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1-22キメラの孵化②

ゲートが開き、そこから響いてきた声は、


「ドラガン・ヴァルハイト・フォン・ギルフォード!

貴様を奴隷禁止法、

並びに竜族への不可侵条約不履行、

及び国家反逆罪の罪で再捕縛する。

一切の抵抗は認めん。直ちに武装を解除せよ!」


「ここに居る事はお見通しなのだ。さっさと姿を現せ!」


騎士師団を率いるロイガーが声を張り上げる。

その胸中には、卑しい私欲が渦巻いていた。

(……逃げ回っても無駄だぞ。今の貴様はただの奴隷商人。

王直属近衛騎士団・師団長であるこの私に、敵う道理がない。

抵抗しなくても斬るが、部下の手前、

それらしい『激闘』は演出してくれよ。……頼むぞ、奴隷商人ドラガン君)


結界の内で、部下が静かにドラガンを見上げた。

「ドラガン様」

「見破ることはアレには出来まい。

……それより、地下3階の研究室は瓦礫の下だが、急ぎ消去すべき記録は残っていないな?」


「ございません。指示通り最悪を想定しておりましたので、

しかし、実際こうなると計画に狂いが……」


「心配するな。18年間染み込ませてきた毒が、

たった一つプランが潰れたくらいでは問題ない」


ドラガンの声を遮るように、再びあの一本調子な怒号が響き渡る。


「ドラガン・ヴァルハイト・フォン・ギルフォード──どこだぁぁぁー!」


ガチャガチャと甲冑の音を響かせながら、

ロイガーはルーナのすぐ付近まで歩み寄ってきた。

ねっとりとした空気の中、ルーナの視界には

ドラガンの姿が見えている。


(この人にドラガンの居場所を教えたら……お母さんを取り戻せるかな?)


ルーナが必死に思考を巡らせていた、その時だった。


「……ん? 女の子か?」


彼の視線が、ルーナの首にある『奴隷の証』の首輪を捉えた。


ロイガーが、にやりと笑って歩み寄る。


近付くにつれ目の前の少女には奴隷特有の痩せ細った様子は微塵もなく、


「大丈夫か! 私が来たからには安心だ」


ロイガーはそう言って駆け寄ると、

ルーナの肌艶と怪我の無さを確認し、

連れてこられたばかりの可哀想な村娘だと

勝手に解釈し下衆な思考さえ持った。


「目立った怪我は無いようだね。

今すぐ助けてあげよう。

君は運がいい。何せ私は王直属近衛騎士――」


師団長の首から、赤く生ぬるいものが吹き出した。

鮮血が空中に舞う。


「「えっ?」」


あのドラガンさえも驚きのあまりに声を上げた。


ロイガーは咄嗟に首を押さえるが、

血は指の間から溢れ止まらない。

よろけながら視界の端に、自分の肉を咀嚼

いや、吐き捨て……て……るおんな……の……こ?


ルーナの耳に届いた一言。


「君は運がいい」


この男は何と言った?


うん





だと?


8年の孤独

父との禁忌、

母の死、

地下3階での実験

それらが全て……運がいい?

君は運がいい?今助けると――


頭が真っ白になったのか、

目の前が真っ黒になったのかルーナは覚えてない。


ただ血が逆流する勢いで、

目の前で不快な音を立てる男を黙らせたい。

その衝動だけが支配していた。



誰の目にも触れず、誰にも知られない場所で。

「誕生」という名の聖域。

その昏い闇の奥で静かに育ち続けていたものが、

ついに産声をあげる瞬間がきた。



自分の激情に呼応するように、力が溢れ出す。

角が生え、牙が伸び、漆黒のオーラが身体を包む。

溢れた魔力に首輪が耐えきれず、金属音を残して弾け飛んだ。


次の瞬間、彼女は空間を蹴り、男の喉元を食い破っていた。


――急所はここだ――


本能がそう告げる。


そして世界が呼応する。

空には暗雲が走り、雷鳴が轟き

空気が凍りつくように冷え、大粒の雨が地面を叩きつける。


血濡れの口元を乱暴に拭いながら、

倒れたロイガーを無視し、ゆっくりとその先に立つ男


「ドォラァァガァァン」


喉の奥から絞り出されたルーナの咆哮に、


「クッ……」


ドラガンは一瞬、言葉を詰まらせた。

人間離れしたその圧に、身体が硬直する。


だが、即座にドラガンは唱える

「――自制! 威圧解除・大、鎮静、思考加速!」


ドラガンが鋭く叫ぶと同時に、

彼の腕輪に嵌め込まれた魔石が、

パキィィィィンと甲高い音を立てて三つ同時に砕け散った。


強制的な精神の立て直し。


「転移しろ。死ぬぞ!」


「は、発動まで、あと十秒……っ!」


「ドラガァァァアン!!!」


鼓膜をぶち破るようなルーナの叫びと雷鳴

彼女の身体は再び空気を蹴り

一瞬にしてドラガンの懐へと肉薄していた。


そのまま一切の容赦なく拳を振り抜くが

ドラガンもまた腰の剣を抜き、ルーナの腕を一閃した。


――ガンッ!


火花が散り、腕の骨を震わせる凄まじい衝撃。


「カ……ッ!?」


ドラガンの驚愕を嘲笑うかのように、ルーナの影が沈む。

狙うは足首――獣じみた低空の蹴撃。

「ッ!」

回避は間に合わない。

ドラガンは刹那、刃を横へ滑らせ、自身の足元へ叩きつけ、火花と共に衝撃が鋼を伝い、地面へと逃げる。


その後の骨をも砕く猛打を、ドラガンは一歩も退かずに完封した。


骨格の限界を超えた、獣じみた猛打は続く


少女の細腕からは想像もつかない『質量』

瞬きよりも速いスピード。

そして、ドラガンの思考が加速した。


(――甘いな。力とスピードのみか)


首をわずかに傾け、その一撃を空間の彼方へと流す。

流された拳が虚空を切り、衝撃波が背後の空間をねじ切る。


術士の悲鳴のような報告。


「はちゅっ...発動できません! このままだと、その娘ごと転移します!」


力とスピードはあるが単調なルーナの攻撃を

ドラガンは隙をつき、懐から革袋を掴み出す。


「ルーナ! 欲しいのは、これだろう!」


そう言いながら、革袋を放り投げた。


お母さん!!!

ルーナの身体が、その革袋を追いかけて跳ねる。


「今だ。……ルーナ、また会おう。

お前はやはり、最高の道具だよ」

転移の許可を出し、ドラガンは静かに消えた。


掴み取った革袋を、震える指で開くが


――金貨


あったのは母の遺骨などではなく、金貨


「ドラガァァアン!! 母を返せーー!!」


視線を戻した先には、

すでに転移が済み、残滓がうっすらと残っている虚無の空間が広がるだけだった。


逃がさない。


むき出しの執念が本能を刺激し、

空間を掴む術式を無理やり引きずり出す。


人の喉では出せない音が軋んだ。


《ΞДРАКグァ=ルゥГРЯЗЬ‡ΞРАК‖ЦЗ‡ΨШИР‖ΓΔПГЛグルゥ=ザァ=УШマグ仝アЬ》


ズボッ


ルーナはそのまま自らの手を

空間の何もない横合いへと突き出した。

物理的な肉体が、空間を、いや“時空の狭間”を直接掴み取る。


「逃がさない! 絶対に……!!!」


ドラガンの転移先を、狭間の奥で確かに掴み取った。


だが、ルーナはまだ生まれたてと言ってもいい不完全なキメラ。


魔力の制御も、術式の構築も拙すぎる。

掴み取ったという歓喜と、最初から限界突破で放った暴走の末――


(あ……)


脳の回路が焼き切れるような感覚と共に、

世界が暗転していく。

意識が急速にフェードアウトした。


糸が切れたように、地面へと崩れ落ちる。


いつの間にか角も牙も消え失せ

世界を拒絶するように纏っていた漆黒の闇も霧散していた。


後に残ったのは、雷鳴も雨も上がった晴れ渡る青空。

そよ風が髪を撫で、ただ静かな午後の光が

何処にでもいる十五歳の女の子を照らしていた。


静寂――


押し寄せた近衛騎士団と魔術師団の面々は、今しがたの狂気的な魔力に当てられ、腰を抜かして泡を吹いている。


残された数名も、目の前で起きた超常の光景が理解できず、恐怖で直立しているだけの、

哀れな案山子の集団へと成り下がっていた。


どれほどの時間が経ったのか――


重苦しい沈黙のなか、

やっと数名の騎士と魔術師が動き出した。


「な、なっ、なー……あ、あれ、どうする……っ!?」


「そ、それより鎮静だ! 早くッ!」


「あっ、そうだな! 鎮静……っ!違う、自制!」


「他の奴らにも、広域範囲で『自制』『覚醒』『冷静』」


「待て!! 『覚醒』はダメだ!!」


「えっ?」


「……指定範囲はしたか!?」


「あっ…………してない………」


術式はすでに発動していた。

広域範囲のまま放たれた『鎮静』『覚醒』『冷静』の術の光が、

地面に伏していたルーナの身体へも、まっすぐに届いた。


「動ける者は直ちにゲートを解放しろ!! 戻るぞ、戻るんだ!!」


「し、師団長はどうするんですか!?」


「無理だ、死んでる! ほっとけ!!」


「バケモンに構うな! 早くしろ!!」


我先に群がる者たちを飲み込み、ゲートは静かに閉ざされた。




ここまでお読みいただきありがとうございました。

宜しければ、モチベーション維持の為、反応を頂けると嬉しいです。

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