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神速の陰陽師 〜ロンドン事件簿〜  作者: 風花
第十三章:サイレント・ノイズ ―沈黙の少女と、ガレージの居候―
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共鳴する孤独

 砕け散ったクリスタルグラスの破片が、月光を反射して床一面に飛び散った。

 静寂を強いてきた屋敷の中で、その音だけは鋭い「真実」の響きを持って鳴り渡る。ノーウッド卿は顔を蒼白にさせ、後妻のアンは耳を塞いで悲鳴を上げた。

「な、何をするんだ! 狂ったか!」

「狂ってるのはどっちだ。ガキが必死に自分を閉じ込めて守ってる壁の上から、反吐が出るような嘘を塗りたくっていやがって」

 朔夜は立ち上がり、なおも激しく火花を散らす左手のユニットを構えたまま、エレーナへと一歩踏み出した。彼女の周囲にある「空白」は、朔夜が放った衝撃波を受けて亀裂が走り、そこから閉じ込められていた感情が冷たい風となって吹き出している。

「……サクヤ、待って」

 背後でアリスが、朔夜のジャケットの裾をそっと引いた。インカム越しに聞こえる彼女の呼吸はまだ乱れているが、その「音」には先ほどまでの恐怖ではない、別の色が混じっていた。アリスは朔夜の背中から身を乗り出し、エレーナの膝元――彼女が細い指で、壊れそうなほど大切に握りしめている古びたオルゴールを見つめた。

「エレーナちゃんの中に……もう一つの音が聞こえる。それは、あの大人たちの嘘じゃない。もっと深くて、暗い場所で、自分を責めている音」

「自分を責める?」

「『私が、お母様を追い出したから』……って。……違うわ、エレーナちゃん。それは、あなたのせいじゃない。あの女の人が、毎日あなたの耳元で囁き続けた『呪い』なのよ!」

 アリスが真っ直ぐに指差した先、アンが目を見開いた。その完璧な美貌が、剥き出しの焦燥によって醜く歪んでいく。

「……黙りなさい! 何も知らない小娘のくせに! その子は自分の母親を捨てた、呪われた子なのよ!」

 アンが叫ぶ。その声に魔術的な力はない。だが、長年エレーナに「お前のせいで母親は去った」と刷り込み続けてきた言葉の毒は、エレーナ自身の持つ強大な魔力を暴走させ、再び部屋の音を食らい尽くそうとうねり始めた。エレーナが抱えるオルゴール……かつての母親との絆であり、今は「罪の象徴」としてアンに利用されているその器から、真っ黒な沈黙が溢れ出す。

「……サクヤ、あのオルゴールよ! エレーナちゃんは、あれに自分を閉じ込めてる。あの箱が鳴らない限り、彼女の音は戻ってこない!」

「……なるほどな。道具の使い方が汚ねえんだよ、あの女は。道具ってのは、想いを乗せるためにあるもんだ」

 朔夜は左手の術式ユニットを最大までチャージした。彼が狙うのは、アン本人ではない。エレーナを縛り、アンがその支配の道具として利用している「過去の遺物」……彼女の心の拠り所であり、同時に呪縛となっているその器だ。

 朔夜の左腕から、バチバチと青白い放電が漏れ出し、周囲の空気が焦げたような匂いを帯び始める。至近距離にいるアリスの髪が、静電気でふわりと浮き上がった。

「アリス、俺の背中に隠れてろ。……吹き飛ばされたくなければ、しっかり俺の腕を掴んでるんだな」

「……ええ。離れないわ!」

 アリスは朔夜の左腕を両手で強く抱え込み、彼の背後に身を隠した。朔夜の分厚い胸板と、革ジャケットから伝わる確かな体温。それが、今の彼女にとって唯一、嘘のない安全な場所だった。

 朔夜は一歩踏み込み、エレーナの膝上にあるオルゴールに向けて、左拳に集約した紫電を突き出した。それは単純な破壊ではない。アンの嘘によって錆びつき、止まってしまった時間を、雷法という名の強引な電気ショックで無理やり回すための「再始動イグニッション」だ。

「――いつまで眠ってやがる。テメエの主人が、音を失くして泣いてるぞ!」

 ドォォォン!!

 落雷のような爆鳴が室内で炸裂した。アンの「呪い」によって封じられていた鉄の歯車が、朔夜の雷法によって強制的に火花を散らしながら、軋んだ音を立てて回転を始める。

 衝撃波が屋敷の偽りの沈黙を粉々に粉砕し、あまりの魔力の奔流に、部屋中のカーテンが激しく舞い上がった。


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