表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/47

1-2 逃げた奴隷

「……なんで……平気でいられ…るの……?こ、怖くないの……?」


不意に、か細い声が耳に届いた。

ルーナは声の方を見る。

見覚えのない少年だった。


(……新人か)


ベンチの端で小さく縮こまり、こちらを伺っている。

何かに縋りたいのだろう。

その気持ちは分かる。

だからこそ、ルーナはわずかに身体をずらした。

少年とは反対側へ。


「あ……」


少年の悲しみの声が聞こえるけど、

ルーナは床へ視線を落とした。

本当は、拒絶したいわけではなかった。


ただ、ここで繋がれば、この少年は傷つく。

問いに答えて、親しくなれば、


あの男、ドラガンは看守達に『ルーナのせいだ』と言わせる。

殴られた少年は、きっと『お前のせいで』と言う。

だから何も答えない。

少年は、それ以上話しかけてこなかった。

少しすると、廊下側の空気が変わった。


ルーナは数字を数えるのをやめる。

意識を切り替え、今夜を生き延びるための思考に移る。


今夜の興行は何か。

主役は自分か、それとも別の誰かか。


どうすれば殴られずに済むか。

どうすれば余計な関わりを持たずに済むか。


「いつになったら出られるのかな……」


少年の小さな呟きが、静かな控え室に落ちた。


(逃げることはあきらめた方がいい

ただ、生き延びることは諦めないで)


ルーナは心の中で返答をする。


今までにも、逃げようとした奴隷は何人もいる。

ルーナが覚えている限り、最初は彼女が八歳の頃だ。

足の速い男で、腕っぷしもあった。

その男は隙を見つけ、走った。


1階までたどり着き、出口まで――

あと少しのところで捕まった。

ドラガンは抑揚のない平坦な声で言った。


「惜しかったよな。あと少しだったのに」


翌日、房の奴隷達が1箇所に集められた。

例の男は皆の前に引きずられてきたが、

すでにボロボロの上、指は三本、自慢の足は両方とも、

あり得ない方向に曲げられていた。


治療など当然されておらず顔色は真っ青で、

暑くもないのに大量の汗が噴き出し、

声にならないうめきが漏れ、体はガタガタ震えていた。


更にその場で、舌の一部を切られ、さらに爪を剥がされた。

見ていた奴隷が吐けば、吐いたことを理由に殴られる。

嗚咽が出れば「うるさい」と殴られ、

目を逸らせば鞭が飛ぶ。

へたり込めば吊るされた。


ドラガンは薄い笑みを浮かべ、奴隷たちを見渡しながら更に言った。


「逃げたいと思う気持ちは分かる」


その声は、わかるといいつつ感情などなく平坦だった。


──逃げたらこうなるぞ。


──逃げられると思うな。


──逃がすはずがない。


鉄の首輪より重い、心を縛る言葉だった。

まるで『希望なんて捨てろ』と言わんばかりに。

8歳のルーナには、あまりにも衝撃的な光景だった。


ドラガンがときどき“貴族の狩り用”として

奴隷を逃がすふりをしていたことも知った。


逃げられると思って走る奴隷たちは、

実際にはただの獲物。


それを理解してから、

ルーナにとって「逃げる」という選択肢は、

正確には存在するが、考えた瞬間に棄却されるものになった。


生き延びる。


今の彼女は生き延びることを考える。

母を綺麗な花が咲く場所で眠らせるために――


お読み頂きありがとうございました。


宜しければ、モチベーション維持の為、反応を頂けると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ