1-11明かされる過去②
ドラガンは先程カイに言った王になると言う言葉に苦い物を感じながら、自分の過去を思い出していた。
―――
磨き上げられた大理石の部屋に、赤いビロードの絨毯。
光を反射する甲冑の列。眼前にいるのは、数多の貴族たち。
そして、光り輝く玉座の斜め前――そこに立つのは31歳の“若き日の自分”
王直属近衛騎士団・師団長
ドラガン・ヴァルハイト・フォン・ギルフォード
25歳の頃、
剣、術式、戦略思考、人望、どれを取っても同僚の中で、頭ひとつ、いやふたつ抜けていた。
その実力を見込まれ、先王により師団長へと抜擢された。
先王を守ることが誇りだった。
6年にわたる忠勤は、
先王の”目に狂いはなかった”と周囲にも証明していた。
だが、31歳の時に歯車が狂い始める。
先王は生前退位を選び、若き王に王位を譲る決断をした。
死後に貴族たちに食い荒らされるより、
後ろで目を光らせ、可愛い息子を支え、
息子の治世を穏やかにしたいという親心から。
それをドラガンにも当てはめた。
本来なら近衛騎士団を退き、
その後将軍としての出世コースを進むはずだった。
だが、先王に「若き王を頼む、余からの…最後の願い…」
と言われ、迷いに迷った末、ドラガンは決めた。
――この若き王を守ることこそ、先王のためであり、国のためでもある。
こうして、王直属近衛騎士団・師団長として留まった。
翌年――ドラガン32歳
27歳の若き王と副師団長が”やらかした”。
父とも言える先王が立派すぎた。
賢王と呼ばれ続け、譲位した後でさえ、その威光は衰えなかった。
背中があまりにも大きすぎて、若き王は耐えられなかった。
「焦らずに」「今は先王様もご健勝です」
「陛下の治世は始まったばかりです」
周囲のやさしい言葉を、
“比較されている”“陰で笑われている”と穿って受け取り、疑心暗鬼に沈んでいった。
所詮その程度の器。
元から愚王であり、
父である王はそれを見抜いて
生前退位したのだ。
そして短絡的な思考のまま、
禁術の異世界召喚―聖女へと手を出した。
召喚成功実績と“聖女”という手札さえ手に入れば、自分の王政は盤石になる。
父である先王にも褒めてもらえる。
ついでに聖女を側妃にすれば、欲も満たされる。三拍子どころか四拍子揃った“完璧な計画”
それを本気で信じていたと聞いた時には、思わず剣を抜きかけた。
当然の結末―――召喚失敗。
当たり前の答えが出た。
他国が管理している軸も、召喚紋も揃わないまま成功すると思う方が馬鹿げている。
失敗し召喚されたのは、聖女どころか
知性ある人や亜人、獣人でもなかった。
知性なき異界の魔獣。
垂れ流しの厄災そのもの。
優秀な魔術師たちが張った城の結界のおかげで、最終的に城外への被害は防がれたものの、
魔術師 25名
教会関係者 37名
ドラガンの部下 28名
総勢90名が死亡。
さらに重傷・重体者は60名以上。
一瞬にして、城は“落ちた”も同然だった。
その犠牲によって、異界の魔獣討伐は、成し遂げられたが、代償があまりにも大きかった。
若き王は、恐怖と混乱で立つことすらできず、父と玉座の影で膝を抱えたまま震えているだけだった。
先王は“賢王”の手腕を、最後の輝きと言わんばかりに発揮しこの醜悪を隠蔽した。
そして、騙し討ちのように
召喚に反対していたドラガンへ、
全ての罪を貼り付けた。
異世界召喚の“異”の字すら感じさせないために
「ドラガンが主体となって進めた国家転覆計画」という物語が作られた。
若き王に反抗心を抱き、王位を狙った――
そんな“大衆受けする物語”だった。
ドラガンが優秀すぎたゆえに、皮肉にもこの物語を貴族も民も疑いなく信じた。
民はここぞとばかりに石を投げ、唾を吐き、罵声を浴びせた。
先王は、大罪人の家族と言う理由で、
罪など何一つない妻子の名誉も尊厳も奪い、
惨い処刑方法で殺し、躯を放置した。
更に、ドラガンもドラガンの妻も実家の爵位は低くないため、王は一族誅殺で処刑する道を選んだ。
怪我を負った部下たちでさえ、治療されることなく殺された。
誰かを逃がせば、必ず誰かが気づく。
疑う者が出る。
真実に触れる者が現れる。
隙を作らせない。
“国家転覆”という物語を完璧に仕上げるために。
先王がここまで徹底的にした理由―――
異世界召喚は、一国が勝手に実行していい術ではないからである。
諸外国の満場一致の承認と、
3大国が管理している“召喚紋”や“軸”が揃ってようやく成立する秘術。
行う場所すらも本来なら秘匿されている。
それを一国が無断で行ったと世界に知れたら、国が終わる。
秘密を守るためなら、若き王の治世の為にどれほどの犠牲も厭わない。
徹底して粛清を行った。
ドラガンは裁判もなく絞首台に上がる所を、
生き残った部下たちが、
わずかな隙を見て逃がしてくれた。
部下たちの覚悟を受け取った瞬間、
考えないようにしていた疑問が
形を持って胸の底へ沈んだ。
私一人が死ねば済む話だった。
召喚失敗――理由が理由だ。
誰かが罪を被らねばならないのなら、
私が選ばれるのは当然だ。
極端な話、
「国のために死んでくれ」
その一言があれば、私は従った。
だが先王は――
一族誅殺を選んだ。
妻子まで巻き込んだ。
我が妻子を逃がすことなど、賢王には容易かったはずだ。
平民に落とすだけで救えた命だ。
あれほどの仕打ちをする必要などない。
そこまでしなければ隠せない秘密なら、
それはもう“王の理”ではない。
ただの耄碌した老害だ。
闇に紛れて王城へ戻ったのは、私自身の判断。
勝算はあった。
若き王は私の姿を見るなり、驚愕して腰を抜かし、
「殺さないでくれ……」
と、涙をこぼしながら見苦しい土下座した。
私は、ただ静かに頭を下げた。
「王に反対した私が悪かったのです。
どうか……もう一度、私をお使いください。」
そう言うと、私は、自らの頬に刃を走らせた。
二度と表舞台には立たない――その覚悟を示すために。
若き王は震えながら言った。
「……父に……父に聞かないと……」
「王よ。では、今からいかがでしょうか?」
「い、い、今は……夜も遅い。朝議の後にでも……」
「はい、王よ。私はとても優秀です。
今度こそ、あなた様のお役に立ちましょう。あの力は、ぜひあなた様が手にするべきものです。」
笑みを浮かべ優しく言った。
異世界召喚そのものは間違っていないと、念まで押した。
翌朝。
身支度に入った女中が、先王がすでに事切れていることに気づいた。
御医の診立てでは、
「ここ最近の過労が限界だったのでしょう。暗殺の痕跡はありません」
王城に“先王崩御”の報が走った。
若き王は、混乱するしかなかった。
先王を殺したのはドラガンか、いやそんな時間はない。
なぜならドラガンが王城を去った直後、
若き王はすぐに父のもとへ向かい相談していたからだ。
その場で先王は、苦しげに咳き込みながらも息子にこう告げた。
「ドラガンは必ず殺せ」
「絶対に奴を信用するな」
先王は気づいていた。
今回の件で一気に敵を作りすぎたことを。
自分の身体を内側から急速に
蝕んでいってる“変調”の正体にも。
「御医も、女中も文官も全員を疑え」と教えたところで、
この愚かな息子に対応できるはずもない。
なら知らぬ方が……。
だからこそ先王は多くを語れず、「ドラガンだけは殺せ」と残した。
賢王と呼ばれた男は、息子への愛を取り違え、
忠臣を切り捨て、国の生末を駄目にした。
自分が築き上げてきた栄光と生がどんどん零れ落ちる中、
「やりすぎたか…」と最後に絶望と諦めの中
誰にも看取られず、死ぬしかなかった。
死んだ者たちは、孤独ではない。
残された家族がいた。
友がいた。
恋人がいた。
仲間がいた。
そして、どれほど隠そうとも
真実を知る者は一定数いる。
あの出来事で多くの人が死に、
あるいは動けなくなったことで、
城内は新しく雇われた者たちで溢れかえり
昔からいる者も当然いるが
城は、静かに、確実に“敵”で満ちていく。
全員が、心の底で若き王を恨んでいる。
そして、その若き王を庇い続けた先王をも。
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