1-10 男の嘘
これでようやく、落ち着いて考え事ができる――はずだった。
だが、コンコン、と扉を叩く音がその静寂をあっさり壊す。
イラッとした自分に、ドラガンは思わず苦笑した。
(……俺もまだまだだな)
顔を上げると、そこに立っていたのは人狩り集団“グリムクロウ”の頭、カイ=グロウ。
「旦那、おめでとう。バケモンが誕生したなぁ」
ドアに寄りかかりながら、パチパチと軽く拍手してくる。
「……今は忙しい」
ドラガンは引き出しから革袋を取り出し、無造作に投げた。
「しばらくはそれで遊んでろ」
カイは金貨の重みを楽しむように袋を揺らし、勝手に椅子を引きずってドラガンの前に。
「いやー、見事だったぜ、地下3階の女。ルーナちゃん?あれはもう、立派なバケモンだ」
ドラガンは沈黙を貫く。
「竜力をあの距離で食らって、あの反応だぜ?普通じゃねぇよ、ありえねぇ」
その言葉に、ドラガンの眉がわずかに動いた。
「なぁ旦那。あんなバケモン作って、何を目指してんだ?
俺はどこまでついて行けばいいんだ?
……まぁ、金次第か!?」
「お前は――何を感じた?」
「ん?」
「今日の一部始終を見て、だ。何を感じた?」
「何って……竜力を結界の外で食らって死を覚悟したんに、ルーナちゃんが普通すぎて混乱してる最中」
「……そうか」
「で、ルーナちゃんを使って、あの竜人を制御するつもり?」
「お前以外に、ルーナが“鍵”だと気付いたのは何人だ?」
「うーん……多くて2、3人かなぁ?」
「ほとんどが竜人の殺戮ショーと竜力にビビってて、ルーナちゃんのことなんて見ちゃいねぇよ」
「そうか……2、3人か」
「あぁ。動いた飼い犬は多かったけど、ご主人様にルーナちゃんのことを報告できる犬は少ねぇ」
「……王の影は?」
「えっ、王の影いた? へぇー、全然わからんかった。まぁ、あのクラスならルーナちゃんに気付いたと思うけどね」
「あと、ここにいたあの女。あれ誰?」
「……」
「トカゲさん欲しさに、平然と魅了術ぶっ放す怖い女。後ろ姿しか見えなくて、護衛も見たけど、正体わからなかったんだよね」
「オルステイン帝国の……4番目の姫だ」
「わぁお。帝国のお姫様かー。しつこそうだなぁ、しかも帝国って……めんどい話になりそうだねぇ」
「これから忙しくなる。お前はルーナを見てろ。知りたいことが――特等席で見られる」
カイは、まるで別人のような静かな目でドラガンを見つめていた。
さっきまでの軽口が嘘みたいに、空気が冷える。
「旦那。答えは? ……どこまで支払ってくれるんだ?」
ドラガンは鼻で笑った。
「私が王になるまでだ」
「ふーん……」
「依頼金は給与に変わる。師団長クラスなら、金は悪くないぞ」
もう話は終わりだと言わんばかりに、ドラガンは手をひらひらと振る。
(……これ以上は踏み込めねぇか)
「小遣いありがと。人が欲しい時はいつでも言って。攫ってくるから」
カイが去り、扉が閉まる。
その瞬間、部屋の空気が一気に静まり返った。
“王になる”――自分の口から出たその言葉が、頭の中で渦を巻く。
ボキッ。
ペンが折れる乾いた音が、やけに大きく響いた。
言うたびに胸の奥がざわつく、この言葉。
王……
くだらぬ。
王の冠も、王座も、そんなもの――いらぬ!
カイは廊下を歩きながら、鼻歌まじりに思考を巡らせていた。
(嘘ばっかりじゃん。俺が師団長? くだらねぇし、そんなの欲しくねぇ。
王になる?ナイナイ。旦那のあの目に、夢の色も熱もねぇのはわかるよ
いや〜、あれはどう考えても違うねぇ。
何かが噛み合ってない……金か? んーーー)
ふと立ち止まり、肩越しに後ろを見やる。
「……逃げる準備はしとくか。生きて楽しむのが俺の流儀だし」
享楽と生存を優先するカイは、
“潮時だ”と告げる自分の直感に従うのだったが、「ギリギリまで居てやるよ旦那」そのつぶやきは静かに消えていった。
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