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神速の陰陽師 〜ロンドン事件簿〜  作者: 風花
第十四章:ロスト・レゾナンス ―共鳴の欠落と、繋がる指先―
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三人の距離感

「……やっぱり、サイドカーはやめだ。どう計算してもハヤブサの性能と辻褄が合わねえ。フレームの剛性バランスが崩れるし、何よりこの流線型エアロダイナミクスに合うサイドカーがどこにもねえんだよ」

 ガレージに、朔夜の投げやりな声が響いた。

 タブレットに表示された設計図を閉じ、彼は愛車の美しいテールカウルを愛おしそうに撫でる。その横では、アリスが苦笑しながらエレーナの髪を編んでいた。

「そう言うと思ったわ。サクヤ、あんなに難しい顔してカタログを見てたのにね」

「……サクヤ、私が後ろに乗るのはダメ? お姉様みたいに」

 エレーナが不思議そうに尋ねるが、朔夜は首を振った。

「ハヤブサのタンデムシートは一人分だ。……三人乗りなんてのは、ここじゃ違法なんだよ。東南アジアの路地裏じゃあるまいしな」

「じゃあ……サクヤ、車は? 車なら、お姉様も私も、サクヤの隣に座れるでしょ?」

 エレーナの無邪気な提案に、朔夜は露骨に顔をしかめた。

「車だと? あんな密閉された箱の中で、タイヤが4つも付いた鈍重な鉄屑を転がせってのか。風も音も、ダイレクトに伝わってこねえ乗り物なんて……」

「あら、でもサクヤ。……エレーナちゃんが言うように、たまには雨を気にせず三人で出かけるのも悪くないんじゃない? あなたの手で、バイクみたいに最高に気持ちいい音を出す車に仕立て直せば……私、あなたの隣でその音を聴いてみたいわ」

 アリスがいたずらっぽく、だが少しだけ期待を込めた瞳で朔夜を見つめる。

 アリスの「隣」という言葉に、朔夜の思考が一瞬停止した。バイクの「背中」ではなく、視界の端に常に彼女がいる「隣」。

「……ちっ。……気が向いたら、オークションでボロいクラシック・ミニかローバーでも探してやるよ。俺が納得いくまで組み直すのが条件だがな」

 それは、朔夜なりの最大級の妥協であり、三人の「未来」を認めた瞬間でもあった。

 そんな二人の「噛み合わない、けれど温かい音」を聴きながら、エレーナはクスクスと笑い、アリスの手をそっと握った。

「サクヤ。……お姉様の隣の席、予約しておいてね」

「……あ?」

「サクヤの音、本当はお姉様の音を追いかけて、すごく優しく共鳴してるから。ただ……それを外に出すのが、とっても怖いみたい。不器用なだけなの」

 エレーナが小声で囁いた言葉は、バイクのエンジンを整備する金属音にかき消された……はずだったが、朔夜の背中がわずかに強張ったのを、二人の女性は見逃さなかった。

「……検討しておく。……それよりアリス、仕事だ。アビゲイルから緊急の連絡が入った。……今度は、音を『聴く』だけじゃ済まないかもしれねえぞ」

 朔夜は照れ隠しのように、乱暴に工具を置いた。

 二人の距離を決定的に変えることになる、その「沈黙の任務」への序曲が、ガレージのシャッターが開く音と共に鳴り始めた。


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