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1-13様々

あの特別な夜から、一夜が明けた。


看守の歩く音。

日の届かない部屋。

隙間なく並んだ正の字。

両手に伝わる椀の温度さえもいつもと同じ。


世界は、すべて“いつも通り”に動いていた。


それなのに──ルーナの胸の奥だけが、昨日とは違っていた。


「……綺麗、だったな」


思い出すのは、あの金色の瞳。

恐怖で目をそらせなかったわけじゃない。

驚きで固まったわけでもない。


あの金色が、あまりにも綺麗だった。


この8年間、綺麗なものに触れる機会なんてほとんどなかった。

だからこそ、あの金色の瞳は胸に焼き付いた。

そして、答えのない"何故”が、静かに積み重なっていく。


ドラガンが六人の看守を瞬殺したのは、

竜人のお披露目をしたかった……?

濁った琥珀色が綺麗な金色に変わった。

私の鎖骨は熱かった事と関係あるのだろうか…あるのだろう…多分


ルーナの思考は、答えのないまま、ぐるぐると回り続けた。


そして、反対側の収容房では──

部下2人とドラガンが静かに階段を降りラオスの房の前に来た。


部下は小さな香炉を両手で抱えている。

小窓から香炉を入れ、蓋を開けると

紫がかった煙がふわりと房の中に流れ出した。


ミラヴォスの変異調合。

竜人の筋力を一時的に奪う、特殊な焚香。


その煙がラオスの房へと入り込んだ、

ラオスの体から、力が抜け落ちていく

ぎし、と鎖がわずかに揺れ、

竜人は沈むように膝をつく。


******


フォルデン王国・王城の執務室では。


国王は、自分の影からの緊急報告を聞いた瞬間、

喉の奥で潰れたような声を漏らし、

手近にあったコップを掴んで壁へ叩きつけた。


ガシャァン――!


女中は肩を跳ねさせ、慌てて退出しようとしたが、国王は荒い息のまま、


「……宰相と、近衛騎士師団長を呼べッ!!」

「は、はいっ!!」


女中は、ほとんど逃げるように執務室を飛び出した。


扉が閉まった瞬間、

国王の怒りはさらに爆ぜる。

王の影は、静かに防音の術式を展開した。


「ばかな、ばかな、ばかな……ッ!!」


怒りと恐怖のままに、

王は、手当たり次第に周囲のものを掴み、

八つ当たりするように床へ投げつけ、

激しく踏みにじる。


「番の呪縛だと!? ふざけるな……ギルフォード……! 」

窓の前をウロウロと俯きながら歩き回り、髪をかきむしる。


「くそ……どうしたらいい……なぜだ……どうしたら……なぜだ、なぜ番の呪縛など発動する! 僕はそんな命令、断じて出していないぞ!」


髪をかきむしりながらウロウロと徘徊する。その背中はあまりにも小さく、惨めだった。

「くそ……どうしたらいい……なぜこんなことに……」


18年前、父の影に隠れ、汚名も罪も全部ドラガンに被せた。

それが当たり前だと思っていたのだ。

その後、ドラガン自らが「あなたに仕えたい」と言ってきたときも、

自分の器ゆえだと疑いもしなかった。


(あっ、……まさか)

唐突に、冷たい悪寒が背筋を駆け上がる。

(死ぬのは……僕なのか?……)

脳裏に、父である先王の、あの遺言がこだました。

『ドラガンを信用するな。必ず殺せ』


******


その頃の執務室の扉の前。

そこには騎士が1名配置され、さほど普段と様子は変わらない。


だが、王付きの女中が蒼白な顔で駆け込んってきたことで、ただ事ではないと悟った宰相は、すぐさまここに到着していた。


「陛下、宰相にございます」

返答はない。


一瞬だけ考え、指輪の石を回転させ、

扉のある1点に視線を移す。


執務室には、防音の術式が張られていた。

(中に『影』がいるな。許可を待つだけ無駄か)


宰相は衣服を軽く整え、静かに執務室へ入室した。


砕け散ったコップの破片。

投げつけられて歪んだ置時計。

吹雪のように散乱した書類。

黒いインクが絨毯に広がり、じわりと染み込んでいく。


どれだけ錯乱したのかが、一目でわかる惨状。


宰相が入室したことすら気づかない国王の口から、「くそ……番の……成功したら……どうすれば……」と、なおも途切れ途切れの譫言うわごとが漏れ続けている。


部屋の隅には、防音の術式を張った “王の影” が、微動だにせず立っていた。


宰相は散乱した書類を踏まぬよう慎重に歩み、深く頭を垂れた。


「……陛下。お呼びにより、参上いたしました」


窓際で俯き、徘徊していた国王が、弾かれたように顔を上げた。

その瞳には、むき出しの怒りと共に、

まるで迷子の幼子が親を見つけたかのような安心感が混在していた。


「宰相……ギルフォードが……番の呪縛を……成功させた……っ!」


宰相の表情が、一瞬だけ固まる。


「……っ、番の……呪縛……? ギルフォードが……?」


思考が一瞬だけショートする。

だが60代半ばの老練な男は、

すぐに呼吸を整え、

声を礼節ある調子へ戻した。


「陛下。その情報は……“王の影”からの報告に、間違いございませんか?」


国王は震える声でうなずく。


「ああ……影ではない、“王の影”だ。

 “成功した”と……そう報告があった……」


宰相は国王の返答を聞きながら、

ゆっくりと視線だけを部屋の隅へ向けた。

ただ“存在している”だけの王の影がいた。


陛下に尋ねるより、影に聞いた方が早い。

宰相は静かに影へ向き直った。


「王の影。

確認する。

本当に……番の呪縛が“成功”したのか」

「……いえ。“発動”しました。」

「……発動、ということは……」

「“成功”かは、現時点では判別できません。」

影は短く答えた。


宰相は息を呑み、

国王が先ほど口にした“成功”という言葉が、

どれほど軽率で、どれほど危険かを痛感する。


──やはり、この方はどこまでも愚王。

  先王なら、こんな判断は決して……。


「……そうか……発動したのか……」

宰相のその声は、18年前の惨劇を鮮明に思い出させた。


「宰相……急げ! もう一度やるんだ……!異世界召喚をやるんだ!

このままじゃ国がいや僕が死ぬ……!」

叫びは震え、王が抱え続けてきた“恐怖の芯”が露わになる。


宰相は深く息を吸い、王の問いには答えず、影へ向き直った。


「王の影。

番の呪縛を“成功”させるまでの猶予は、どれほどだと見る」

「動きがあります。

最短で五日。遅くても十日後には。」


宰相の背筋に、冷たいものが走る。

その言葉を飲み込むより早く、国王が叫んだ。


「五日だと!!! さ、さ、宰相!!

  急げ急げーーやるぞ!」


「王よ、落ち着いてください。

“発動”と“成功”は……まったくの別物です。」


「何が違うというのだ!!」


宰相は、言葉に鋭さを宿す。

「発動とは…“制御できていない”ということ。

成功とは…“制御下に置けた”ということ。

この違いを取り違えれば……国が滅びます。」

「うるさい! 対抗できるのは聖女だけだ!!」

国王の叫びは、

ただ恐怖と焦りに取り乱しただけの、

中身のない繰り返しに過ぎなかった。

宰相は目を伏せ、静かに言葉を継ぐ。


「18年前も“召喚そのもの”はできました。

異世界召喚は発動したのです。

しかし来たのは……

聖女ではなく、異世界の魔獣でした。

成功はしておりません。」


国王は黙って宰相をにらみつけたが、

宰相はその視線を受け流し、淡々と続けた。


「あの惨劇で確定したのは、やはり軸が合わぬ限り、呼べるのは聖女ではなく“厄災”という事。

召喚紋も本来なら怪しい。

やはりどう足掻いても、不可の――」

「今やらずに、いつやるというのだ!!」

国王は顔を真っ赤にし、喉を震わせて被せてきた。

「18年経っても『軸』を合わせれないと!? もういい、四の五の言うな! やれ! 命じる、異世界召喚を執り行え!!」


「不可能です。異世界召喚は最高位の禁術。軸と召喚紋を管理する保有国同士、ひいては諸外国の合意なき単独召喚など、理が許しません!」


「軸さえ……軸さえ手に入ればできるはずだ!」


「軸は、他国管理。それは王よ!貴方様が1番理解している事でしょうが!!

仮に他国が単独召喚したなら、それは我が国の!貴方の頭の中にある!発動紋が盗まれた事になるのです!!」


狂乱する王の言葉に、ついに宰相の堪忍袋の緒が切れた瞬間だった。


「ぐぬぬぬぬぬ……!」


国王は、うなり声を上げ、剥き出しの事実を突きつけられた屈辱と恐怖のままに、

辛うじて机の上に残っていた重厚な辞典を掴むと、全力で宰相へと投げつけた。


宰相は軽く身をずらして避け、

乱れた衣服を整えながら、一呼吸置き静かに言った。


「……ほかの方法を考えましょう。」


その言葉が落ちた直後、

部屋の外からノック音が響いた。

王はその音に、溺れる者が浮き輪を見つけたように顔を上げた。

「入れ!」

だが、その声は外には届かない。

“王の影”が張った防音術が、まだ展開されたままだ。


少し間を置いて、

今度は 先ほどより強めのノック音 とともに声が響いた。


「陛下! お呼びと伺いました!」


――聞こえていないのだ。


宰相は一瞬で理解した。

影も同じく察したのだろう。

わずかに顎を引き、静かに片手を上げる。


空気がふっと揺らぎ、術式が解けた。


「……解除しました。」


王は勢いよく叫んだ。

「入れ!」


扉が勢いよく開く。

“現・王直属近衛騎士師団長”が入室した。

胸を張り、どこか誇らしげに頭を下げる。


「お呼びとあらば、いつでも参りますぞ、陛下!……本日は、何か良き知らせでも?お力になれることがあれば何なりと!」

師団長は満足げに顔を上げ、

一歩踏み入れたところで――


床一面に散らばる書類やインク壺などの惨状に気づいた。

「……ん?こ、これは……陛下の深いお考えあってのこと……で?」


宰相は心の中で静かにため息をついた。

(……本当に、気づくのが遅い)


影は無表情のまま、師団長の入室を淡々と見ながら、すぐさま防音術を再展開させた。


「師団長! 異世界召喚を行うぞ!!」

王は、味方である師団長に勢いよく叫んだ。


「……異世界……召喚……」

18年前の惨劇が脳裏をよぎるとともに、かつて自分を無能の役立たずと罵った男、ドラガン・ギルフォードの名が、苦い記憶とともに生々しく蘇った。

お読み頂きありがとうございました。

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