表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神速の陰陽師 〜ロンドン事件簿〜  作者: 風花
第十一章:カナル・サイレンス ―浮かぶ墓標と、水の不協和音―
48/70

静寂の調律

 ハヤブサが放った雷鳴のような排気音が、運河の静寂を暴力的に引き裂いた。

 青白い電光を纏いながら、朔夜は狭隘な遊歩道を弾丸のように駆け抜ける。アリスが示した音の空白を突き、泥と廃棄物の包囲網を力技で突破した。

「馬鹿な……あんな不安定な場所で、あの重量車を全開にするだと!? 物理法則を無視している!」

 ヘンリーの絶叫が背後で遠ざかる。

 だが、怪異の本尊も黙ってはいない。水底から数艘の放置されたナロウボートが、まるで見えない巨大な手に操られるように浮上してきた。それらは不気味な軋み声を上げながら、朔夜の行く手を阻むように運河を横切り、遊歩道を塞ぐ巨大な「盾」となった。

「……っ、う……サクヤ、これ……っ」

 背後でアリスが呻き、朔夜の肩を強く掴んだ。その指先が小刻みに震えているのが、厚いライダースジャケット越しにも伝わってくる。

「アリス、どうした!」

「音が……ひどすぎるわ。ボートの錆びた隙間から、何かが無理やり這い出してくるような……。世界中の嫌な音が、全部ここに集まったみたい……頭が、割れそう……」

 アリスは顔を歪め、朔夜の背中に額を押し当てた。

 彼女の鋭すぎる感性は、ボートに染み付いたヘドロの臭気や、捨てられた人々の執念を「物理的な不協和音」として受け止めていた。それは脳を直接かき乱すような、拒絶反応を伴うノイズだった。

「くる……くるわ! すべてが爆発するような、一番ひどい音が!」

 アリスが必死に耳を塞ぎ、朔夜の背にすがりつく。

 目の前のボートが生き物のように歪み、中からヘドロと鉄屑が混ざり合った巨大な頭部が形成される。それは運河に捨てられたすべての負念を凝縮したような、醜悪な化身だった。

「……アリス、俺がその音を止めてやる。そのためのタイミングを教えろ!」

「……今! すべての不協和音が、真ん中の赤いボートに集まったわ……叩いて、サクヤ!!」

 その瞬間、朔夜はハヤブサのフロントタイヤを、横たわるボートの舷側へと叩きつけた。

 衝撃の瞬間に真鍮の歯車を臨界まで回し、車体全体の慣性エネルギーを「雷法」へと変換する。

「……沈め。ここは、お前の居場所じゃない」

 朔夜が放電した稲妻は、フロントフォークを伝わり、ハヤブサを起点として水面へと放射状に広がった。

 ドォォォォォン! という、地響きのような爆鳴。

 水伝いに走った高電圧が、怪異の核を内側から焼き切り、実体化していた廃棄物をただの泥へと還していく。

 水柱が上がり、泥の雨が降る中、朔夜はピタリとハヤブサを停止させた。

 片足で車体を支え、荒い息をつく。

 ハヤブサのエンジンは、過負荷に耐え抜き、再び深く、重厚なアイドリング音を刻み始めていた。

 遅れて追いついてきたヘンリーは、泥まみれのスーツで呆然と立ち尽くしていた。彼のタブレットには、もはや計測不能な異常数値のログだけが虚しく踊っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ