ミニ・クーパーの「聖域」と、座席争奪戦
土御門の屋敷の玄関先に、アイランドブルーのミニ・クーパーが静かに鎮座している。
朔夜が運転席のドアを開け、エンジンを始動させると、重厚かつ軽快な「四輪」の鼓動が、古風な庭の空気を震わせた。
「アリス、乗れ」
朔夜が助手席のドアを開け、当然のようにアリスを導く。アリスは「ありがとうございます」と微笑み、彼の隣という定位置に収まった。
問題は、その後ろだ。
「さて、蓮真。……お前は後ろだ。大人しく座ってろ」
朔夜の指示に、蓮真が「うん!」と無邪気に乗り込もうとした瞬間、背後で三対の鋭い視線が光った。
「待ち合わさい。……何ですの、この異国の奇妙な鉄の箱は。窓も小さく、中も見えぬ不気味な空間……」
白妙が、白銀の尾を警戒心露わに逆立て、ミニの車体を睨みつけた。
妖怪たちにとって、朔夜がロンドンから持ち帰ったこの車は、未知の術式が組み込まれた「得体の知れない檻」に等しい。かつての朔夜が振りかざしていた無機質な暴力性を連想させるのか、小鞠も雫も、最初は一歩引いてその「異音」を測りかねていた。
「兄さん、これに乗ってお出かけするんだよね? すごいなぁ、中がとっても綺麗だ……!」
しかし、蓮真が目を輝かせて後部座席に滑り込むと、状況は一変した。
彼が座った瞬間、その「不気味な箱」は、彼女たちにとって「蓮真を閉じ込める密室」であり、同時に「蓮真に密着できる唯一の移動聖域」へとその価値を跳ね上げたのだ。
「……なっ! 待ちなさい蓮真様、そんな怪しげな鉄屑に一人で……! わたくしも参ります!」
「ずるいですわ白妙様! 狭いところなら、猫のわたくしの方が適任です!」
「雫だって、この中で蓮真様をお守りします!」
先ほどまでの警戒はどこへやら、三人は後部座席のわずかなスペースを巡って、実体化の火花を散らし始める。
「……おい。勝手に盛り上がってるところ悪いが、ここは俺の『領域』だ」
運転席から朔夜が冷徹な声を響かせ、車外に出て後部座席のドアを抑えた。
「蓮真の隣に座りたきゃ、霊体を実体化させすぎるな。ミニのサスペンションが悲鳴を上げる。それから、シートを爪で引っかけたり、水浸しにする奴は即、叩き出す」
「……なっ、この鉄屑の分際で、わたくしたちに指図を……!」
白妙が憤慨するが、今の朔夜はただ力でねじ伏せるのではなく、この「ミニ」というシステムを守る主としての絶対的な理性を纏っていた。
「これは『四輪』だ。二輪とは違う。速度やスリルじゃなく、安全に、快適に、全員を運ぶための道具だ。……そのルールが守れない奴は、置いていく。アリスを不快にさせる奴もな」
助手席からアリスが振り返り、困惑する妖怪たちに穏やかに微笑みかける。
「白妙さん、小鞠さん、雫さん。サクヤの言う通りです。この車の中は、今、彼が調律し、守っている大切な場所。……蓮真くんと一緒に、新しい音を楽しんでみませんか?」
アリスの調律された声が、車内の機械音と混ざり合い、未知の機械への恐怖を好奇心へと変えていく。
妖怪たちは顔を見合わせ、毒気を抜かれたように肩の力を抜いた。
「……フン。貴方のルールに従うのではないわ。蓮真様が、その箱に乗りたいと仰るから、付き添って差し上げるだけよ」
白妙が、プライドを保つための理屈を並べながら、霊体を希薄にさせて後部座席の左側へ。続いて小鞠が蓮真の膝の上を死守し、雫が右側の席へ収まった。
窮屈な、だがかつてないほど濃密な「和音」を乗せて、アイランドブルーのミニがゆっくりと動き出す。
バックミラー越しに、蓮真の笑顔と、不機嫌そうに、けれどどこか居心地の良さを感じ始めている妖怪たちの姿を見て、朔夜は隣のアリスと視線を合わせ、小さく口角を上げた。




