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神速の陰陽師 〜ロンドン事件簿〜  作者: 風花
第十二章:ホワイト・クリフ ―断崖の疾走と、海鳴りのアリア―
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白亜の静寂

 空を圧していた不気味なエンジンの鼓動は、朔夜が放った最後の一撃とともに、嘘のように消え去った。

 衝撃波が押し流した霧のカーテンの向こう側から、本来あるべき午後の柔らかな陽光が、再び断崖へと降り注ぐ。ハヤブサが切り裂いた大気が、チリチリと電気を帯びた余韻を残しながら、穏やかな潮風に混ざり合っていく。

 朔夜はゆっくりとスロットルを戻し、ギアを落としていった。

 ハヤブサのエンジン音は、先ほどまでの攻撃的な咆哮から、主人の呼吸に合わせるような、深く落ち着いたアイドリングへと戻っている。

「……消えたわね。みんな、とても静かに……」

 インカム越しに聞こえるアリスの声は、少しだけ震えていた。だが、それは恐怖ではなく、一つの長い物語を読み終えた時のような、深い寂寥と安堵が混じったものだった。

 朔夜は断崖の縁にある展望スペースにハヤブサを止め、サイドスタンドを立てた。

「ああ。……あいつら、最後にいい音を鳴らしてやがった」

 ヘルメットを脱ぐと、鼻腔をくすぐるのは火薬のような魔力の残滓と、濃厚な潮の香りだ。


 アリスもゆっくりとシートから降り、ヘルメットを脱いで、乱れた金髪を風に遊ばせながら海を見つめた。目の前に広がるのは、どこまでも続く真っ白な断崖絶壁――セブン・シスターズの壮大なパノラマだった。

 足元から数百メートル下で砕ける波の音。カモメの鳴き声。

 街の喧騒も、局の無機質な電波も届かないこの場所で、アリスは大きく深呼吸をした。

「サクヤ、見て。海が……笑ってるみたい」

 彼女が指差す先、黄金色に染まり始めた海面には、もう亡霊たちの影はどこにもない。ただ、穏やかな波のリズムだけが、正しい調和を持って繰り返されている。

 朔夜はハヤブサのタンクにそっと手を置いた。熱を帯びた金属の質感。自分の命を預ける相棒の鼓動。そして、隣で同じ景色を眺めている、自分にとって代えがたい「調律師」の存在。

「……アリス」

「なあに?」

「……。いや、何でもない。……しばらくここで、静かな音でも聴いてから帰るか」

 気の利いた台詞は出てこなかった。だが、アリスはそれだけで十分だというように微笑み、朔夜の隣で静かに目を閉じた。

 彼女の耳に今届いているのは、世界が奏でる、混じりけのない純粋なアリア。

 白亜の断崖の上で、二人の長い休暇は、最も贅沢な静寂の中に溶けていった。


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