
一瞬の張り詰めた空気を切り裂いた。
「あははは、ごめんごめん。もうやらないから♪」
魔女がケラケラと笑う中、
混沌はまだまだ続きそうだった。
しかし、そんな中でもラオスだけは、
何かに吸い寄せられるように、
ルーナをそっと抱きしめていた。
「柔らかい……」
「若……お願いでございます。
どうかその人族のおなごを、今すぐお放しくだされ」
「じぃ……でも、この子はなんだか、とても柔くて綺麗なんだ」
「いいえ、いいえ! 違います若、そのようなものではありません!
人族など穢れを運ぶ存在です」
バルトが冷や汗を流しながら必死に訴えるが、
魔女はそれを見て楽しそうに首を傾げた。
「うーん、困ったねぇ。このままだと誰も幸せになれないね。
……そうだ!とりあえず私の家に来るかい?」
「えっ? 魔女さんの家に招待されるなんて、
すっげーことじゃないっすか!」
「私も色々知りたいし~♪……さぁ、世界よ祝福の喜びを鳴らせ〜!」
魔女は必要かどうかも怪しい言葉を唱えたが
返ってきたのは沈黙だけだった。
「「「…………」」」
「あれ?」
そう言って彼女は、何もなかったように
草原にぽつんと現れたドアノブを回したが、
その耳がわずかに赤らんでいたことに、
気づいた者は誰もいなかった。
だが、開かれた扉の向こうに広がるのは、
常識という言葉を嘲笑う異界。
バルトの背に冷たい汗が流れる。
この扉の先は、常識も理屈も通じぬ魔女の領域だ。
一度足を踏み入れれば――無意識に力が入り
「若……どうか若だけでも逃げてくだされ………」
「師範、そんな重く考えなくてもいいって。
とりあえず、ほらラオスも行こうぜ」
「……そうだな……うん。お邪魔します」
ラオスはルーナを大切そうに抱えたまま、
ゼンは軽やかに、二人は扉の奥へと足を踏み入れる。
バルトは、若者たちだけで異界に行かせる事などできず、
重い溜息を吐き足を踏み入れた。
後には、風がそよぐ静かな野原だけが残され、
取り残された部下たちは、
「……とりあえず、操龍機の点検でもするか」
「俺は、今のことをどうやって宰相に報告するか
……頭を抱えることにする」
「……どうか、どうかご無事でお戻りください」
それぞれが「現実逃避」を始める。




