土御門の晩餐 ―溶け合う音と真夏の再会―
蝉時雨が痛いほど降り注ぐ土御門の屋敷。その奥にある広々とした畳敷きの居間に、三人は通された。
開け放たれた縁側からは、手入れの行き届いた庭園が見え、そこには日本の夏を象徴するような向日葵が重たげに首を垂らしている。
母・百合は、アリスとエレーナを珍しがるというよりは、朔夜が連れてきた大切な客として、精一杯の持てなしで迎えた。
食卓に並んだのは、繊細に盛り付けられた京料理の数々。冷えた素麺、出汁の効いた煮物、そして蓮真が「兄さんが好きだったから」とわざわざ用意させた、鮎の塩焼き。
「……こんなにたくさん、ありがとうございます。とても……温かくて、深い愛の音がするお料理です」
アリスが箸を不器用ながらも使い、一口運ぶごとに微笑む。その仕草一つひとつに、屋敷の重苦しい規律に縛られていた父・風雅の表情も、少しずつ和らいでいった。
「アリスさん、と言ったかな。……不肖の息子が、ロンドンで随分と世話になっているようだ」
風雅が、少し緊張した面持ちで言葉を絞り出す。
「いいえ。……私こそ、サクヤに救われました。彼の音は、暗闇を切り裂く剣のように鋭いけれど、その芯には、誰よりも深い慈しみがあるんです。それはきっと、この場所で育まれたものなのだと……今、分かりました」
アリスの言葉に、風雅は自責の念に駆られたように俯き、百合は再び目元を拭った。
そんなしんみりとした空気を切り裂いたのは、朔夜の隣を離れようとしない蓮真だった。
「ねえねえ、兄さん! ロンドンではどんな生活をしてるの? やっぱり魔法使いとか怪異とか、バンバン倒してるわけ? このアリスさんも、実はすごい魔女だったりするの?」
蓮真は、誰もが羨むような端正な顔を輝かせ、目をキラキラさせて朔夜を質問攻めにする。その繊細な指先で、朔夜の袖をぎゅっと掴む様子は、まるで迷子だった子供がようやく親を見つけたかのようだった。
「蓮真、飯を食え。……まあ、退屈はしない生活だよ。アリスは……俺の、たった一人の調律師だ。彼女がいなけりゃ、俺は今頃ただの鉄屑になってたさ」
朔夜がぶっきらぼうに、けれど確かな信頼を込めて答えると、アリスは顔を赤らめ、蓮真は「へぇー、調律師……。かっこいい!」とはしゃいだ。
一方で、エレーナはすでに百合に懐いていた。
「おば様、この『わらび餅』っていうの、最高に美味しいです! ロンドンでも売れるかなぁ」
「あら、口に合ってよかったわ。エレーナちゃん、おかわりもあるからね」
かつて朔夜が孤独に耐え、絶望のままに去ったこの家。
そこには今、異国から連れてきた愛する者たちと、かつて自分を傷つけたけれど、それ以上に自分を愛し続けていた家族の音が混ざり合っていた。
不協和音は、もう聞こえない。
ただ、夏の夜へと向かう静かな黄昏時の中、新しい家族の形を模索するような、手探りながらも優しい和音が屋敷を包み込んでいた。
「……サクヤ。今の土御門の音、聴こえますか?」
アリスが隣で小さく囁く。
「……ああ。……悪くないな」
朔夜は、庭の向こうに広がる真夏の夜空を見上げ、少しだけ口元を緩めた。




