表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/15

1-2檻の中の正の字②

いつもと同じ時間が流れていく──ルーナは静かに頭の中で数字を数えていた。


「……なんで……平気でいられ…るの…? こ、怖くないの……?」


不意に、か細い声が耳に触れた。

ルーナはゆっくりと、声のした方へ視線を向ける。


そして心の中で、問いかけをなぞる。

なんで平気でいられる。

平気に見えるのか。

ルーナは目線を少年に向ける。

13〜15歳ほどの少年だった。


(……新人か)


胸の奥で、短く息が沈む。

この子も、寄りかかる場所を探しているのだろう。

温もりや、守ってくれる誰か。

泣ける場所でもいい。


求める理由は理解できる。

ベンチの端っこに小さく縮こまって、男の子はこちらをちらちら見ている。

髪が短く、目がやけに大きいのが印象的だ。

私に声をかけるなんて、不思議な子だ。

……いや、まだ何も知らないだけの少年か。


「…………」


ルーナは何も言わず、ほんのわずかに体をずらした。

少年とは反対側へ。

距離を取るというより、ドラガンに付け込まれないための反射的な動き。


その動きを見た少年は

「あ、ごめん…なさい…」

少年がしょんぼりと声を落とし、

ルーナはそっと視線を床に落とした。


拒絶したが。

本当は拒絶したいわけではない。


──関われば、この少年が傷つく。


問いに答え、そこから親しくなったとしても、

仮に親しくならなくても私と話したとドラガンが知ったら、

「ルーナのせいで」と言いながら少年が殴られる。


そして少年は、必ず私を憎む。

あの目は、見たくない。


だから、何も言わない。

言えない。


少年はそれ以上話しかけてこなかった。

少しすると、廊下側の空気が変化した。


ルーナは数字から離れ、違う事に頭を働かせ整理を始める。


生き延びるために

今夜の興行のメインは何か。

主役は自分か他の子なのか。

なるべく殴られないように。

関わらなくても済むように。



「いつになったら出れるのかな・・・」少年の独り言。


(逃げることはあきらめた方がいい)

(ただ、生き延びる事は諦めないで)


ルーナは心の中で返答をする。


今までにも、逃げようとした奴隷は何人かいた。

ルーナが覚えている限り、最初は彼女が八歳の頃だ。


足の速い男で、腕っぷしもあった。

その男は隙を見つけ、走った。

1階までたどり着き、出口まであと少し──そこで捕まった。


ドラガンは抑揚のない平坦な声で言った。


「惜しかったよな。あと少しだったのに。」


翌日、房の奴隷達が1箇所に集められた。

例の男は皆の前に引きずられてきたが、

すでにボロボロの上、指は三本、自慢の足は両方とも、あり得ない方向に曲げられていた。

治療など当然されておらず顔色は真っ青で、暑くもないのに大量の汗が噴き出し、声にならないうめきが漏れ、体はガタガタ震えていた。


更にその場で、舌の一部を切られ、さらに爪を剥がされた。

見ていた奴隷が吐けば、吐いたことを理由に殴られる。

嗚咽が出れば「うるさい」と殴られ、

目を逸らせば鞭が飛ぶ。

へたり込めば吊るされる。


ドラガンは笑みを浮かべ、奴隷たちを見渡しながら更に言った。


「逃げたいと思う気持ちは分かる」


その声は、いつもと変わらず平坦だった。


後になって知った。

隙を見せ、脱走を“仕向けていた”のはドラガン本人だった。


──逃げたらこうなるぞ。

──逃げられると思うな。

──逃がすはずがない。


鉄の首輪より重い、心を縛る言葉だった。

まるで『希望なんて捨てろ』と言わんばかりに。


8歳のルーナには、あまりにも衝撃的な光景だった。

そして後に、ドラガンがときどき“貴族の狩り用”として

奴隷を逃がすふりをしていたことも知った。


逃げられると思って走る奴隷たちは、

実際にはただの獲物。


それを理解してから、

ルーナにとって「逃げる」という選択肢は──

正確には存在するが、考えた瞬間に棄却されるものになった。


生き延びる。そして、

母を綺麗な花が咲く場所で眠らせる。


お読み頂きありがとうございました。


宜しければ、モチベーション維持の為、反応を頂けると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ