表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神速の陰陽師 〜ロンドン事件簿〜  作者: 風花
第二十一章:サンフラワー・ラプソディ ―愛され少年の庭と、鉄屑の変奏曲―
99/115

土御門の「闇」を断つ双音

 アイランドブルーのミニ・クーパーが、土御門の領域を抜ける山道へと差し掛かった。車内には、アリスが選んだアールグレイの香りが微かに漂い、エンジンの重厚な低音が心地よいリズムを刻んでいる。

 後部座席では、最初は「異国の鉄の箱」を警戒していた妖怪たちも、その滑らかな揺れと、何より蓮真の隣という幸福感に、毒気を抜かれたように静まっていた。

「……意外と、悪くない音ね。この鉄屑も」

 蓮真の肩に頭を預けた白妙が、窓の外を流れる緑を眺めながら小さく呟く。


 だがその時、朔夜の眉が鋭く跳ね上がった。

 バックミラー越しに、道路の脇に立つ数人の「影」を捉えたからだ。

「……サクヤ」

「ああ、分かってる」

 アリスの警告を待つまでもなく、異様な「静寂」が辺りを包み込む。それは、自然の音を無理やり押し殺したような、土御門の古い術式特有の「拒絶」の響きだった。

 キィィッ、と甲高いブレーキ音を響かせ、朔夜はミニを停車させた。

 行く手を阻むように立っていたのは、墨色の法衣を纏った土御門の長老衆の使い――「掃除屋」たちだった。

「朔夜様、戻られましたか。……ですが、そのような不浄な機械に、次代の希望である蓮真様を乗せるなど、言語道断」

 中心に立つ男が、冷徹な声で告げる。

「その異端の女と、下卑たあやかしどもを今すぐ排除なさい。さもなくば、この場で蓮真様を『保護』し、その鉄屑を砕くことになります」

 男が印を結ぶと、ミニの周囲に重力のような不可視の圧力がかかり、車体がギシリと悲鳴を上げた。

「なっ……! 待って、僕が勝手に乗せてって言ったんだ! 兄さんは悪くない!」

 蓮真が慌てて身を乗り出すが、長老たちの術式は容赦なくその声を遮る。

「……シャァァァッ!! 蓮真様に指一本触れてみなさい、この古臭い紙切れ共が!」

 小鞠が影の中から爪を出し、白妙の周囲の空気が一気に氷点下まで下がる。一触即発の事態。


 だが、その嵐の中心で、朔夜はただ静かに、そしてゆっくりと運転席のドアを開けた。

「……蓮真、窓を閉めてろ」

 朔夜が車外へ出ると、その足元から地面が微かに震えた。

 以前の彼なら、この挑発に対し、ただ相手を破壊するための暴力を叩き込んでいただろう。しかし、今の彼から放たれるのは、アリスの「調律」によって研ぎ澄まされた、圧倒的な『拒絶への拒絶』だった。

「不浄だと? ……こいつは、俺がロンドンで守り、アリスが音を整え、この場所まで全員を運んできた『家』だ」

 朔夜が一歩踏み出す。その瞬間、彼を中心に鉄の鳴動のような凄まじい波長が広がり、長老たちの術式を紙切れのように引き裂いた。

「俺の大事な家族の時間を、その腐った規律で土足で踏みにじるな。……それ以上動くなら、土御門の歴史ごと、その喉笛を叩き潰すぞ」

 「鉄屑」と蔑まれた男の背中。

 それは、妖怪たちの目には、これまで一度も見たことがないほど強固で、そして気高い「守護者」の姿として映った。

「……少しは言うようになったじゃない、土御門の死神」

 白妙が、ミニの窓越しに不敵な笑みを浮かべる。彼女の放つ冷気が、朔夜の鉄の音と見事な共鳴ハーモニーを見せ、掃除屋たちの動きを完全に封じ込めた。かつては忌み嫌って呼んでいたその二つ名が、今はどこか頼もしい響きを持って山間に溶けていく。

「ひ、退け……! この男、以前とは格が違う……!」

 圧倒的な「圧」に押され、掃除屋たちは蜘蛛の子を散らすように山林へと消えていった。


 静寂が戻る。

 朔夜は乱れた呼吸を整えることもなく、何事もなかったかのように運転席に戻った。

「……悪いな。少し揺れたが、車体は無傷だ」

 バックミラー越しに目が合う。

 白妙は顔を背けたが、その瞳にはもはや「嫌悪」の色はなかった。小鞠もまた、蓮真の膝の上で小さく尻尾を揺らしている。

「……朔夜兄さん」

 蓮真が、誇らしげに兄を見つめる。

 アリスがそっと、朔夜の手の上に自分の手を重ねた。

「いい音でしたよ、サクヤさん。……さあ、行きましょう。皆さんが待っている『目的地』へ」

 アイランドブルーのミニが、再び力強く走り出す。

 かつて死神と恐れられた兄と、彼を認め始めた妖怪たちを乗せて。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ