1-23 エピローグ①ラオスと仲間達
時は少しだけ遡る。
ゼンがラオスの肩を支えながら、バルト達一行は空へと飛び立った。
バルトは飛行中も、ラオスの涙の跡が気になっていた。
本人でさえ気付いていない静かに流された涙。
バルトの脳裏に、最悪の考えがよぎる。
(番の呪縛が定着?いや、定着していたら、
ここまで大人しく一緒になど飛んでない。
不完全定着でも眠らせないと危険なハズだ。
……だが、何故泣いた?
番の呪縛の発動など、この数百年起きていないし定着まで至った例となれば、
祖父の時代まで遡らねばならない)
バルトは背後のラオスをもう一度盗み見て、小さく息を吐いた。
魔女の庭先と呼ばれる場所は、もうすぐそこだ。
眼下を見ると、咲き乱れる極彩色の花々の中にいる、一人の女性を発見した。
バルトは、合図を出し、ゆっくりと地面へ降り立った。
薄絹を贅沢に使いながらも、
最低限の布だけで身体を包んだその姿は、
一見すれば官能的だ。
だが、その露出は誘惑のためではない。
肌に浮かぶ幾何学的な刺青
それは“世界”と直結するための装備だった。
星を閉じ込めたようなきらめきの奥に、
深淵を思わせる漆黒の瞳。
その眼差しは、明らかに“人間とは異なる理”を宿している。
妖艶の魔女
彼女の周囲だけ、重力が気まぐれを起こしたように、花弁が空中で静止し、ゆらりと揺らめいていた。
「妖艶の魔女殿。今回は急な頼みで庭先を借りもうしたな。礼を言わせて貰うぞ」
「いいってば、気にしないでよ。……レグランの宰相様が、あれだけ深々と頭を下げていったんだもの。もう十分すぎるくらいよ」
「本来なら茶でも飲みながら親交を深めたいところじゃが……若を、一刻も早う届けねばならんのじゃ」
バルトの低い声に、魔女が漆黒の瞳を向ける。
「あぁ~あれが噂の若様かい?」
魔女は面白がるように視線を走らせ、
バルトの背後に控えるラオスとゼンへ、チラリと目をやった。
ラオスは幼い頃、じぃから叩き込まれた厳命が脳裏をよぎる。
(妖艶の魔女の微笑みは、決して見てはなりませんぞ!)
ラオスは、魔女と目を合わせないよう必死に頭を下げ、顔を横へと逸らした。
「ほぉー……最近の若者は。ほぉー、ほぉほぉ」
奇妙な感嘆が、すぐ目の前から聞こえた。
(……えっ?)
さっきまで魔女はじぃと向かい合っていたはず。
驚いてじぃの方へ視線を向けた瞬間、
視界の隅で、影がゆらりと揺れる。
気付けば魔女は、またしてもラオスの正面に回り込んでいた。
(えっ……!)
慌てて左を向けば、魔女が左から顔を覗き込む。
右を向けば、今度は右から星の煌めきの瞳が覗き込む。
自分の顔を動かすたびに、
まるで見えない糸で釣られているかのように
魔女の顔がぴたりと追随してくる。
ラオスは心臓をバクバク鳴らしながら、
見ちゃだめだ見ちゃだめだ見ちゃだめだぁ
と必死に念じた。
「なーにやってんすか、二人とも」
魔女のいたずらに右往左往するラオスを、
ゼンは呆れたように眺めていた。
「あっ、えっ……あ、その……!」
「ケラケラ~いやぁ、『私の微笑みを見てはいけない』をここまで露骨に守る竜人も珍しくてねぇ~~♪」
魔女は面白がるように、笑いながら、
またラオスの顔を覗き込んだ。
「……若」
バルトの切ない呟きが、静かにこだまする。
そんな周囲の空気を、さらに面白がるように
魔女はラオスの頬へ指先を近づけ、軽く触れた。
鋭くも美しい爪が、つうっと肌の上をなぞる。
「いくら『見てはダメ』って言われてもね、
ご先祖様じゃあるまいし、そうそう簡単にできやしないよ~」
魔女の声は柔らかいのに、どこか抗いがたい圧を帯びていた。
「……それとも、しばらく私の“可愛い子”として数年遊んでみるかい?」
その声音には、拒絶を許さない強い魔力が宿っている。
魔女の瞳の奥で、紫の光がかすかに明滅した。
(少しだけ、魔力を乗せてみようかしら)
そんな悪戯心が疼き始めた――まさにその時だった。
「魔女殿! 若はいま酔っ払いなのです。
ミラヴォスの薬と竜胆蜜酒のせいで、竜脈がボロボロの状態。あまりからかわないでくだされ」
「ふーん。……過保護やねぇ♪」
「では、大変申し訳ありませんが、
謝礼は改めて致しますゆえ、今日はこの辺で失礼する」
「はいはい。今度来る時は、そうね〜
『竜胆蜜酒』を持ってきて欲しいわ
あのお酒美味しいんだから♪」
魔女の言葉を背に、バルトは短く告げる。
「出発するぞ」
操龍機に乗り込めと号令を出した。
刹那――ズン、と空気が重く澱む。
全員が一斉に魔力放出の方角へ視線を向ける。
「私の番がッ……!」
「違います!」
バルトが即座に否定した。
だが、視線の先――空の歪みを見た瞬間、
老竜人の表情が更に固くなる。
「……じぃ、すまない。しかし、あの場所からあれほどの魔力が……」
「すっっっげー魔力!!ヤバッ!
あんなバケモンいた?うわっ、空まで変えてるよ」
ゼンが驚愕に目を見開く。
遥か先の空は禍々しい黒色に塗り替えられ、
稲光が激しく光っている。
「本当だねぇ……なんだい、あの魔力放出は
……しかも……随分と変? ……いや? 混じってる……?」
「じぃ、私は戻る。すまないッ!」
「馬鹿な事を申しますな! 関係ございません! さぁ帰りますぞッ!」
「じぃ、私が行かないとダメな気が―」
「しません!!」
「……じぃ……頼む!」
「はいはい、二人ともストップ!
師範もラオスも、同じこと繰り返す気かよ!」
ゼンが二人に割って入った、その瞬間だった。
ゾクリ
まるで凍てつく冬の夜風が背筋を撫でたかのような、強烈な悪寒が全員を襲う。
「あんたらの漫才はいい。……なんだい、アレは」
露出の高い衣装から覗く肌に刻まれた術式ルーンが、脈動するように赤黒い光を帯び始める。
さっきまで揺らめいていた咲き乱れる極彩色の花々が嘘のように一斉に萎れ、まるで恐怖に屈したかのように灰へと還っていく。
漆黒の瞳は、星の光さえも飲み込む“底なしの虚無”を湛えていた。
「遊びは終わり。……あの魔力、あんたら何を置いてきたんだ。さっさとその酔っ払い連れて帰りな」
魔女の指先からは、空さえ裂くような鋭い魔力の奔流が溢れ出す。
魔女は、竜人たちを一瞥することすらせず、
空間に溶けるように消えた。
転移の残滓すら残さない、異常な速さ。
「じぃ、私は行くぞ!」
「若ッ!!」
「頼むッ、じぃ! 行かせてくれ!」
「ダメですッ! ダメですぞッ! 若、皇国に戻りますぞ!
どうしてもというなら、このじぃの屍を越え――」
「うっせー二人とも! マジで何回同じことやんだよ!!行くんなら、みんなで行きゃーいいだろうが!」
怒号に近いゼンの介入が、泥沼のやり取りを断ち切った。
「「ゼン…」」
「こんだけのチームで何を恐れるんだよ。
龍が来ても負けねーよ。師範もよぉ、最終的にはラオスを逃がしゃいいんだろ?
で、ラオス、お前まだベロンベロンだよな? そんなんで、逃げれんの?」
「私は酔ってにゃいッ!!」
「あーあ、酔っ払いがいうやつね」
呆れながらも、ゼンはラオスの肩を掴んで戦場を見据える。
その背中には、覚悟が宿っていた。
「ん? 魔女殿が……戻ってくる??」
ゼンの呟きと同時に空間が歪み、先ほど転移で消えたはずの魔女が現れた。
しかし、その腕に抱えられていたのは――。
「番!」
「人族のおなご!!」
ラオス達が目を見開く。
その腕の中には、力なくぐったりとしたルーナの姿があった。
魔女はラオスの前まで歩み寄ると、
無造作にルーナを彼らの方へ差し出した。
「はい、お土産」
魔女の口調は呆れるほどに淡白だった。
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