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1-17レグラン皇国②

扉の傍にいた近侍は、進路を遮るように手を伸ばしかけたが、その手が止まった。

「……バ…バルト殿」

そしてそれ以上、言葉が続かず、背に冷たい汗が伝った。


バルトは近侍を視線だけで退け、まっすぐに竜王を見つめていた。


竜王もまた、かつての頼もしき重臣であり家族同様のバルトをじっと見据える。


気圧されて固まる近侍に向けて、竜王が短く声を発した。

「構わん」


バルトは、ゆっくりと頭を下げながら

「場違いなのは承知でございます。

しかし……お願いいたします。若の事でしたらわたくし目に」


静まり返る室内、竜王の視線が一巡する。

その間に近侍は手早く茶を淹れ、配膳を終えて一歩退がった。


王はその動きを見届け、端的に命を下す。

「近侍、宰相と将軍には別室で待機するよう伝えよ。それと私が呼ぶまで何人(なんぴと)たりとも入室を禁ずる」


近侍はゆっくりと頭を下げ

「御意」の一言と共に扉は閉まった。


竜王は力を抜き先程の親子の会話と変わらぬ雰囲気で少し目元を緩ませ、


「バルト、焦るな、とりあえず2人共座れ。

問題の手紙はまだ開けておらぬ。

とりあえず茶を飲めと言っても無駄な顔だなお主ら」


「年寄りはせっかちですまんの」と

バルトはやっと執務机とは別に置かれた

応接の低い卓へ移りゆっくりと座った。


先ほど近侍を視線だけで退かせた男とは思えぬほどの柔和さがある。


竜王は執務机の上から未開封の手紙を持ち

「……人族からの手紙だ。ラオスの名がある」

何百年ぶりかの人族の手紙、

読み始めてすぐに、

「……ラオスが、番の呪縛を受けた」

一気に執務室が重圧に染まった。


「はっ?…えっ?………じゅ呪縛……番ってあの番の呪縛…えっえっ?…?弟が……?」


「人族がまだあれを使えるのか…!!!」

ギリッと固く手を握り込むバルト


「バルト落ち着け、人族の言葉を真に受けるな」

「……そうですな。あやつらは言葉を操る」


「父上、私は落ち着いています!!

今すぐ、弟を助けに行かねば!!!」


行き良いよく立ち上がった王太子の声は裏返り、そのまま退出しようとしていた。


竜王は静かに片手を上げた。


「……自制」


強い光が王太子を包み、荒れた呼吸がすっと整い、「すみません」と静かに椅子に座り直した。


竜王とバルトはわずかに視線を交わした。

(若いということは、やはり良いものだな……)


「続きだか、正解には、1度発動したが、時間にして1分未満。……すぐ術が切れた所を見ると不完全な1回目だろう。

ラオスはフォルデン王国にいる。

……それと新王が誕生すると書かれてる」


「……お家騒動と若の関係が…」


バルトがつぶやく中、室内には重苦しい沈黙が流れ続ける。

「番の呪縛を受けた」その言葉の重さがどんどん増していく。


竜王は何事もなかったように手紙へ視線を戻し

「番の呪縛に関する全ての権利を放棄するので、今回の発動は他国に内緒にしてほしい。

見返りを求めず、ラオス救出の際には全面協力をする。現王の首を差し出すから、新王の際には……」

思わず黙り込んだ父に対して


「父上、続きは?何と書かれておりますか?」


「関係正常化に向けた対話の場を設けていただきたいと書いておる。」


「関係正常化?対話?頭が腐っておるわ!」

バルトの竜力が再度溢れる。


「父上、対話の場を設けて欲しいというのは、見返りではないのですか?」


「ガオス殿下、あやつらは真実を言うと死ぬ病気にかかる、煩わしい害虫です」


「人族は本当に……自分の立場が理解できていないらしいな要求はすべて却下だ。

人族の願いなど聞く価値もない

……だが、ラオスの居場所は知りたい」


「陛下。情報だけ抜きましょう」


竜王は深く頷いた。

「だが、実際は人族に会わねばならん……竜王、ワシが会おう」


「お主がか?」


「反対にワシ以外におるのか?」


「……」


「竜王、任せて貰うぞ。必ず若を取り戻し、戻ってくる」


「どこで会うのだ」


「妖艶の魔女殿が……確か人族の領域に近い場所に住んでいたはず」


「妖艶の魔女殿か、わかった」


竜王はバルトに許可を出し、人族の手紙を燃やし灰になった―――はずの手紙が、三人の目の前で元の形へと復元した。


「……これだから人族って……嫌い」

思わず溢れた呟き


人族は、竜人の誰かが“必ず燃やす”と信じ、確信していたからこそ、最初から『不死鳥の紙』を使っていたのだ。


その証拠に、こちらが正式なお話です、と書かれた文面。


自分たちの思考を完全に読まれているようで、気味が悪い。


竜王は再生された手紙を広げ、その内容を読み上げた。


「……チッ、本当に忌々しい。ラオスの場所が書かれている。しかも『救出後は、素早くお戻りください』だと。操龍機に関しては妖艶の魔女の領土が近いから、その件もそちらで対応してくれ、と……」


竜王の声が、地の底を這うように低く沈む。


「なんなのだ、人族どもの思考は。本当に忌々しい。武力、魔力、術式、どれをとっても我らに劣る劣等種族のくせに……!」


胸の奥で渦巻く、小馬鹿にされたような屈辱が喉元まで熱くせり上がる。


このまま大龍術式・劫火天葬(ごうかてんそう)を発動し、あの小賢しい人族の国ごと世界地図から消し去りたくなるほどの激昂だった。


部屋の空気が一瞬で干上がり、肌を刺すようなプレッシャーが満ちる。


だが、竜王はすぐに思考を切り替えた。


「バルト、任せてもよいだろうか」


「ハッ! 必ず若を……いえ、ラオス殿下を救出いたします」


間髪入れず、王太子が前に出た。

「父上、私もバルト殿と……」

「駄目だ」

冷徹な一言が、王太子の言葉を容赦なく叩き切る。


ガオスは言葉を失い、行き場をなくした拳を震わせるしかなかった。


「ガオス殿下、必ずワシがラオス殿下と一緒に戻ってまいります。ワシを信じてくだされ」


「……わかったよ。悔しいけど、僕じゃ足手まといだ」


「そんな事はございませんが、貴方は次代の王。我々を使うのが仕事です。

老い先短いワシなら国への影響も少ない。

それに、貴方にはまだ『番』がおりません。ワシにはおります。人族の毒に慣れておらん我が君を、危険に晒すわけにはいかんのです。朗報をお待ちくだされ」


そこへ、竜王が静かに問いを重ねる。


「バルトよ、お主の魔術は、レグランでも1.2を争う。だが、一人で行く気か?」


「いいえ、陛下。2百年前に世界樹の交易祭で

魔女を通して人族と会話をしましたが全くもって人族は油断なりませぬ。ワシとゼン、もう2.3人腕利きを見繕って行きます。念には念を入れて行きますぞ」


「そうか。……ならば、魔女殿への根回しは宰相に任せるとするか」


竜王は手紙をパタンと閉じると、小さく息を漏らした。


「そろそろ別室のあやつらも、痺れを切らして怒鳴り込んできそうだからな」


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