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神速の陰陽師 〜ロンドン事件簿〜  作者: 風花
第十七章:アカデミー ―学び舎の五芒星―
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静寂のライセンス

 音楽室での一件から一週間。セント・ジョンズ・アカデミーを包む空気は、以前とは決定的に異なっていた。

 あの日、阿鼻叫喚の音楽室で暴走する音楽主任を「印」一つで鎮め、怪異を打ち払った朔夜の姿は、尾ひれがついて学園内に広まっていた。

「ねえ、あの方よ。ミルトン先生を救ったっていう……」

「東洋の、伝説の陰陽師エクソシストでしょう?」

 エレーナを迎えにハヤブサで乗り付けた朔夜を、遠巻きに見守る生徒たちの視線は、もはや蔑みではなく、底知れぬ畏怖と好奇心に満ちていた。サインを求める者こそいないが、彼がバイクから降りるだけで、周囲にはモーセが海を割るような道が開く。

「……不愉快だ。視線の律動が乱れすぎている。ここは見世物小屋か」

 朔夜はヘルメットを脱ぎ、短く吐き捨てた。彼にとっては、規律を乱す「障り」を排除しただけの話だ。異国の術師として英雄視されるなど、計算外のノイズでしかない。

「ふふ、いいじゃない。サクヤが『正しく』動けば、結果はいつもこうなるんだから」

 アイランドブルーのミニから降りたアリスが、当然のことのように微笑んだ。彼女にとって、朔夜が世界の歪みを正すのは見慣れた光景であり、今さら驚くようなことではない。

「でも、これだけ噂になっちゃうと、これからは少し動きにくくなるかしらね? 私の耳には、サクヤに助けてほしいっていう生徒たちの『心のノイズ』が、もういくつも届いているわよ」

「……買い被りだ。俺はただ、俺の規律に従って不文律を断っただけだ。相談役になるつもりはない」

 そこへ、エレーナが友人たちを引き連れて、弾むような足取りで駆け寄ってきた。

「サクヤ! あのね、ミルトン先生、退院したんだよ。まだ休職中だけど、すごく穏やかな顔で『あの時の術師に、命を救われたと伝えてくれ』って言ってたって!」

 エレーナの言葉に、朔夜は眉一つ動かさなかった。


 ミルトンから「澱」は消えたが、彼が失った信頼や、己の傲慢さと向き合う時間はこれからだ。それは朔夜の陰陽術が干渉すべき領域ではない。

「……行くぞ、エレーナ。ここは少し、騒がしくなりすぎた」

 朔夜はエレーナにヘルメットを被せると、ハヤブサに跨がった。

 校舎の窓からは、今も多くの生徒たちが彼を見下ろしている。中には、朔夜の立ち振る舞いに憧れを抱き、あの日彼が結んだ「印」を真似しようとする男子生徒たちまで現れ始めている始末だった。

「サクヤ、次はいつ来るの? みんな、サクヤに悩み事を聞いてほしいみたいだよ!」

「……二度と来ない。次は、もっと目立たない場所に停める。アリス、離脱するぞ」

「あら、そう言わずに。……また明日も、エレーナを迎えに来るんでしょう?」

 アリスがいたずらっぽく笑い、ミニのエンジンをかけた。

 ハヤブサが重厚な排気音を轟かせ、校門を後にする。ミラー越しに見えるアカデミーの学び舎は、再び正しい規律を取り戻し、静かな夕景の中に沈んでいった。

 公道に出た朔夜は、スロットルを静かに開けた。

 彼を呼ぶのは学位でも名誉でもない。ただ、世界のどこかで発生しているはずの、次なる「不条理」の予感だけだった。


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