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神速の陰陽師 〜ロンドン事件簿〜  作者: 風花
第十三章:サイレント・ノイズ ―沈黙の少女と、ガレージの居候―
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仮面の社交

 ロンドン北部に位置するノーウッド家の屋敷は、手入れの行き届いた生垣と、威圧的な鉄柵に囲まれていた。

 ハヤブサが砂利を跳ね上げながら車寄せに停まると、重厚な玄関の扉から、燕尾服に身を包んだ執事と、冷ややかな眼差しを湛えた壮年の男――エレーナの父であるノーウッド卿が現れた。

「アビゲイルから聞いていたが……まさか、これほど無作法な音を立てて来るとは」

 ノーウッド卿は眉をひそめ、ハヤブサの黒い車体を汚物でも見るかのように眺めた。その声は一見穏やかだが、アリスは彼の言葉が耳に届いた瞬間、わずかに顔を顰めて朔夜のジャケットの背中を掴んだ。

「……サクヤ、気をつけて。この人の声……ガラスの破片が混じっているみたい。とても冷たくて、不自然なほどに整いすぎているわ」

 インカム越しのアリスの声は、警戒で硬くなっていた。

 朔夜はヘルメットを脱ぎ、ノーウッド卿の言葉を鼻で笑い飛ばした。

「静かなのがお望みなら、葬儀屋でも呼ぶんだな。……俺はアビゲイルに、この屋敷の『沈黙』を壊してくれと頼まれて来たんだ」

 屋敷の中に足を踏み入れた途端、奇妙な圧迫感が二人を襲った。

 豪華なシャンデリア、壁に並ぶ名画、毛足の長い絨毯。すべてが一級品だが、そこには生活の音がない。使用人たちは足音一つ立てず、影のように廊下を過ぎ去る。


 通された客間には、依頼の主である少女、エレーナが椅子に腰掛けていた。

 彼女は朔夜たちが入室しても視線を上げず、膝の上に置いた本をじっと見つめている。アリスの言った通り、彼女の周囲数メートルは、空気が凝固したような、音の存在しない「真空」と化していた。

「エレーナ、今日はお客様だ。挨拶をしなさい」

 ノーウッド卿が彼女の肩に手を置く。その瞬間、アリスが小さく悲鳴を上げた。

「……っ、痛い! サクヤ、聴かないで! あの人の手が触れた瞬間、エレーナの中から真っ黒な『叫び』が溢れ出してる……!」

「黙れ。……アリス、俺の声だけに集中しろ」

 朔夜は咄嗟にアリスの肩を抱き寄せ、自らの魔力で彼女の聴覚を保護する障壁を張った。


 ノーウッド卿の顔に、一瞬だけ不快そうな色が浮かぶ。だが、彼はすぐに完璧な「慈父」の微笑みを取り戻した。

「ご覧の通りです。この子は一週間前から、周囲の音を拒絶するようになった。名門の跡継ぎとして、これでは教育に障る。一刻も早く、この『不具合』を取り除いていただきたい」

 『不具合』。

 実の娘を機械か何かのように呼ぶその言葉に、朔夜の内にあった人間不信という名の焔が、静かに燃え上がった。

「あんたの言う『教育』ってやつが、この沈黙の原因じゃないのか?」

「……何が言いたいのかね、ミスター土御門」

 二人の間に、張り詰めた沈黙が流れる。

 アリスは、朔夜の腕の中で震えながらも、エレーナの瞳を見つめていた。その瞳は助けを求めているのではない。ただ、あまりに膨大な「嘘の音」に耐えかねて、自ら世界のシャッターを下ろしてしまった者の色だった。

 朔夜はアリスを抱く手に力を込め、冷徹な視線をノーウッド卿に向けた。

「この屋敷の壁には、嘘が染み込みすぎてやがる。……アリス、この沈黙の底に沈んでる『本当の音』を、これから二人で引きずり出すぞ」


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