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神速の陰陽師 〜ロンドン事件簿〜  作者: 風花
第十四章:ロスト・レゾナンス ―共鳴の欠落と、繋がる指先―
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虚無への招待状

 ガレージのシャッターが、重々しい音を立てて閉まった。外の世界の喧騒を遮断した空間に、アビゲイルが持ち込んだ一台の端末が、青白い光を放っている。

「――ロンドン郊外にある、旧政府公認のシェルター施設よ。現在は放棄されているはずなんだけど、一週間前から周囲一帯の『音』が消失しているの」

 アビゲイルの言葉に、アリスが小さく息を呑んだ。

「音が消失……エレーナちゃんの時と同じようなことかしら?」

「いいえ。エレーナのケースは、彼女自身の魔力が周囲の音を『拒絶』し、食い潰していたもの。でも今回は違う。……物理的に音波そのものが消滅しているのよ。調査に向かった局の観測班も、入り口に足を踏み入れた瞬間に通信が途絶。一人も戻ってきていないわ」

 朔夜は腕を組み、不快そうに目を細めた。

 技術屋として、そして魔術師として、「物理法則が死んでいる場所」ほど厄介なものはない。

「音波の消滅、か。……要するに、空気が振動しねえってことだな。アリス、お前の力で中の様子を聴き取れるか?」

 アリスは端末のモニターに映し出された、暗いシェルターの入り口を見つめ、集中するように瞳を閉じた。しかし、数秒もしないうちに彼女は顔を蒼白にさせ、自分の耳を強く押さえた。

「……ダメ。何も聞こえない。……静かなんじゃないの。そこには『無』がある。……冷たくて、真っ暗な、底なしの穴が開いているみたい……っ」

 震えるアリスの肩を、朔夜は無言で、だが力強く引き寄せた。

「おい、無理をするな。……アビ、その仕事、俺一人じゃダメなのか。アリスを連れて行くにはリスクが高すぎる」

「残念だけど、今回はアリスの『音感』が生命線になるわ。局の予測では、その施設の最深部で魔術的な特異点――いわゆる『真空の心臓』が脈動している。そこから発せられる、人間には感知できない『逆位相のノイズ』が世界を相殺しているのよ」

 アビゲイルは冷徹な視線で、朔夜とアリスを交互に見た。

「その『ノイズ』を特定し、相殺し返さない限り、シェルターに入った者は全員、心臓の鼓動さえ音を奪われて停止する。……アリスにそのノイズの核を聴き取らせ、朔夜、貴方の雷法で物理的に撃ち抜く。これしか方法はないわ」

 ガレージの隅で話を聞いていたエレーナが、不安そうに朔夜のジャケットの袖を握った。

「……サクヤ、お姉様。行かないで。あそこには、悲しい音さえ存在しない……本当の終わりが待ってる」

 朔夜は、エレーナの頭にポンと大きな手を置いた。

「安心しろ。……俺は壊れた機械を直すのが仕事だ。世界が静まり返って動かねえってなら、俺が火花を散らして再始動させてやるよ」

 そう言って不敵に笑う朔夜だったが、その視線は、隣で震えるアリスの指先を捉えていた。

 自らの孤独には慣れている。だが、アリスという「音」が消えることへの恐怖が、いつの間にか彼の胸の内で、エンジンの熱よりも熱く燻っていることに、彼はまだ気づかない振りをしていた。

「……準備しろ、アリス。俺の背中に、今まで以上にしっかり掴まってろよ。……一秒でも離れたら、今度こそ拾ってやれねえからな」

「……ええ。絶対に離れないわ。……約束よ、サクヤ」

 二人の指先が、装備を整えるための慌ただしさの中で、一瞬だけ強く触れ合った。


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