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神速の陰陽師 〜ロンドン事件簿〜  作者: 風花
第二章:ラスティ・メロディ ―異邦の術者と、調律の隣人―
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狂った排気音と隣の境界線

 ロンドンの朝は、鋭い冷気と共にやってくる。

 土御門朔夜は、仮設の防炎シートが風に煽られてバタつく音で目を覚ました。昨夜、首無し騎士によって引き裂かれたシャッターの無残な姿を視界に入れるたび、彼の合理主義的な精神には微細なノイズが走る。

「……まずは清掃。次に資材の発注、それからリペアだ」

 白湯を飲み干し、事務的に今日のタスクを脳内のカレンダーに書き込む。

 昨夜の激闘と、その後の五時間に及ぶ「最長の帰路」の疲労はまだ残っていたが、彼はそれを気合でねじ伏せた。彼にとって、メンテナンスこそが日常を繋ぎ止める唯一の手段だったからだ。


 だが、その平穏な予定は、壁の向こうから漏れ聞こえてくる「不協和音」によって早々に崩し去られた。

 隣の区画には、一軒の中古楽器店が入っている。

 普段は気にならない程度の、控えめな弦の音が聞こえる程度だった。しかし、今朝のそれは明らかに異質だった。

 バイオリンの弦が悲鳴を上げるような金切り音と、重厚なピアノの低音が、まるで泥を捏ねるように混ざり合い、ガレージの壁を透過して朔夜の鼓膜を不規則に叩く。

「……何をしている。調律の失敗か?」

 朔夜は眉をひそめたが、無視して愛車の整備に取り掛かろうとした。

 だが、彼が愛車のイグニッションを回した瞬間、その不快感は明確な「敵意」へと変わった。


 キュル、キュル……ボフッ。

 完璧に同調シンクロさせていたはずのリッターエンジンが、咳き込むような異音を発してストールした。

 再びセルを回すが、アイドリングが安定しない。排気音エキゾースト・ノートが、隣から聞こえる不気味な旋律に引きずられるように、肺を病んだ老人のような不規則なリズムを刻んでいる。

「……チッ」

 朔夜は無言でサイドスタンドを立て、ハンドルマウントのスマホを手に取った。

 局の観測プラグインを起動し、周囲の霊子分布をスキャンする。

 画面に映し出されたのは、隣の楽器店を中心に渦巻く、粘着質で黒ずんだ霊的ノイズの可視化データだった。

「……音を媒介にする寄生型の怪異か。よりによって、このタイミングで」

 本来なら、これは局に報告し、正式な依頼として処理すべき案件だ。

 だが、今の朔夜にはそんな悠長な手続きを踏むつもりはなかった。

 隣の怪異が放つ不協和音は、あろうことか彼の「相棒」の心臓部を汚している。それは朔夜にとって、自らの魂の領域を土足で荒らされるに等しい侮辱だった。

「これは仕事じゃない。個人的な清掃だ」

 朔夜はオイルの匂いが染み付いたライダースジャケットを羽織り、壁の棚から自作の符を数枚抜き取った。

 プロとしての「最短解決」ではなく、私生活の平穏を取り戻すための「最速排除」。

 不機嫌な陰陽師の足音が、霧の残る裏路地に冷たく響いた。

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― 新着の感想 ―
おもろすぎる 続き楽しみです
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