土御門の門、そして「弟」の襲来
アイランドブルーのミニ・クーパーが、街の喧騒を離れ、鬱蒼とした木々に囲まれた一角へと滑り込んだ。高い石垣と重厚な塀に守られたその場所は、周囲の現代的な風景から切り離されたように、古色蒼然とした沈黙を保っている。
「……着いたな。ここが、俺の生まれた場所……土御門の屋敷だ」
朔夜がエンジンを切ると、車内に残っていた冷気が、外から侵入してきた熱気に一瞬で食いつぶされた。
かつて、呪と規律に縛られ、すべてを背負わされた末に「鉄屑の相棒」と共に飛び出した場所。アリスとエレーナが車から降り立ち、その威圧的な門構えを仰ぎ見る。
「……とても厳かで、でも、どこか深くため息をついているような音がします」
アリスがそう呟き、屋敷から漏れ出す「音」を読み取ろうとした、その時だった。
重厚な門扉が静かに、だが急ぐように開いた。
そこから現れたのは、誰もが思わず息を呑むような、繊細な顔立ちをした美少年だった。中学生になり、以前よりも少し背が伸びたようだが、その透明感のある肌と整った造作は、土御門の家系の中でも際立っている。弟の蓮真だ。
「……兄さん?」
蓮真の声は、夏の熱気に溶けるように優しく、震えていた。
彼は朔夜の姿を認めると、その大きな瞳を潤ませ、壊れ物を扱うような足取りで駆け寄ってきた。
「兄さん、本当に……本当に帰ってきてくれたんだね。ずっと、ずっと待ってたんだよ」
蓮真は朔夜の腕にそっと触れ、その存在を確かめるように縋りついた。彼が醸し出す「愛されキャラ」特有の純粋なオーラは、殺伐とした過去を持つ朔夜の心さえも、ふわりと解きほぐしていく。
「おい、蓮真。……少し見ない間に、随分と面が良くなったな。相変わらず、学校の女子が放っておかないだろ」
「そんなのどうでもいいよ。兄さんがいない間、寂しかったんだから。……あ、それで、この可愛い車が……」
蓮真は朔夜の胸元に顔を埋めていたが、ふと、兄の背後に立つ二人の存在に気づき、動きを止めた。
金色の髪をなびかせた神秘的な美しさを持つアリスと、興味津々な様子で自分を見つめるエレーナ。蓮真はその繊細な感性ゆえに、アリスから溢れ出す「澄んだ音」を瞬時に感じ取った。
「え……あ、あの……もしかして、兄さんの……」
蓮真の顔が、一瞬で真っ赤に染まる。彼は驚愕に目を見開き、その端正な顔をくしゃくしゃにして、屋敷の奥に向かって叫んだ。
「父さん! 母さん!! 大変だよ! 兄さんが――兄さんが、すっごく綺麗な外国人の彼女を連れて帰ってきた!!」
「こら、蓮真! 騒ぐんじゃない!」
朔夜の制止も虚しく、その澄んだ叫び声は、静まり返っていた土御門の屋敷全体に波紋のように広がった。
奥からは、乱れる足音と共に母・百合が駆け寄ってくる。その後ろで、父・風雅もまた、自責と安堵が入り混じった瞳で立ち尽くしていた。
「朔夜……! ああ、本当によく……よく、帰ってきてくれたわ……!」
百合は泣き崩れるようにして、朔夜の逞しくなった両肩を掴んだ。煤けていたはずの頬をなぞるように、その震える指先が彼に触れる。
風雅もまた、長老たちの視線など気にせず、息子が連れてきた「新たな音」の源であるパートナーと、その相棒である青い車を真っ直ぐに見据えた。
「……済まなかった、朔夜。私は、またお前にすべてを背負わせた。だが……よく帰ってきた。お前が選んだその『音』を、今日こそ、私たちに聴かせてくれ」
夏の熱風が吹き抜け、向日葵が揺れる。
繊細な弟の涙と、母の愛、そして父の謝罪。
止まっていた土御門家の時間が、アイランドブルーのミニを囲むようにして、新しい和音を伴って再び動き始めた。




